「気になる人」

第１１話「諦めたいのに」

　結局、倉崎さんと倉崎さんが連れ去った女性のことは長谷さんから聞いたこと以外、何も解らないままだった。
　だけど、それでも倉崎さんが連れ去った女性は、倉崎さんにとって本当に特別な存在の女性なんだと思う。
　そして、私は倉崎さんにとって、そんなに特別な存在の女性がいるのなら、やっぱり、倉崎さんの彼女になるとか無理だよ、本当にもう諦めた方がいいよと自分自身で言い聞かせて、これからはまた、この会社に入ってきたばかりの頃みたいに倉崎さんのことは、会社のいい先輩として見ようと思っていた。
　だけど―。
「野中さん、最近、疲れてるみたいだけど大丈夫？」
　倉崎さんはそんな風にいちいち、毎日、こんな感じで私に優しい言葉をかけてくれて。
　勿論、仕事のことになると厳しいのは変わらないけど、私が疲れていたら、休憩させてくれたり、少し簡単な仕事に切り替えさせてくれたりするから。
　だから、私は倉崎さんを諦めようと思うのに倉崎さんに優しくしてもらう度にやっぱり好きと思ってしまって、未だに諦めることができないでいた。
　でも、このままじゃ、ずっと中途半端なままで、ずっと苦しいままだとも思うから。
　だから、私は思い切って、今、倉崎さんには特別な存在の人がいるのかどうか聞こうと決心して、それからすぐに倉崎さんに今週の金曜日、仕事が終わったら、お話したいことがあるから、良かったら、2人でご飯食べに行ってくれませんか？　と聞いてみた。
　すると倉崎さんは映画に誘った時のように最初は驚いている感じだったけど、すぐに、いいよと笑顔で答えてくれた。
　私は倉崎さんのその笑顔と答えにほっとして、だけど、それからは別の意味で金曜日までずっと緊張してしまっていた。
　そして、とうとう金曜日がやって来て、更に今、仕事が終わり、倉崎さんと2人で会社から出たところだった。
　勿論、私の緊張はピークに達していたけど、それでも、今日は絶対に倉崎さんに聞きたいことを聞こうと心の中で強く思っていた。