「気になる人」

第７４話「守られて」

　雪人さんが湯野さんに怒ったことで、一気にこの場の雰囲気が変わった。
　そして、この事務所にいる他の人達のほとんどが私達の方に注目した。
「え、何、湯野さん、自分が倉崎さんにふられたから、野中さんのこととか悪く言ってたの。私、湯野さんが倉崎さんにふられたとか知らなかったんだけど」
　目の前にいる、さっきまで湯野さんと私に文句を言っていた女性社員が言った。
　すると湯野さんは突然、走ってこの事務所から出て行ってしまった。
「あの、ごめんなさい。私、湯野さんの言うこと鵜呑みにして、野中さんに酷いこと言って。今、湯野さんがこの場から慌てて去ったってことは、倉崎さんの言うことが本当なんだと思うし。本当にごめんなさい」
　女性社員の１人がそう言い頭を下げて、
「私もごめんなさい」
　もう１人の女性社員も私達に頭を下げて謝ってくれた。
「でも、じゃあ、本当に湯野さんが野中さんの大事な資料をどうにかしてしまったってことだよね」
　と女性社員の１人が言うと、
「ほら」
　と後ろから水野さんの声がした。
　私が振り返るそこには資料を持って立っている水野さんがいた。
　そして、私にその資料を押しつけてきた。
「え」
「これ、さっき、湯野さんがシュレッターかけそうになってて、何か様子がおかしいから、上手く言いくるめて、俺が持っておいたんだ。でも、まさか野中さんの資料だったとは。上手く言いくるめて良かったよ」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「本当は俺も少しだけ野中さんに意地悪したかったけどね。でも、さっき倉崎さんの野中さんへの本気の気持ちを知って、そんな思考はどっかいったよ。今度こそ、離れないでいろよ」
　水野さんはそう言い、じゃあ、俺、今日は取引先と約束があるからと事務所を出ていった。
そして、私は水野さんのおかげで資料を使う午後からの大切な仕事も無事に終えることができ、また、雪人さんのおかげで、今まで私や雪人さんのことを悪く言っていた人達、数人から謝ってもらい、また、それで反対に今まで全然話したこともなかったような人達と変な話だけど、打ち解けることもできた。
　だけど、結局、湯野さんはその日、事務所に戻ってくることはなく、結局、そのまま、この会社を退職してしまった。

　そんなことがあった２週間後のことだった。
　湯野さんのことは、やっぱり少しは気になってはいたけれど、その他は何事もなく、平穏無事な生活を今は送っていた。
　また、雪人さんとは恋人同士としての時間もよく過ごせていて、私は幸せだった。
　だけど―。
　金曜日、私が雪人さんと一緒に会社から駅に向かっている途中で、何処に隠れていたのか、突然、湯野さんが私達の目の前に現れて、私を歩道から、車が走っている道へと突き飛ばそうとした。
　すると雪人さんが咄嗟に私を庇ってくれて、雪人さんは体勢を崩し、歩道から少し出てしまい、また、大勢を崩したまま、中々、起き上がれずに運悪く、少しだけ遠くから来ていたバイクに惹かれてしまった。