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第2章>仔羊の影踏[ゾンビ・アポカリプス]

Log.61 diagnosis was

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 *

 時は1ヶ月ほど前にさかのぼる。

 私は羊嶺第二病院の椅子に座って、弟の診断結果を待っていた。ここは都市圏でも有数の精神科医で有名な病院だ。しばらくして、診察室の入口が開く。
 
 「仲山さーん、お入りください」

 看護師にそう言われて、私は従う。

 お父さんが死んだ日から、もう11年も経っていた。あの日、秋に二次人格が発生して、父親の写真を見ると交代が起こるという事実を知って、しばらく理解ができなかった。昔からそうだが、私はどうやら思いもよらない出来事に弱いようだ。

 「11年ぶり、ですね」

 先生は言った。相変わらない姿の先生に、私は深くお辞儀をした。11年、という年月は、長い方かもしれない。美頼ちゃんが写真を見せる流れには、中学生の頃に起こってもおかしくないからだ。

 「秋がまたお世話になります。蔵屋くらや先生」

 「11年で君は随分と変わったようで。まあ、前会ったのは高校生の時でしたから」

 時が過ぎるのは早いと笑いながら、場を和ませようとする蔵屋先生。11年前もこんな感じだった。

 「もしかして、何か新しくわかったことでも……」

 先生の眉が動く。

 「そうですね。単刀直入に言いますが、このような症例は今まで見た事がありません」

 「というと……?」

 「今眠ってらっしゃる秋くんの症状は変わらず解離性同一性障害、人格障害に似たものですね。ただある点少し特殊なんです」

 そう話し始めると、先生はデスクにあるパソコンの画面を見た。何かよく分からないグラフや、数値表が表示されている。そのうちの一つを指さして、彼は続ける。

 「このグラフは簡単に言うと、ある脳波を観察したものです。これによって、主人格と二次人格の違いを見ることができます。大抵の場合人格は精神が不安定になると発生するものなので、主人格の方が気が弱い傾向にありますが、実際の脳波はやはり主なりに強めに出るんです」

 画面には赤い折れ線と青い折れ線が出ていた。若干赤の方がグラフが高いように思える。

 「赤い方は、先程現れた人格の秋くん。青が11年前から今日までずっと主人格として活動している秋くんの人格です」

 一瞬私は、聴き間違えたのか、あるいは理解がおかしいのかと思った。先生の声は心無しか少し小さくなった。

 「こちらの数値は、2人の秋くんにいくつかの質問に答えてもらって、先程の折れ線グラフと共に、人格変化の度合いと身体への人格定着率を測ったものです。本来ならばもう少し大差があるはずですが、見ての通りほぼ数値に違いはなく、どちらかと言えば青線グラフの秋くんの方が高いですね」

 それが何を意味するのか、わかったような気がした。だが、受け入れるには難しすぎる事実だ。

 「つまりですね、霞さん。秋くんは、主人格と二次人格が完全に入れ替わってます。今一緒に暮らしているのは……」

 先生はこちらを見て言った。

 「……第二人格ということです」

 「……!」

 息を呑んだ。やはり言葉は出なかった。

 秋が人格障害者となっただけでもたくさんなのに、まださらに?本当の秋はずっと眠っているということなの?

 今まで暮らしてきた秋は本当に秋じゃないの……?

 私の気が動転しているのを見て、先生は少し考えながら言う。

 「まあ……実はこれ自体はそんなにあり得ないことじゃないんです。副人格が主人格を乗っ取るなんてことは、可能ですから。ただ、問題はこの数値の差が開いてないことにありまして……」

 「……?」

 私は意味がわからず、顔をしかめる。

 「とりあえず今日は一旦お帰りになった方がいいかもしれませんね。まだ診断の確定はできないので、我々の方で細かい検査を続行するつもりです。確信が得られたら、またこちらから連絡させていただきます。秋くんには……お姉さん。どうしますか。こちらから伝えたほうがよろしいですか」

 『はい、お願いします……私からじゃとても……』

 ゆっくりと深呼吸をして、なんとか私は答えた。

 再びお辞儀をして診察室を出ると、目の前に美頼ちゃんがしゃがみこんでいた。どうやら診察の内容が気になって聞いていたらしい。千夜君の方はというと、ソファでぐっすり寝ていた。

 「あ……あ、あの……ごめんなさい……これは、その……あはは」

 気まずそうにする彼女に、私は精一杯の言葉をかける。

 「……気にしないでいいのよ。その……。アキを、よろしくね」




 ──それから私はしばらく、秋のことを避けてしまった。でも今日でそれは終わり。秋がこんな誘拐まがいの事件に巻き込まれて、ようやくわかった。


 ちゃんと話し合おう。人格が違っても、秋は家族なのだから。

 「アキ、あのね。話があるの」



 秋のこれからの学園生活は、どうなっていくのだろうか。そう考えつつ全て話すと、秋は私と同じような顔をして言った。



 「話してくれてありがとう、姉ちゃん」

 
 それはとても余裕があるようには思えない表情だったけれど。





~第2章 完~
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