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1(完結)
しおりを挟む小鳥の囀り、柔らかな木漏れ日、品の良い笑い声。ここは我がフリードリヒ王国にある王立学園高等部。俺、ヴィクトル・フリードリヒは、今日も人混みの中、彼女の姿を探している。
すれ違う度に生徒たちの視線を感じる。決して自惚れているわけではない。それだけの価値が俺にはある。皆んな何とかして俺と、王太子サマと仲良くなりたいんだろう。だが、流石と言うべきか、皆その手の教育は幼い頃から受けているのだ。急に話しかけてくるような無礼な奴はいない。ある、特殊な例外を除いて。
門から校舎まで続く長い道。人が行き交う中、背後に気配を感じた、ような気がした。柔らかい様でどこか壁を隔てられている様な、幼い頃からずっと隣にある気配。
「ご機嫌よう、ヴィル様」
振り返ると、陽光の反射を受け煌びやかに輝く銀髪を揺らしながらこちらに微笑む女生徒が1人。やっぱり彼女だ。俺の婚約者、アーデルハイド・ロスシー侯爵令嬢。
彼女に応えるように俺も自然と顔が綻ぶ。きっと、彼女の微笑みは偽りだけれど。
「あぁ、おはよう、ハイディ。今日も相変わらず美しいね。俺は毎日君に惚れ直しているよ」
「まぁ、ヴィル様ったら」
うふふと柔らかくハイディが笑う。高すぎず、低すぎない、幼い頃からよく聞いた心地よい笑い声だ。
本当だよ、君は本当に美しい。と再び俺は砂糖を吐くような甘い言葉を言う。彼女の表情をうかがいながら、人目も気にせず手の甲にキスを落とす。形の整った綺麗な眉がピクリと動いた。
ーーやっぱり。ハイディの知ってる俺は、貴女にこんなことをしないんだろう?そんな言葉を飲み込んで、腹の奥の奥に閉じ込めて、再び微笑む。勿論手は握ったまま。
「それより、2ヶ月後の卒業パーティーのことなんだけどー」
「ヴィクトル殿下ー!!おはようございまーす!!」
高すぎる、耳がキーンとするような声が聞こえる。キャハハという良く言えば無邪気な笑い声と一緒に俺の後ろから女生徒が走りよってくる。あぁ、朝からついていない。
「まさか、朝からヴィクトル殿下に会えるなんて!今日はラッキーな日です!」
ラッキーなのはお前だけだろ。心の中で吐いた毒も腹の中に押し込む。先程よりももっと、ずっと深いところへ。それに押し出されたかのように、呆れ混じりな乾いた笑いが込み上げてきた。
「あはははは、そうかな?」
「はい‼︎運命かなって思ってちょっとドキッとしちゃいました。エヘヘ」
俺は不快感を隠すことを諦めた。そう易々と隠せるようなものじゃぁないから。周囲の空気が一瞬にして変わったのが分かる。きっと気づいてないのは、俺がこの世で一番愛している女性と、一番嫌いな女性だけ。
「そうか。それでは、俺は急いでいるので失礼するよ。行こう、ハイディ」
「えっ…、は、はい」
ハイディの手を強く握り女生徒の横を追い越すような形で歩き出す。
「え?ちょ、ヴィクトル殿下⁉︎待っ……キャアッ!!」
高い悲鳴とドサっとした音が聞こえて振り返るとその女生徒が地面に座り込んでいた。
「ひどいっ、アーデルハイドさん…。少し殿下とお話ししただけなのに嫉妬で私のことを突き飛ばすなんて…」
なんてバカなことを呟き俺を見つめる。が、そんなこと知ったこっちゃない。どうせただの虚言なんだから。
あぁ、もう。本当に、どうしてこうなったんだ。
ーーーーーーーーーー
異世界転生。最近のラノベでは良くあることだろう。かく言う俺も、スライムだったり勇者だったりに転生するラノベを読み漁っていた。病院のベッドの中で。
体は言うことを聞かないし、声だって上手く出せなくなってきて。末期にはもう、目を開くことさえ辛かった。
それでも、夢をみた。いつかこの物語の主人公たちのように、どこか遠い異世界で、美しい景色や街並みの中、自由に体を動かしたい、と。そんな夢に想いを馳せつつ、俺は17歳で死んだ。
そこからは言わずもがな、目が覚めると異世界に転生していた。まさに願った通り。ただ、ひとつだけ予想外だったのが、スライムにも勇者にもならなかったこと。
俺は、逆ハーモノのヒーローになっていた。
前世を思い出してから1週間後、丁度ヴィクトル・フリードリヒ7歳の誕生日の日、婚約者同士の顔合わせで初めてハイディと会ったときに気づいた。俺が今、どの作品の世界なかにいるのか。死ぬ直前に読み終わった、逆ハーラノベ。ハイディはその当て馬キャラ、所謂悪役令嬢だ。
物語での俺は、ハイディに婚約破棄を告げて国外追放にした挙句、ヒロインのハーレムに正式に加入する、常識的に考えてあり得ないことをするキャラだった。こんなこと現実でやったら許されるわけがない。が、俺にそんな気はサラサラなかった。むしろ彼女と結婚したい。
だってそうだろ?そもそも王族にとっての婚約には政治的要素が関わってくる。他国との同盟強化や国内の結束力を高めるためだったり、本当に難しい要素が絡んでくるのだ。それは、たかだか17歳の子供の気持ち1つで変えていいものではない。前世の記憶持ちとは言え、7歳の俺でも分かったのに、どうしてラノベ内の俺は気づかなかったのか、不思議でならない。
その上ありとあらゆる分野で優秀なのだ。学問も武芸も芸術も。その裏に並々ならぬ努力があるのを俺は知っている。それでも、それをひけらかすことは絶対にない。彼女に負けたくない、頼られたい、そう思って俺もここまでこれたのだ。今の俺があるのは彼女のおかげと言っても過言ではない。
それにーー。
そう思って、仲良くなりたくて、何の気無しに口にした。
「初めまして、ロスシー嬢。これから、婚約者同士切磋琢磨し、より良い国をつくっていけるように努力していこう。そうだ、俺のことはヴィルとでも呼んでくれ。俺も貴女を愛称で呼ばせてもらいたい」
時間にしておよそ2秒。ハイディの顔色が変わったのが分かった。色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざりあったような顔。
そうだ。こんなセリフ、ラノベでは無かった。
あぁ、なるほど。彼女も俺と一緒なんだ。
ーーーーーーーーーー
「あのっ…ヴィル様…‼︎痛いです…!」
ハイディの声でハッと我に帰る。
気づけばあのまま、あのキーキーうるさい女生徒から逃げてきたまま、空き教室しかないような校舎内のかなり奥の方まで来てしまったようだ。
「あ、あぁ!すまない。少し強く手を握りすぎたようだ。怪我はない?」
「はい。大丈夫です」
「それは、本当に良かった」
俺は心の底から安堵する。ハイディに傷をつけるようなことだけはあってはならない。
「さっき言いかけてたことなんだけど、2ヶ月後の卒業パーティー、勿論一緒に行ってくれるよね?」
2ヶ月後、俺とハイディはこの学園を卒業する。その卒業パーティーは、王宮で行われ、この国の貴族にとってはデビュタント以来の大きなパーティーになる。貴族への仲間入りを示すそれは盛大に行われるのだ。
ラノベの俺は、そんな場所でハイディを糾弾したのだ。しかも隣にあの女を侍らせて。でも俺は違う。ハイディと一緒に参加して、踊って、少し食事を摂って、平和にその日を終わらせるのだ。
彼女を傷つけるようなことだけはあってはならない。身体だけでない。勿論、心にも。
「………ええ、もちろんですわ。楽しみにしておりますわね」
「ドレスもこちらで用意するよ。デザインに要望は?」
「特にありません。ヴィル様から頂けるのであればどのようなものでも嬉しいです」
そう言って彼女は微笑む。
分かっている、彼女が俺を好きでないことくらい。分かっている、彼女が俺を信用していないことくらい。それでも、その笑顔をたまらなく、どうしようもなく愛しいと思ってしまう。
喉に何かが詰まったような感じがする。溢れ出しそうな気持ちが今にもこぼれ出てきてしまいそうだ。悲しいような、辛いような、苦しいような、そんな気持ちを胸がしめる。
恋が、愛が、楽しくて幸せなだけならどれだけ良かったのだろう。ハイディと出会ってから嫌と言うほどそう思った。でも、そうじゃない。それも彼女から教えてもらった。
多分、俺は今ひどい顔をしている。ハイディに見られるのが恥ずかしい。そう思った俺は、彼女の方へ一歩踏み出し、もっと恥ずかしい行動に出る。
「……っ!ヴィ、ヴィル様⁉︎」
自分の腕の中にハイディがいる。そう思うだけで叫び出したくなる程に嬉しい。壊してしまわない程度に強く、彼女を抱きしめる。出会った頃は、同じくらいの高さにあった彼女の顔が、今や俺のずっと下にある。
「ねぇ、ハイディ」
声が掠れる。上擦る。きっと、俺は今、世界で1番格好悪い。それでも言う。彼女に信じてもらえなくても、自分の気持ちを伝えたい。
「好きだよ。他の誰よりも、君が大好きだ」
「………ありがとう、ございます…」
ハイディの言葉を聞き終えてから、彼女から離れる。小さな呆れ笑いが自分の口から漏れ出た。顔を見られたくなくて、地面を見つめたまま口を開く。
「…そろそろ授業が始まる時間だろう。教室に向かった方がいいね」
「そうですね」
「先に行っておいてくれ。俺も後から向かうから」
「はい。失礼致します」
綺麗にお辞儀をしてから彼女は俺に背を向ける。俺は、それを感じ取ってから顔を上げ、彼女を見送る。
多分、ハイディはさっきの俺の告白も冗談だと思っている。ラノベのヴィクトルも良く言っていた。彼女に散々愛の言葉を送った挙句、最後の最後で捨てたのだ。そんな奴のことを信じろと言う方が無理だろう。
ハイディには言ってないが、実は彼女には王家の影が付いている。彼らの報告によると、彼女は俺が婚約破棄をする前提で動いているそうだ。自分の無罪の証拠や証人を用意しているらしい。もし万が一、国外追放にされた時のための資金と人脈もあるとか。逆に俺を断罪、所謂ざまぁをしようとしていると言う話もある。
そんなハイディの努力を無にするのは申し訳ないが、それを実現させるわけにはいかない。俺だって、彼女との未来のために努力してきたんだから。
俺はハイディが向かった方とは逆に歩みを進め、そのまま学園を後にする。
馬車に乗って向かう先は王宮の会議室。そこには、この国の宰相や公爵から伯爵に至るまでの''バカ息子を持った不幸な者"を招待している。
馬車の中にある「絶縁書」と書かれた複数枚の書類を手に取った。今からの会議でこの書類に彼らからのサインを書いて貰えば、舞台は整う。
あぁ、2ヶ月後が楽しみだ。
ーーーーーーーーーー
来たる卒業パーティーの日。パーティーが開始してからかれこれ30分ほど経過したが、俺とハイディは案外平和に過ごせていた。ざっと辺りを見回しても、あの女生徒も見つからない。ついでに、あと何人か見つからない生徒もいるが。
ちなみにハイディはずっと俺の隣にいる。というより、俺がずっとハイディの隣にいる。
初めに彼女とダンスを踊り、少し飲み物を飲んで雑談し、先生方や後輩に挨拶する。まさに平和そのものである。
今夜、何事も起こらずこのまま終わることができたら良いのに。そんな俺の願いは、心に浮かべた瞬間に砕け散る。
周囲の空気が変わった。今まで和やかな雰囲気に包まれていた会場が、一瞬にして猛獣に囲まれているかのようなピリついた空気となる。その発信源を探すと、会場の入場口のところにいる生徒たちと目が合う。
入場口は少し高いところに作られており、彼らに見つめられると、まるで見下されているかのようだ。
そもそも30分の遅刻なんて貴族として論外、しかも王族である俺より後に入場するなどもっての外だ。
彼らの行いに眉を顰める生徒も多数いたが、注意する声は上がらない。相手が悪すぎる。彼らの中には公爵子息や騎士団長の息子など、身分が高いものが大勢いるのだ。逆恨みなどされればたまったもんじゃない。
そのうちの1人、宰相の息子である男子生徒は俺をチラと一目見たあと大きく息を吸う。
「今日は皆に伝えたいことがある!近頃ミリア・ブライト嬢の私物が無くなる、壊されるといった事件が多発している‼︎」
声高にそう言い放った生徒の後ろからストロベリーブロンドの髪が顔を覗かせる。件の、あのキーキーうるさい令嬢だ。
彼女は俺の姿を目に捉えた瞬間、パッと顔を輝かせた、ような気がした。しかし、俺がハイディを一瞥した後もう一度彼女に視線を戻すと、瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな女生徒がそこにいた。どうやら、それなりに演技の才能はあるようだ。
「さぁ、ミリア。勇気を出すんだ」
周囲の男子生徒たちに背中を押され、彼女は一歩前へ出てくる。そして意を決したかのように勢いよく顔を上げ、叫んだ。
「今まで、物がなくなることはよくありました。教科書や体操服がビリビリに裂かれていたこともありました。ミリアは、ずっと我慢してきました。でも、でも先日ついに階段から突き落とされそうになって…。もう、こんなことはやめてください!アーデルハイドさん‼︎」
会場の人間全員の視線がハイディに向く。彼女はずっと冷めた表情を見せていたが、それが絶望の色に染まった。こちらも中々の演技派だ。
彼女は俺のジャケットの袖を摘み、必死に弁解する。俺に嫌われまいとする彼女の姿は何とも愛くるしい。まぁ、それも全てラノベでの展開を表現するための演技でしかないのだろうが。
「違うのです。私はそのようなことはやっておりません!信じてください、ヴィル様‼︎」
『信じられるわけが無いだろう。全く、君には失望したよ。この婚約も破棄する。金輪際、俺の前に姿を見せないでくれ』
ラノベでの俺はそう言いながらハイディを振り払い、彼女はその勢いのまま床に倒れ込む。
ハイディは俺のこのセリフの後ざまぁを始めるつもりだろう。でも、俺だって準備してきたのだ。申し訳ないが、その役割は譲ってもらう。
俺は出来る限り優しく微笑む。彼女の表情が変わった。
「もちろん、君を信じるに決まっている」
ハイディはこの言葉を聞くとその場から動かなくなってしまった。そんな彼女から視線を外し、俺は事の発端である生徒たちを見上げる。
「ハイディがそんなことをするわけがないだろう!しっかりと調べたのか⁉︎証拠はあるのか⁉︎…ハイディが無実だった場合、お前たちはどうなるのか、分かっているよな?」
俺はもう一度微笑む。が、そこに優しさなど一切含ませない。彼らに焦りの色が浮かぶ。聞いていた話と違う、そうとでも言いたげだ。
「で、殿下?どうなさったのですか?殿下もその女の所業は知っているで……ひっ‼︎」
小さな悲鳴がかすかに聞こえた。
右手を挙げた俺の前には、剣を抜いてそれを構えた騎士が複数人いる。騎士たちの視線の先は勿論彼らがいる。
『殺せ』
そう叫びたかった。明確な証拠もなしにハイディを責め、その上"その女"呼ばわりするバカに生きている価値などない。でも、そんなことをしたら、きっと心優しいハイディは責任を感じてしまうから。
ハイディの優しさに感謝するんだな。その想いを視線に込めて再び口を開く。
「体操服の件だが、彼女が自分でやっているのを見たという者がいる。それから階段から突き落とされた?とか言ったか?それもハイディの無実を証明できるものがいるよ。他の紛失物についても調べてみたら面白いことになりそうだー」
「目を覚ましてください、ヴィクトル殿下‼︎」
俺が言い切る前にストロベリーブロンドの生徒が口を開く。全くもって不敬極まりない。
侮蔑の想いをさらに強めて彼女を睨むが、それに全く気づかないようだ。…いや、気付きたくないようだ、と言った方が正しいのかもしれない。
体操服や階段の件が自作自演だとあっさりバレて動揺しているのだろう。と言うか調べればすぐ分かったが、何故バレないと思ったのか不思議でならない。
「騙されないで、ヴィクトル殿下!殿下はアーデルハイドさんに騙されているのです!ミリア、彼女に何回も嫌がらせをされて、キツいことも何度も言われて、本当に辛くて…。貴方もたくさん辛い想いをしてきたのですよね⁉︎もう我慢しなくていいんです!嫌なことは嫌と言って…自分に正直に生きていいんです‼︎大丈夫です!ミリアは、どんな貴方でも大好きですよ」
まるで教会で救いを説くかのようにそう言ってきた。自分は女神なのだと言いたげなその姿に思わず乾いた笑いが漏れ出る。
「あははははは、面白いことを言うな、君は」
「ヴィクトル殿下…!分かってもらえー」
「黙れ」
視線だけでなく、声にも、態度にも、全てに憎悪を含ませる。女生徒はやっとそれに気づいたようで少し怯む。
「ヴィクトル、殿下…?」
「そもそも君は誰だ?俺は君と挨拶をしたこともなければ、名前だって知らない。ましてや俺のことを名で呼ぶ許可など出していない。なんだ?そんなに牢に入りたいのか?」
そんな、でも…。その言葉を聞いて、ブツブツとそう弁解しようとする女生徒とは対照的に、取り巻きの男子生徒たちは声を上げる。
「どういうことだ、ミリア?自分は殿下にも気に入られているし、殿下はアーデルハイド嬢にうんざりしていると言っていたよな?」
「そうだぞ。殿下は近々アーデルハイド嬢と婚約破棄して、自分が王妃になるのだといつも…」
「何⁉︎お前は王妃になりたかったのか⁉︎僕を愛していると言ったのに⁉︎どういうことなんだ!」
「知っ…知らないっ!信じたあんたたちが悪いのよっ‼︎ミリア、悪くないもん!」
周りから一斉に責め立てられ、顔を青くした彼女は、吐き捨てるように言い放った。
終わったな、そう思った俺は騎士たちに視線を向けて、口を開く。
「あの者たちを捕らえろ」
「っ…‼︎そんな!待ってください殿下‼︎ミリアの言った通り、殿下はアーデルハイド嬢に騙されているのですっ!」
「そうよ‼︎ミリアは悪くないってば!ヴィクトル殿下ぁ!やめてっ‼︎」
「っ‼︎…殿下、お言葉ですが、公爵家の嫡男である私を捕らえて良いのでしょうか?」
最後の頼み、とでも言うように実家の権力を持ち出してきた奴がいる。本当に馬鹿だな。俺が対処していないわけがないのに。
1人の騎士が俺に近づいて例の書類を手渡す。
「それは…?」
「これは君たちの親御さんが書いた書類だよ。…いや、元親と言った方が正しいのかな?」
この言葉で全てを理解して顔を青くする生徒が半分、全くもって理解できずに首を傾げる生徒が半分、といったところか。
「君たちが今日この騒動を起こすことは分かっていたから、事前に作っておいたんだ。今日、君たちがこの騒動を起こした場合、縁を切る、と書いてある。もちろん、君たちの親御さんのサインも、ここに、ほら、しっかりある」
「そんな…」
ふらりとその場に倒れ込む奴もいる。これから自分がどうなるかを考えてしまったのだろう。
「ということで、だ。君たちはもう貴族ではない。子を成せない体にした後、市井に追放させてもらう。2度と王都に立ち寄ることは許さない。…だが、俺も鬼じゃぁない。住む家は用意してあるよ。かなり大きくて、いい家だ。全員で住むのにちょうどいい、ね」
連れて行け。俺の言葉を合図に彼らは騎士に引きずられていく。悲鳴のような、命乞いのような声が聞こえてくるがそんなもの聞いてやる義理なんてない。
彼らは生まれてからずっと貴族だった。自分のことを自分でできない坊っちゃんだ。そんな彼らが、無駄に広い家で共同生活などしたらどうなるか、結末はもう見えている。
その未来を想像して、俺は思わず笑いそうになるのを必死に堪えながら周りを見渡し、声を上げる。
「皆、気分を害してしまってすまない。この良き日にこのようなことが起きたことを謝罪する」
一呼吸置いて、また息を吸う。
「先程起きたことを忘れてくれ、とは言わない。皆、思うところもあるだろう。だが今だけはパーティーを楽しんでほしい。改めて、今日集まってくれたことに感謝する」
いつの間にか鳴り止んでいた会場の音楽が再び響き出す。俺は隣にいる、ずっと動かないハイディに声をかけ…たが返事がないので、彼女を横抱きにして会場を後にした。
ーーーーーーーーーー
「…………っ‼︎ヴィ、ヴィル様っ⁉︎おろしてくださいっ‼︎」
王宮の長い廊下を歩み出して少し経った頃、ハイディはやっと正気に戻ったようだ。彼女は顔を真っ赤にしておろしてくれと繰り返している。その姿に思わず胸が締め付けられる。
俺はゆっくりとハイディを下ろし、彼女に向き直る。今日、全部言うんだ。冗談でも、戯れでもなく愛している、と。
「ねぇ、ハイディ」
声と足の震えを何とか抑えようとするが、上手くいかない。本当に、俺は彼女のことになると余裕がないんだな、と改めて実感する。
ゆっくり、ゆっくり息を吸って声を出す。
「好きだよ。愛している。多分、初めて会った日からずっとだ。本当に、本当に大好きなんだ。君より愛しいと思える人はこの世にいない。俺はね、"あの"ヴィクトルとは違うんだ。絶対に君を傷つけない。必ず幸せにするから。だから、少しでいいから、俺を見てほしい」
その言葉で頭の良いハイディは全て理解したようだ。
彼女の顔がさらに赤くなる。こんな顔をさせれるのは、この世界で俺だけだと思うと舞い上がりそうな気持ちになる。
「ハイディ、お願い」
「ーーんで」
彼女の小さな声に耳を澄ます。俯いてしまったため、可愛い顔は見えない。
「なんで、そんなこと。私がこれまでどれだけ頑張ってきたと…。何をされても、何を言われても、貴方を好きになってはいけない。絶対に最後には捨てられるから、裏切られるから。優しさも、笑顔も、全部偽物だって自分に言い聞かせて今まで耐えてきたのに。頑張って、きたのに…」
ポロポロと彼女の瞳から涙が溢れる。前世の癖だろうか。庶民的に、乱暴に涙を拭いながら彼女は続ける。
「……好きでした、貴方のことが。誰よりも、誰よりも好きだった。貴方の名前を探しながら本を読んだ。数少ない挿絵から貴方の姿を想像して、勝手に恋してた。だから、生まれ変われて嬉しかった。大好きな物語の世界に来れたんだって。………でも私は、主人公じゃない。悪役令嬢だった。最後に貴方に捨てられる運命だって分かってた。貴方の婚約者になれたことは嬉しかったけど、捨てられることの方が怖かった。なら最初から、愛さなければ、期待しなければいいんだって、思って…。怖かったの、ずっと。期待はしてなくても、やっぱり貴方のことが好きだった。愛する人から向けられる侮蔑に耐えれる気がしなかった。貴方のことなんて嫌いなふりして、自分に自分で嘘ついて、ざまぁの準備してきたのにっ」
気づけば彼女を抱きしめていた。前回よりもずっとずっと強く抱きしめる。嬉しくて、嬉しくて、胸がいっぱいになる。喉の奥に何かがつっかえているかのような気がして、それを吐き出すように大きく息を吐いた。
「……ヴィル様、こんな私でいいのですか…?こんな、主人公でもない、可愛げのない女で…」
「…っいいに、決まっているじゃないか!君でいいんじゃない。君がいいんだよ」
ハイディと少しだけ距離を取って、真っ直ぐと目を見つめる。涙を拭ったせいか、少しだけ目の周りが赤くなっていた。そこを優しくなぞる。どちらとも無く顔が近づく。そしてーー。
「……きっと、今日は私の人生で1番幸せな日です」
「これから、もっと幸せな日を作っていこう、一緒に」
王の責務は、重圧は重い。でも、何故だろうか。彼女と一緒ならそんなことがどうでもよく思える。そんな未来が見えた、気がした。
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