七罪剣と大罪人と呼ばれた少年の反逆譚

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第一章 【七罪の魔王】 カイン・エレイン編

9 それぞれの陣営の動き

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「ん、なんだ?」

 教会所有のとある砦、奈落を監視する為に作られたその地には聖騎士達が常に配属されている。時折奈落に住まう魔物が外に出ることがある。それ故に砦に配属されている聖騎士達は優秀な者が多かった。

 だからこそ奈落の変化を真っ先に感じ取ることが出来た。奈落が存在する地から常に感じ取れる恐ろしいほどの魔力、それがどんどん減退している事を。

「ば、ばかな……」
「う、嘘だろ……」

 奈落の監視用に作られた砦に所属している聖騎士達は全員、言葉を失った。奈落が消滅していく様が今彼等の目に見えているのだ。
 そもそも、奈落は遠くから見ると黒いドーム状の膜という見た目をしている。そして、そのサイズは嘗ての王国の王都全体をすっぽりと覆っている。だが、その黒いドーム状の膜が段々と縮小していっているのだ。そして最終的に黒いドームそのものが消えてなり、それと同時に奈落から感じられる恐ろしいほどの魔力がほぼ無くなっていた。

「お、俺達はこれからどうすればいいんだ……?」
「と、とりあえず本部に報告を……」

 聖騎士達はこの異常事態に戸惑っていた。こんな事は前代未聞でどうすればいいかなど前例がない。本来であるなら即刻調査をするべきであったのだが、聖騎士達は二の足を踏んでいた。いくら奈落が消えたといっても特級の禁忌の地、嘗ては彼等に匹敵する、或いは上回る程の優秀な聖騎士が奈落の地で幾度も全滅しているのだ。それ故に、彼等は二の足を踏んでしまい、奈落を即刻調査するという意見が出る事だけは無かった。
 そんな彼等にできたのは教会の本部に奈落消滅の一報を知らせる事だけだった。




 そして数日後、奈落監視砦から『奈落消滅』の急報を受けた教会では激震が走っていた。何百年の時が流れようと常に変わらず存在し、七罪武具の再封印と奈落を消し去る為に幾度も教会が部隊を送り込み、その度に全滅という結果に終わる。そんな教会の負の遺産の象徴ともいえる奈落が突如消滅したというのだ。教会は直ちにこの事態に対策の検討を始めた。




「奈落が突如消滅ですか……」
「これは由々しき事態ですね」

 教会の総本山、大聖堂の最奥にある一室、そこでは五人の女性が集まっていた。彼女達はいずれも教会の象徴、神聖騎士達であった。
 本来彼女達が、こうして一堂に会する事は数年に一度程度でしかない。だが、この事態にすぐさま招集がかけられていた。

「まずは、調査団を派遣するべきでは?」
「そうですね、それがよろしいかと」
「奈落消滅の原因が分からない以上、そうするしかありませんね」
「なら、わたくし達の中から一名、調査団に同行させましょう」

 神聖騎士は教会の象徴であると同時に、教会が持つ最大の個の戦力だ。神聖騎士一人で一国の戦力に匹敵する程とも言われている。更に彼女達が率いる専属の聖騎士部隊、同行すれば、余程の事態が起こらない限り対処する事は可能だろうと彼女達は考えていた。

「奈落の消滅が人為的なものでないとしたら何処かに【暴食】と【強欲】を司る七罪武具があるはず。速やかに回収を行いたいですね」
「ですが、この事態が何者かの手によるものだとしたら……」
「そうなれば新たなる大罪人の出現、そしてかの厄災の再現ですか……、考えたくはありませんね」

 かの厄災、彼女達が思い浮かべた事は歴史上あまりにも有名だ。奈落発生に大きくかかわった古の王国の王とそれが率いた魔人達が起こした大戦、その詳細は一般には殆ど伏せられているが、神聖騎士である彼女達は記録ではあるがその詳細を知っている。
 全人類の内二割が犠牲となり、壊滅した都市の数も両手両足の指の数を合わせてでも足りない程だ。最終的には、当時の神聖騎士四名全てが少数精鋭の部隊を率い、王の元を強襲、その果てに神聖騎士の内の半数、二名が犠牲になったが、かの王を永劫の牢獄の封印に閉じ込める事には成功した、と記録にはあった。だが、それが奈落発生の引き金となってしまった。

「それも全てが今回の調査で解明されることを祈るしかありませんね」

 かの王の復活の可能性は無いはずだ。彼女達はそう考えていた。かの王の肉体は永劫の牢獄の封印によって、既に朽ちている筈。かの災厄から既に何百年と言う時が流れているのだ。

「どなたが向かいますか?」
「では、わたくしが行きます」

 そう言って、手を上げるのは神聖騎士が一人、メルクリア王国エレイン公爵家令嬢、アリシア・エレインだった。

「アリシアさん、お任せしてもよろしいですか?」
「ええ」

 その後、今後予想される事態や情報統制等の議論が彼女達の間で交わされたのだった。



 一方、奈落消滅の報を聞き、教会以外にも動き始める者もいた。

「奈落の消滅だと? それは本当なのか?」
「ええ、事実の様です」
「そうか……」

 その男は自らの側近の報告を聞き、内心驚愕を隠せなかった。
 教会や聖騎士がこの世の光の部分だとすれば彼等はこの世の闇。古の時代から生き続け、幾つもの歴史の闇に潜み暗躍していた者達だ。彼等も、過去の時代に王国や奈落と大いに関係していた。

「確か、奈落にあるのは【暴食】と【強欲】だったか?」
「はい、その通りです」
「あの時は連中の監視の目が厳しかったからな」

 彼等もかつては奈落に存在した七罪武具を回収する為、配下を送り込もうとはしたが聖騎士達の妨害に会い、成果を上げることが出来なかった。
 その後、教会は彼等の動きに警戒したのか、奈落監視砦に彼らが入れない様に結界を張った事で容易に手が出せなくなってしまったのだ。

「ですが、これは好機とも言えるのでは?」
「どういう事だ?」
「今、奴らの目は奈落にのみ向けられています。その隙を利用し、例の解析を進め、アレの回収の準備を優先するのも一つの手かと思われます」
「……それもまた一興か」

 そう言うと男は少し考え込み答えを出した。

「アレの回収に当てている何人かを、奈落調査に回す」
「ですが、それでは作業に遅れが出るのでは?」
「構わん、囮としても使う。最近、この街にも連中の出入りが激しくなっているからな。もし囮の連中が見つかったとしても我らの目的が奈落跡地にあると奴らに誤認させる事が出来れば好都合だ」
「なるほど……」
「そういうわけだ。それより例の実験と、この街の仕掛けはどうなっている」
「計画通り、依然遅延なく進んでおります」
「そうか。では、そのまま計画通りに進めろ」
「了解いたしました」

 そう言うと、男の側近はこの部屋から出て行った。そして、男は一人になった部屋で考えを巡らせる。

(ふふふ、全く、運がいい。何故奈落が消滅したか分からないが、好都合だ。連中の目が向こうに向いている隙にアレを回収する。準備はすでに整っている、必要な魔石ももうすぐ十分な量に達するだろう。解析さえ終わればこちらの物だ。ははは、全く、笑いが止まらないな)

 そして、男は一人残った部屋で、存在するか分からないが、この事態を引き起こしてくれた何者かに密かに感謝するのであった。
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