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葛藤1

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「あらあらっ! どうしたのそんなに濡れてっ」
「母さんただいま」 
 驚く母にイーサンは何でもない風に微笑んでから「みんなずぶ濡れだから先、お風呂いい?」と半歩身体をずらして後ろにいる仲間を母に紹介する。
「こんな姿で申し訳ない……」
「はじめまして……」
 各々気まずそうに挨拶をするのに母はこんにちはと、息子がお世話になってますと頭を下げて挨拶してから微笑んでから「今急いで用意しますね」と小走りで家の奥へと入り、すぐにぱたぱたと戻ってきた。
「取り敢えずこれで身体拭いて、寒い様ならお茶淹れてあげて」とイーサンに伝えているとふとノアと視線が合った。
「ノアまでそんな姿でどうしたのっ!?」
 今までノアの存在には気付いてなかった様で、流石にノアまでずぶ濡れの泥だらけでは母の眉間に皺が寄る。そんな母の表情がノアの胸を突き刺す。
「母さん、後で説明するから」
 気まずそうにするノアを察したイーサンは母がノアを問い詰めないように間に立った。少しだけ不満そうな表情を浮かべながらも母はそのまま入浴の準備をしに奥へと消えて行った。
 各々風呂場で雨と泥を落とすと母が用意したであろう服を着てキッチンの方へと歩いて行く。
「母さんありがとう」
「洋服はそのまま皆さんのも置いといてね」
 テーブルには4つのコップが置いてあり、温かな湯気がたっていた。
「母さんちょっと家をでるからそれ飲んで暖まっていて」
 帰ったら話聞きますからねと、イーサンとノアに念をおして母は忙しなく家を出ていった。
「……」
 それぞれが席に着いてイーサンが「温かいうちに飲もうか」という言葉を合図にコップに手をのばす。
「ノア」
「な、なにっ?」
 一口飲もうとした瞬間名前を呼ばれてノアの肩が思わず跳ねた。
「ごめん、そんなに驚くとは思わなかった」
 イーサンが小さく笑うのにノアは「お、驚いてなんかないよっ」と虚勢を張る。そんなノアに優しく瞳を細めながらイーサンは紹介するねと、正面に座る男へと視線を移した。
「彼はアイザック。オレたちの中で一番年上でまとめ訳だ」
 ノアも見ての通りタレントはシールドだよと、名前を呼ばれた男はノアに「よろしく」と白い歯を見せて笑った。あの時はよく見れなかったが、逞しく整った筋肉が程よくついており、グレーの短髪がとても爽やかでいて、まとめ役と言われるだけあるのだろうか確かにノアには頼もしく見えた。
 ノアは今更な気がしつつも「……はじめまして……」と小さく挨拶すると「大きな怪我がなくてよかったよ」と、「さっきは乱暴なことしてごめんな」とやはり白い歯を見せながら笑った。
「それから、こっちの彼は」
「俺はアシェル、風使いだよ」
 よろしくと手を差し伸べられ、ノアは恐る恐るその手を握って「……ノアと言います……」と返した。
「弟くんの噂はイーサンから重ね重ね聞いてるよ」
 クスクスと可笑しそうに笑うのにノアはちらりとイーサンを盗み見ると「変なことはなにも言ってないよ」と笑った。
「そうそう」
 アシェルは楽しそうに「会えて嬉しいよ」とノアの手を先程よりも少しだけ強く握り締めた。アイザックとは対象的な穏やかな笑みは何となくディランを思い出させてノアの心臓が痛んだ。
「さて、母さんが帰って来る前に一つだけ確認だ」
 イーサンが真剣な表情を浮かべてノアへと向き合う。
「ノアはあそこで何をしていたの? 森に近付いてはいけないって言われてはなかった?」
穏やかな口調で、けれども嘘は許さないとばかりの強い視線でノアに確認する。
「……さっき言ってたことは本当なの……?」
 ディランが魔物だと言われてもはいそうですかとノアは納得できなかった。
「あの男のこと?」
 こくり、小さく頷く。
 ノアの知っている魔物の話とディランではあまりにも似ても似つかない。ノアにとってディランは優しくてちょっとだけ意地悪で、それでいて大切な人だ。人を、誰かを傷付ける様な人にはとても思えない。
「なんかの間違いじゃないの……」
 今にも泣き出しそうな瞳が、嘘だと言ってくれと縋る瞳がイーサンの胸中をざわつかせる。
「ノア……ノアはあの男と会うのは初めてじゃないの?」
 イーサンは偶然ノアとディランが居合わせたものだと思っていたが違うのかもしれない。恐る恐る確認するイーサンにノアはディランとの約束を思い出すが、もう嘘は吐けなかった。
「はじめてじゃない……」
 力なく首を横に振って俯く。
「沢山会っていろんなこと話をしたよ……」
 父の目の調子が良くないことも兄が王都に行ったこともディランは笑顔でずっと聞いてくれた。からかわれたりもしたけど褒めてくれたりと、いつも自分の気持ちに寄り添ってくれていたのだ。
「嘘だと言ってよ……」
大きな瞳が涙に歪む。冗談だと、からかっていたのだと言って欲しくて縋る気持ちでイーサンを見る。
「……もう会えないの……?」
「ノア……」
「会っちゃいけなかったの?」
そんなの知らない、知らないよとノアは顔を手で覆う。声を殺して泣くノアに正面に座るアシェルが「一つだけ」とノアに声をかけた。
「ノアにとって残酷かも知れないけど、これだけは聞いて欲しい」
 アシェルの落ち着いた声が部屋に響く。
「彼と呼んでいいのかはわからないがあの男は魔物だよ。これは事実だ。俺たちはそれを間近で見たからね。残念ながらこの事実は覆らない」
 俺たちは王都で彼が魔王の使いだと宣言したのを見たからねと、イーサンとアイザックに目配せをする。
「ああ、俺も見たぜ」
「ノア、オレも見てる」
アシェルの言葉に頷く二人にノアは目を見開く。
魔王の使い?魔王の使いとは何だ?
「……魔王っておじいちゃん……?」
「うん?魔王がおじいちゃんかどうかはわからない。あの時はあの男一人だったからね」
 アシェルが不思議そうに、それでもノアの言葉に真摯に対応する。
「……そう……」
 変なこと聞いてごめんなさいと謝るノアにアシェルはにこりと微笑んで「大丈夫だよ。気になることがあれば何でも聞いて。こたえられる範囲にはなるけど」とノアを見た。
 ノアは腕で乱暴に目許を擦ってアシェルにありがとうと頭を下げる。
「うん。それでねノア、彼は魔物だ。彼とどんな話をしたかはわからないけどあまり信用しない方がいい。」
 アシェルが真剣な表情で魔物は人を騙す生き物だと、己の利益のために平気で嘘を吐き甘い言葉を吐のだと言う。
「……うそ……」
「ノアは彼をとても信用しているみたいだけど、それが彼の本当の姿ではない可能性もあるんだ」
 ノアはイーサンを見た。
「へんなことはされてない?」
 ノアは首を横に振る。へんなことなんて一つもなかった。
「……ずっと優しかったよ……」
「……そう」
 イーサンに抱き締められて、その温かさにまた涙が溢れてくる。ノアはアシェルの言葉が信じられなかった。だけどもイーサンが嘘など吐く人間ではないことも理解していて、ノアは何を信じればいいのかわからなかった。ただ悲しかった。ディランの優しさを信じたいのにアシェルの言葉に揺れる自分が、騙されていたのかも知れない自分の愚かさがただ悲しかった。
「ノア、疲れただろう?」
 母さんが帰って来る前に部屋に戻って休むといいよとイーサンがノアの背中を優しく撫でた。
「母さんにはオレが説明するから」
 大丈夫、ノアが魔物と会っていたことは言わないから。そんなことがバレたら大変なことになるからねと、その言葉がノアの胸に突き刺さり、ディラン
が会っていることは秘密だよと言っていたことの意味を理解した。
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