綺麗な世界の作り方

早那

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第一章 夏 某日より。

6- 歪みは少年に犯した罪を

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彼女の返答を待つ、実際には一瞬であろうその時間はまるで永遠の様に感じられた。

数秒の間に端正な彼女の顔が歪み、
「何故私が涼さんの質問に答えられるとお思いで?」
さっきのあたふたしていた少女の面影はどこへやら、彼女はしっかりとした声で僕に聞き返した。
「僕が見させられたって言うのかな…とにかく君にもわかるだろう?あれの記憶はなんなんだ!?君の声だって聞こえていたんだぞ?」
「私の声。それは間違いないのですか?」
「ああ、君と話してて確信したよ。あれは間違いなく君の声だ。」
「私は涼さんの記憶とやらでなんと言っていたんですか?」
「……それが上手く聞き取れなかったんだ。教えてくれよ。あの時君はなんて言っていたんだ?」
「涼さんが聞き取れなかったのであればそれまでです。」
まるで言い捨てる様なその口調はさっきまでの少女とは別人の様だった。
「…まあいい。君に聞きたいことはまだあるんだ。その記憶の話だがあの時僕の口をこじ開けたのは誰なんだ?」
「こじ開けた、ですか」
「言いたくもないことを無理やり言わされて本当に散々だったんだ!君にわかるなら教えてくれないか?」
「何を言わされたんです?」
「綺麗な世界がどーたらこーたら燃やせとかなんとか」
「ふむ。それは涼さんの意志とは関係なくですか?」
「あ、ああ当たり前だ!」
「本当に?」
「僕はあの時本当はコックになりたいと答えていた筈なんだ!それを奴がいきなり……」
「はて?コックさんですか。どうして?」
「親父が喫茶店で働いてて小さい時よくそこの手伝いして一緒に料理とかも作ってたんだ」
「ふむ、今もコックさんになりたいのですか?」
「あ、ああ、うん当たり前だ」
嘘だ。僕の父親は僕が小学生の時に病気で亡くなった。父親の影響でコックになりたいという願望もそこで断ち切られていた。
でも彼女にそんなこと関係ない。話を早く進めるにはこれでいいと思ったし、まず今の僕には夢なんてなかった。
「そうですか…」
彼女はなにか腑に落ちない顔をしていたがそれで納得したのだろう。僕を見上げ、話しかけた当初の笑顔を向けてくれた。
「あの、色々問い詰めちゃってごめんなさい!!」
「大丈夫だよ気にしないで」
やっぱりこっちが地なのだろう。彼女は疲れたという風にぷはぁ…と息を吐き出していた。
僕もそろそろ帰ろうかと鞄を持ち上げた。
「明日からも僕のこと見てるの?」
「ええ勿論ですよ!」
「僕のこと見てて何か楽しい?」
「涼さんはとっても楽しいですよ!」
少女は小さく微笑んだ。これからは見かけたら挨拶ぐらいはしようと僕は頭の片隅で考えていた。
「あっそうだ僕君のことなんて呼べばいい?」
「私のことですか、、んむ…レインって呼んでください。」
「レイン、ね。わかった。」
「あの…!私はなにがあっても涼さんの味方ですから!毎日見てて変な人かもしれないけどでも絶対涼さんの味方なんです!」
「レイン。ありがとうね」
味方という言葉に少しの違和感を感じながらも僕は久しぶりにほっこりして彼女に背を向け家への道を歩き出した。

ーーーーーーーー

遠くなっていくその背中を見つめながらレインは誰にも聞こえないように呟いた。
「でもまだ私は涼さんを手助け出来ないのです……」

そう彼自身が犯した罪に気付かないと私は何も出来ない。

だが25年前の〝雨宮〟の二の舞は避けねばなるまい。

私はそう固く誓い目を閉じたのだった。
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