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最悪の誕生日プレゼント
しおりを挟むそれは、キースの18歳の誕生日を祝うパーティーでのこと。
その日パーティー会場へとやってきたシャルロットは、少しウェーブがかった赤い髪を緩く結い上げ、薔薇を彷彿させる真紅のドレスを見に纏っていた。
いつものことながらシャルロットはとても美しかった。しかし──その日のシャルロットは、いつにもまして凛とした佇まいで、どこかいつもと違う雰囲気を醸し出していた。
キースを取り囲んでいた令嬢達がチラリとシャルロットを見やりながら、
「……シャルロット様がいらっしゃいましたわ」
と小さな声で囁きかける。彼女達はそれ以上言葉にしては何も言わなかったが、彼女達の目と雰囲気が「とっとと迎えにいけ」と言っている。
(……今日こそは)
今日こそは逃げずにシャルロットをエスコートする。
王子のプライドとして決して顔には出さないが、掌にじんわりと汗が滲み、心臓がドクドクと荒ぶる。
未だかつてこんなにも緊張したことがあっただろうか。
キースは心を落ち着かせるために一つ深呼吸をした──そのとき、
「……!」
空気がざわりと動くのがわかった。視界の片隅で色とりどりの華達が一陣の風に吹かれたかの如くふわりと静かに動き出す。
華の道を越えこちらへとやってきたのは、この会場……否、この国にいるどの華にも負けぬ美しさをもつ真紅の薔薇。
「殿下」
澄んだ声がキースを呼ぶ。どきりと自分の心臓が大きく跳ねたのがわかる。
「…………なんのようだ」
自分を落ち着かせながら口を開けば、またしても無愛想な言葉が飛び出てしまう。
しまった、と内心で臍を噛むが、シャルロットはそんなキースの態度を全く気にした様子もなく、優雅に深々と淑女の礼をしてみせた。
「ラベーラ公爵家シャルロットが、殿下にご挨拶を申し上げに参りました。殿下、この度は18歳のお誕生日、誠におめでとうございます」
「……そんなことをわざわざ言いにきたのか」
わざわざ言いに来なくても、自分からシャルロットの元へ行ったのに……なんて、今まで散々シャルロットを壁の花にしてきた自分には口が裂けても言葉になどできないが。
「いいえ、それだけではありません。実は、今この場で殿下にお渡ししたいプレゼントがあるのです」
「プレゼント?」
「ええ。きっと喜んで頂けると思いますわ」
(……なんだ?)
何故だろう────嫌な予感がする。
そしてその予感を的中させる一言が、シャルロットの口から言い放たれたのである。
「殿下。つい先程、私と殿下の婚約が解消されました」
刹那、キースの思考が完全に停止した。
「…………は?」
思わず王族らしからぬ間抜けな声が出てしまう。
(婚約解消、だと……?)
「お前は……何を言っているんだ?」
「何を言っているも何も、言葉通りですわ」
シャルロットはフフフ、と上品に口元を扇子で隠しながら笑っている。
「私と殿下の婚約の解消、それこそが私が殿下に送るお誕生日プレゼントという訳です。もちろん私の父にも国王陛下にも承諾は得ております。……ふふ、どうですか?最高のお誕生日プレゼントでしょう?」
そう言うシャルロットは、とても嬉しそうな、楽しそうな、晴れやかな……そんな笑顔を浮かべていた。
ここ数年、キースの前でシャルロットが愛想笑い以外の笑顔を見せることは無かった。しかし、その原因は間違いなくキース本人であるのだから、何も文句は言えない。
こんなときだというのに、久方ぶりに見たシャルロットの笑顔に見惚れ、突きつけられた婚約解消うんぬんの話を一瞬忘れかけた自分が情けない。
(……婚約解消なんて、)
それが最高のプレゼントだなんて。そんなことがある訳がない。寧ろ、この世で一番最悪の誕生日プレゼントだ。
「……と、いうわけですので。私はこれで失礼致しますわ。殿下、今までどうもありがとうございました!」
キースは、軽い足取りでパーティー会場を出て行くシャルロットの背を只々呆然と眺めていることしか出来なかった。
つい先刻までの華やかな雰囲気とは打って変わってシンと静まり返ったパーティー会場。
誰1人として身じろぎひとつしない緊迫した空気の中、時間だけがゆっくりと進み続けていた──そのとき、
「……これは一体どうしたというのですか」
穏やかな声が辺りに響き渡った。
***
【お知らせ】
第4回キャラ文芸大賞応募用に、
「家族に捨てられた私が、あやかしの花嫁になりまして。」
という作品を投稿致しました。
とある理由で人々に虐げられ続け、感情を無くしてしまった少女が、あやかし達と出会い、幸せになるまでの物語です。ジャンルはキャラ文芸となっておりますが、恋愛要素も多少含みます。
ぜひご一読いただけると嬉しいです!
加えまして本作品の更新についてですが、次の更新は年明けを予定しております。
つきましては、本作品の更新は今年はこれで最後となります。
どうか皆様良いお年をお迎え下さいませ。そして来年も作者作品共々どうぞよろしくお願い致します。
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