眷属のススメ

岸 矢聖子(きし やのこ)

文字の大きさ
上 下
39 / 166

ケンタロウの恋

しおりを挟む
午前8時。ノックの音で目が醒める。
寝ぼけたまま起き出して、ドアを開けるとケンタロウが立っていた。昨日と同じく髪の毛が逆立っている。

「ケンタロウ、、、。今日の約束は、10時にヤング洋品店の前じゃなかった?」

「ごめんね。一宇。僕、彼女と会えると思ったら不安になって居ても立ってもいられなくって、、。」
ケンタロウはしょんぼり立ち尽くす。

「いいよ。しょんぼりするなって。入って。今から着替えるからその辺に座っててよ。」

俺は、台所で歯を磨き、寝巻き代わりのTシャツとジャージから洋服に着替える。

そりゃそうだよな。生まれて初めて同族のメスと遭遇するんだから、ナーバスにもなるよな、、。しかも、自分も相手も絶滅危惧種。相手を逃したら次に同世代の相手に巡り合える可能性はゼロに等しい。たとえ運命の彼女がブスだとしても、彼女が極悪な性格だとしても。代わりはいない、、、。
俺は、ケンタロウの運命の彼女が、最低でも、並みの容姿で、普通の性格であることを祈った。

「そう言えば、ケンタロウ。昨日、運命の彼女の居場所に心当たりがあるって言ってたよな。」

「うん。ある。」

「どこ?」

「翁饅頭の紅屋だよ。」

「お前、翁饅頭が食いたくてそんなこと言って、、、。」

「違うよ~。今の僕は、緊張で、ここに翁饅頭があっても食べられないくらいドキドキしてるんだから。」

「わかった、わかったよ。それで、なんで紅屋だって思うんだ?」

「最初に、彼女の匂いがしたのが紅屋だったし。紅屋の前では、あの酒饅頭のいい匂いに混ざって彼女のいい匂いもしてくるんだよね。」


「それに、昨日、木村さんも言ってたじゃない。僕のお気に入りの場所に出入りしているか、そこで働いているって。僕はあの言葉を聞いて、紅屋に間違いないって確信したんだよ。」

ケンタロウは自信満々だ。

「でも、お客さんかもしれないだろ、お前とおんなじで食いしん坊でさ。紅屋の翁饅頭が大好きで。あの辺うろついてるって可能性もある!」

「だったら、嬉しいな。食べ物の好みが一緒って、大事な事だからね!」

目がハートになっているケンタロウに皮肉は通じないらしい。

「まぁ。今日がダメでも、彼女が見つかるまで責任もって付き合うよ、」

「ありがとう!一宇。でも、早く会いたいなぁ。今日がダメだったら、明日会いたいなぁ。」

俺たちは、少し早めに家を出て、ゴールデン商店街に向かった。紅屋は午前9時30分開店。まだオープンまで30分ほど時間がある。俺たちは紅屋の前にある早朝から、営業している喫茶店で、紅屋を監視しながらモーニングを食べることにした。「胸がいっぱいで食べられない」と言うケンタロウに、「初めて会う彼女の前で、腹がグゥーグゥー鳴ったら恥ずかしいぞ」と説得する。ケンタロウは素直にモーニングを食べ始めた。

紅屋の店先に暖簾が掛けられる。店が開店したらしい。
ケンタロウに千円を渡し、店で何かを買って店内を偵察してくるように言った。

ケンタロウは千円を握りしめて、意を決したように店に向かう。

俺は店の外の電信柱の陰で、まるで探偵のようにそれを見ていた。

「それで、ケンタロウの彼女はどこにいるのよ。」
背後から聞き覚えのある声がする。

「カ、カヲルさん???なんでここに?」

「あら、私は、宗助ちゃんの眷属よ。宗助ちゃんの命令に決まってるじゃない。まぁ、可愛いケンタロウちゃんの彼女の顔も見たかったし。」

「えええ。宗助所長も知ってるんですか?」

「あたりまえよぉ~。ヴァンパイアに隠し事が出来ないのは、本田君も知ってるでしょ。ここんところ、ケンタロウの様子がおかしくって、宗助ちゃん心配してたのよ。だってそうでしょ、髪の毛は逆立ってモジャモジャだし、大好きなおやつも食べないで、痩せちゃうし。それで、ちょっと頭の中をのぞかせてもらったってわけ。そしたら、本田君も一枚かんでるわ、メスのライカンが見つかもしれないわで。宗助ちゃんが気にしちゃって、雇用主として社員の行動には責任があるから、見て来いってね。」

「確認したいんですが、ケンタロウの邪魔をしに来たんじゃないんですよね???」

「人聞きの悪いこと言わないでよ~。もちろん二人の恋を応援しに来たのよ。」

たしか、以前、ケンタロウにパグを紹介したって言ってたよな、カヲルさん、、、。

ケンタロウが店から紅屋の包みを抱えて出てくる。

「げっ。なんでカヲルちゃんがいるの?」
カヲルさんを見つけて、ケンタロウの顔が引きつる。

「宗助ちゃんに、隠し事なんかできないのよ。ケンタロウ!それで、どうだったの?いたの?」

「いつものおばちゃんしかいなかったよ。」

「まさか、それで諦めて翁饅頭買って出て来たんじゃないでしょうね?」

「、、、、。」

「もう、ダメねぇ。ここは私に任せなさい。」
そう言って今度は、カヲルさんが紅屋に入って行った。

カヲルさんは5分ほどで出てくる。

「分かったわよ。新しくアルバイトの若い女の子が二人入ったんだって。そのどちっかだと思う。彼女たちは10時に出勤するらしいから、ここで待っていれば、この前を通るでしょ。」

カヲルさんおそるべし、、、。

「あの~。後学のために、どうやって聞き出したのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
俺がそう聞くと、

「簡単よぉ。この前、店の前で若い女の子に財布を拾ってもらった、お礼がしたいんだけど、お宅の店に若い女の子はいますかって聞いたのよ。」

「カヲルちゃんのウソつき。」

「嘘つきって、あんたのためについた嘘じゃない。愛のある嘘ってやつよ。」

カヲルさんにはかなわない。

俺たちは3人で若いアルバイト女性が来るのを待つ。

10時10分前。若い女性が二人歩いてくる、一人は、可愛い。ぱっちりと大きな瞳。ぽっちゃり体系で軽くカールされたセミロング。バラ色のほっぺに浮かぶエクボが好印象だ、もう一人は、、、、、。まぁ、絶滅危惧種のメスなら、仕方ないか、、、。まぁ、性格は良さそうだし、アリ、、だな。

「ケンタロウ、どっちだ?」

「ケンタロウどっちなの?」

「ここからじゃ、どっちかわかんないよぉ。二人の距離が近いし、、、。」

その時、可愛いほうがふと足を止める。
彼女は、もう一人に先に店へ行くようにと言っているようだ、それなりの方が店に入る。
店の外に一人立つ彼女の鼻が2,3度ひくひくと動く。

次の瞬間、カールされたセミロングの髪が一瞬逆立つ。

彼女だ!

「彼女だケンタロウ!」「彼女よケンタロウ!」

俺とカヲルさんはケンタロウの背中を同時に押す。ケンタロウは押し出されたような格好で彼女の前に飛び出した。

「はじめまして。」

「はじめまして。」

「僕、ケンタロウです。」

「私、ハルカです。」

しばらくの間、二人はただ見つめあって立っていた。

「あの、、、。私、これからバイトがあるんです。」

「ああ、そうですよね。すみません、、、。」

「夕方の6時には終わります。」
彼女はそう言うと、髪を直して紅屋に入って行った。

「僕、6時にまた来ます、」

ケンタロウは彼女の背中に向かってそう叫んだ、

二人の恋はまだ始まったばかりだ。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

【完結】天上デンシロック

海丑すみ
青春
“俺たちは皆が勝者、負け犬なんかに構う暇はない”──QUEEN/伝説のチャンピオンより    成谷響介はごく普通の進学校に通う、普通の高校生。しかし彼には夢があった。それはかつて有名バンドを輩出したという軽音楽部に入部し、将来は自分もロックバンドを組むこと!
  しかし軽音楽部は廃部していたことが判明し、その上響介はクラスメイトの元電子音楽作家、椀田律と口論になる。だがその律こそが、後に彼の音楽における“相棒”となる人物だった……!
  ロックと電子音楽。対とも言えるジャンルがすれ違いながらも手を取り合い、やがて驚きのハーモニーを響かせる。 
---
  
※QUEENのマーキュリー氏をリスペクトした作品です。(QUEENを知らなくても楽しめるはずです!)作中に僅かながら同性への恋愛感情の描写を含むため、苦手な方はご注意下さい。BLカップル的な描写はありません。 ---
 もずくさん( https://taittsuu.com/users/mozuku3 )原案のキャラクターの、本編のお話を書かせていただいています。  実直だが未熟な高校生の響介は、憧れのロッカーになるべく奔走する。前途多難な彼と出会ったのは、音楽に才能とトラウマの両方を抱く律。  そして彼らの間で揺れ動く、もう一人の友人は──孤独だった少年達が音楽を通じて絆を結び、成長していく物語。   表紙イラストももずくさんのイラストをお借りしています。本編作者( https://taittsuu.com/users/umiusisumi )もイラストを描いてますので、良ければそちらもよろしくお願いします。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

嵐大好き☆ALSお母さんの闘病と終活

しんの(C.Clarté)
エッセイ・ノンフィクション
アイドル大好き♡ミーハーお母さんが治療法のない難病ALSに侵された! ファンブログは闘病記になり、母は心残りがあると叫んだ。 「死ぬ前に聖地に行きたい」 モネの生地フランス・ノルマンディー、嵐のロケ地・美瑛町。 車椅子に酸素ボンベをくくりつけて聖地巡礼へ旅立った直後、北海道胆振東部大地震に巻き込まれるアクシデント発生!! 進行する病、近づく死。無茶すぎるALSお母さんの闘病は三年目の冬を迎えていた。 ※NOVELDAYSで重複投稿しています。 https://novel.daysneo.com/works/cf7d818ce5ae218ad362772c4a33c6c6.html

【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす
ファンタジー
 女性向け異世界ファンタジー(逆ハーレム)です。ヤンデレ、ツンデレ、溺愛、嫉妬etc……。乙女ゲームのような恋物語をテーマに偉大な"五大国の王"や"人型聖獣"、"謎の美青年"たちと織り成す極甘長編ストーリー。ラストに待ち受ける物語の真実と彼女が選ぶ道は――? ――すべての女性に捧げる乙女ゲームのような恋物語―― 『狂気の王と永遠の愛(接吻)を』 五大国から成る異世界の王と たった一人の少女の織り成す恋愛ファンタジー ――この世界は強大な五大国と、各国に君臨する絶対的な『王』が存在している。彼らにはそれぞれを象徴する<力>と<神具>が授けられており、その生命も人間を遥かに凌駕するほど長いものだった。 この物語は悠久の王・キュリオの前に現れた幼い少女が主人公である。 ――世界が"何か"を望んだ時、必ずその力を持った人物が生み出され……すべてが大きく変わるだろう。そして…… その"世界"自体が一個人の"誰か"かもしれない―― 出会うはずのない者たちが出揃うとき……その先に待ち受けるものは? 最後に待つのは幸せか、残酷な運命か―― そして次第に明らかになる彼女の正体とは……?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...