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過去からの手紙

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アヤメの進言どおり、武藤、あるいはトダと名乗っていた男は、ヴァンパイアポリスで取り調べは行われず、そのまま司さんの待つ「裁判所」送致となった。

これから、司さんの「第三の目」で、いろいろな事実がわかるだろう。

俺は、以前から申請していた休みを取って、母の家へ遊びに行くことになっていた。
ノエルは、昨夜負ったケガでしばらく休みを取ることになっていたので。俺は休みを返上すると半沢主任に申し出てみたが、「気にしないで、お母さんに会ってきなさい。」と言われた。確かにノエルの穴を埋める事が俺にできるはずがない。

ノエルが母の勤務する病院に入院していると聞いたので。ついでにノエルのお見舞いにも行こうと決めていた。

あいにくの雨降りだったので、電車で向かう。電車で20分。駅からは歩いて20分の古い賃貸の一軒家に母は住んでいた。
今日は夜勤だと言っていたので、この時間には家にいるだろう。家に着くと母は昼食の用意をして待っていた。

「意外に早かったのねぇ。ご飯まだでしょ?」
そう言って母は、コンロに火をかけた。懐かしい匂いがする。この匂いはナポリタンだ。これは俺にとっておふくろの味。母のナポリタンにはナゼかジャガイモが入っている。


「先にお父さんのお仏壇に挨拶してきなさい。」
そう言われて、俺は仏間に行って父の仏前に線香を供え、鐘を鳴らす。その後、俺はいつも困ってしまう。仏壇の父に何を語ったらいいのか、全く見当がつかないからだ。
”父さんただいま。”それだけ言って、母とナポリタンの待つ食堂へ急いだ。

「夕べ、運ばれてきた女の子。あんたの同僚だって聞いたけど。」
母はナポリタンを口へ運びながらそう言った。

「そうだよ。彼女、大丈夫?」

「夕べ運ばれてきたときは、あんまりボロボロでビックリしたけど。意識もはっきりしてるし。ヴァンパイアだから怪我の治りも早いわ。夕べの時点で、私はいつ退院できるのかって?何度も聞かれて困っちゃった。心配ないわ。彼女はすぐに良くなる。」

「でも、あんたも同じところで働いてるんでしょ?大丈夫?危険はないの?」

「俺たち眷属隊は、危険な現場ではほとんど待機だから心配ないよ。」
母は、危険だから仕事を変えろと言うタイプではない。でも、いい年をして親に心配をかけるのは気が引けた。実際。待機命令が出ることの方が多いのも事実だし、、、。

「あんた、今からどうするの?昔のお友達にでも会ってくる?」

「みんなとは仙台でたまに会ってるからいいよ。今日は平日で仕事だろうし。それより、今日は大事な事があるだろ。父さんの手紙。」

「そうだったわね。ご飯が済んだら出してくる。あんまり気にするんじゃないわよ。ヴァンパイアのクウォーターなんて。人間とほとんど変わらないって。あんたが証明してるじゃん。ナポリタンをそんな風にモリモリ食べて。昼日中に母親を訪ねてこれるんだから。」

「気にしてないよ。」
これも嘘だった。本当は、結構気にしてる。今日ここに来てから、母に2度も嘘をついた。

食事後の食器を台所に下げ、母の分も一緒に洗い始める。

「あんた本当に一宇なの?」
母が驚いてそう言った。高梨さんのところで、良い癖がついたらしい。

「やっぱり、親と離れて暮らすのは、子どもにいい影響を与えるのね。ほら、持って来たわよ。」
母はリビングのテーブルの上に封筒を置いた。

俺は、食器を拭いて片付けた後、リビングに戻り封筒を手にする。
封筒は、古くなって、少し黄色く変色している。

母がハサミを持ってくる。
俺はハサミで仲の手紙まで切ってしまわないよう慎重に封を開けた。

「それは、仏間で読みなさい。私もあんたのベソかいた顔なんか見たくないし。」
そう言われて。俺は素直に仏間に向かった。泣かない自信はない。

父の文字だ。父は、四角く読みやすい文字を書く人だったようだ。

一宇へ。

こんにちわ。挨拶するのは、おかしいかな?
今、一宇は何歳になっているのだろう。もしかすると、現在の私の年齢より大人になっているかもしれませんね。
私は、君の成長を見守れなかった事、困ったと時に手を差し伸べたり、相談にのったり、出来ない事ををすごく残念に思っています。
でも、私の妻は、一宇のお母さんですが、とても頼りになる女性ですから、立派に君を育ててくれたと信じています。

一宇がこの手紙を読んでいるということは、君が自分の出生の秘密を知ってしまったということですね。この手紙を書きながら、この手紙が開封されることが無いよう願っていますが、知ったのであれば、いろいろお話することがあります。
一宇は信じられないかもしれませんが、この世の中には、大勢のヴァンパイアが人間と同じ社会に暮しています。

(父さんが死んだのは、ヴァンパイア戦争よりも前だったな。今では共存してるよ。)

でも、映画や小説にでてくる吸血鬼とは少し違います。血液を栄養にしているのは事実です。でも、人間の血液を栄養源にしているわけはありません。動物を飼育して血液を分けてもらっています。殺すわけではありません。こう聞けば血液を摂取するという行為が少しは許されるでしょうか。

人間社会で、ひっそりと暮らしている者もあれば、山の中で牧場などの仕事をして働いてるものもいます。いずれにしても、倫理的で平和的な種族であることを理解してほしい。人間と精神面な事で言えば少しも変わりはないです。

私の母と父は、偶然の出会いで知り合い、愛し合いました。普通の男女と同じです。普通と違ったのは、母がヴァンパイアだったこと。父は事実を知っても、変わらず母を愛し続け、私が生まれました。君は普通の事と思うかもしれませんが、ヴァンパイアは長命で病気やけがに強い種族ですが、繁殖力があまりなく、とても珍しい事です。しかも、人間と言う異なった種族間に生まれた私は、母の職業の関係もあり、「奇跡の子」などと呼ばれました。
残念ながら、生まれつき体も弱く。奇跡らしい奇跡は起こせませんでした。

私が起こした奇跡。それは、妻と出会えたこと。そして君を授かったことです。

君が太陽の光に耐性を持っていたこと。食事ができることを知った時。私がどれほど嬉しかったか。
君には普通の人生を歩んでほしい。幸せに暮らしてほしいと願っています。

でも、君に訪ねて欲しい場所があります。君が自分の出生の事実を知らない場合は、その必要はありませんでした。

一宇に強制することは出来ません。もし嫌なら、この手紙に書いてあることを君の胸に仕舞って無視することもできます。私自身、そうして欲しいような気もします。
君のお母さんに、この手紙の他に預けてあるものがあります。もし、その場所に行ってみる気になったらお母さんから、それを受け取ってください。

これから、命が尽きようとしている私が一番に願うのは。一宇の幸せです。
君も私のように最良の伴侶に巡り会えると良いですね。もしかすると、もう出会って子供もいるかもしれませんね。

君の幸せを願っています。

父より。
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