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???①
しおりを挟む……あのときのことは、今でも鮮明に覚えている。
「殿下。つい先ほど、私と殿下の婚約は解消されました」
「……は?」
とある日のパーティー会場にて。伯爵令嬢は晴れやかな表情でそう言い放った。
爆弾発言を真正面から食らった王子は、ポカンとしたような王子らしからぬ間抜けな顔をしていた。
(……あらまぁ、なんて面白いお顔をなさっているのかしら)
事前に彼女からこの爆弾発言のことを聞いていた私は、周囲の人達とは違い、余裕をもってこの現状を眺めることが出来ていた。
「……ふ」
にこやかな笑顔を浮かべている彼女と、まるでこの世の終わりとでもいいたげな表情を浮かべている彼。
余りにも対称的な2人の表情にじわじわと笑いが込み上げて来たが、この状況で吹き出そうものなら不敬どころの騒ぎではない。さりげなく扇子で口元を覆い、込み上げてくる笑みをなんとか誤魔化した。
(……でもまぁ、自業自得よね)
彼は容姿端麗かつ頭脳明晰で、ある一点を除けばまさに非の打ち所がない完璧な王子だった。
ある一点……それは、彼は好きな人に関することになると、救いようのないポンコツに成り下がってしまうということ。
はたから見れば、彼が彼女を想っていることは火を見るよりも明らかなのだが、如何せん彼の彼女に対する態度が酷すぎた。
彼女も彼女でそっちの方面に関しては酷く鈍かったため、彼の言動が彼女を想うあまりのものだということには気が付かない。
気の毒に思った周囲が時たまフォローを入れるも、結局二人の距離が縮まることはなかった。
しかしもちろん彼女が悪いわけでは決してない。全面的に、素直になれない王子の方にこそ非があった。
であるから、こうなってしまったのも彼のせいであり、当然の報いだと言える。
(そもそも、殿下はあの子の理想からかけ離れているものね)
爆弾を落とした張本人……赤い髪にエメラルド色の瞳をした伯爵令嬢は、幼い頃からの私の親友だ。
彼女が彼と婚約する前、彼女とお互いの恋愛観について語ったことがある。
貴族社会では、恋愛結婚よりも政略結婚の方が遥かに多いとされている。けれど、年頃の女同士の恋愛話に現実を求めてはいけない。現実は現実、理想は理想だ。
────ねぇ、あなたはどういう男性が理想なの?
そう尋ねた私に、彼女は少し頬を染めながらはにかむようにして答えた。
────そうね。包容力があって、優しくて、私の事を心から想ってくれるような人がいいわ。
普段から可愛らしい彼女だが、そのときの笑顔がとびきり美しく、愛らしかったのを覚えている。
しかし彼女も貴族の娘。当然、理想と現実が違うということは理解していた。
であるから、無愛想な王子との婚約の話が持ち上がったときも彼女は黙ってそれを受けた。そして、たとえ理想とかけ離れた相手であっても、歩み寄ろうと努力を重ねた。どれだけ不条理な態度を取られようとも、ただただジッと耐え忍んだ。
そんな彼女を、私は一番近くで見てきたのだ。だから、とうとう堪忍袋の緒が切れた彼女に、婚約破棄を叩きつけられて呆然としている彼を見ても、同情する気持ちなど微塵も湧いてはこなかった。
……ただ、態度が悪かったとはいえ、彼女を想う気持ちだけは本物だった彼がこの先どうするのか──大人しく彼女のことを諦めるのかということだけは気がかりだった。
結果として、彼と彼女の間の婚約は無事に破棄された。
本当に良かったと思った。ただ、一度王族との婚約を破棄した彼女が新しい相手を見つけることが出来るのかという心配事はあった。けれど、そんな心配は不要だったと私は直ぐに知ることになる。
王子との婚約を破棄した直後から、彼女はとある公爵令息から熱烈なアプローチを受けた。聞くところによると、彼は数年前のパーティで見かけた彼女に一目惚れをし、そのときからずっと一途に彼女を想い続けていたのだという。
しかし、そのとき彼女は既に殿下の婚約者という立場であったため、彼は自身の胸のうちを彼女に告げることも出来ず、ただただ遠くから彼女を見守り続けていたのだとか。
そして例の事件から3年後、彼女はその彼と結婚し、公爵夫人となった。
***
【追記】このお話に表記ミスは一切ございません。よくよくじっくりと読んでいただければ幸いです。
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