上 下
64 / 92
第2章>仔羊の影踏[ゾンビ・アポカリプス]

Log.60 case unclosed

しおりを挟む

 『たった一人の少年を監視するだけでこんな最高の環境が得られるとは』

 手帳の最初のページは、そんな一文から始まっていた。

 が、すぐにそれは最初のページではないことに気づいた。

 「破られてる……?」

 「何見てんのアキ」

 バルコニーを背に手帳を見ていた俺に、後ろから覗き込んでくる美頼。麻尋の方はと言うと、また電話している。相手は内容から察するに、彼女の両親だ。

 「俺は咲夜に監視されてたらしい」

 「はぁ?あのオッサンに?にしてもなんでまた。アキに恋してたのかな」

 「んなわけねーだろ」

 とんでもない冗談を言いやがるので、無視して手帳を読み進めることにしよう。俺はページをめくった。

 『愛している。そう言ってもいい』

 いや、言うな。

 「え、マジ……?」

 「お前が変なこと言うからそう見えるんだろ!なんで俺がそんな目で見られなきゃなんねぇんだよ。いいから読むぞ」

 ページは所々破れて読めないが、その後にはこんな文章が続いていた。

 『俺はこの子を創り上げるためにどんだけ魂を売っただろう。ついに完成した。我が子が。』

 つまり、あのフルダイブの機械のことだろう。破れているページに何が書いてあるのか、気になるところだが……。



 『あの火事から11年……少年はいまだに何も知らずに生きてるなんて。まだ』

 『尋の方は上手くいっている。実験なのかはよくわからないが、順』

 『11年前の愁さんもよく考えたものだ。人』



 「ちくしょう読めそうで読めねーじゃねぇかこいつ!!」

 「まるでわざと破られてるみたい」

 美頼はそう言って、横からペラペラと手帳をめくっている。「まるで」ではない。確実にこれは誰かが破ったものだ。俺たちが目覚めた時に、真相に辿り着けないようにするためにこの手帳を破ったに違いない。

 でもだとすればなんで手帳がここにあるんだ?

 『警察にハッキングして、偽の通報の工作が成功。俺の腕も捨てたもんじゃない』

 ここは破られていない。つまり誰かが知って欲しい情報なのか?

 「アキ、これってキイちゃんの時の……?」

 「多分」

 三川文が死んだあの日。あの時通報したら、警察が駆けつけるまでに何時間もかかるほど彼らは撹乱されていた。

 それも全て咲夜の仕業だったのか……?でもなんで?

 腑に落ちないまま、次のページをめくる。

 『恐らく俺は殺される。最期くらい長年の夢を叶えて終わってもいいだろう』

 そう書かれたページの次から、真っさらなページが何枚か続いていた。つまりこれは最後のページだ。

 「やっぱあいつは咲夜じゃなかったってこと?」

 そう言ったのは美頼じゃない。麻尋だ。いつの間にか普通に手帳を一緒に見ている。顔が近い……そう思いつつ、俺は答える。

 「文面からするにそうだろう。いや、待てよ……だめだ、疑いだすときりがない。誰かが偽装するためにこの手帳を書いてここに置いていった可能性も……」

 「あ、それは多分大丈夫。ほら」

 今度は机の上を物色していた美頼が顔を上げる。彼女が手にしていたのは、パスポートだった。

 「まあこれも偽物かもしれないけど……サインと字の形は一緒じゃない?」

 俺は意図がわからないまま、そのパスポートを睨んだ。

 「これがあるならそうだな……この手帳は本物だ」

 「え?なんで言い切れるん?」

 首をかしげる麻尋。

 「この不自然な破れ方からして、偽物にしろ本物にしろ誰かが関わってるのは間違いない。これが偽物だとしたら、犯人は偽物と信じ込ませたいはず。こんな身分証明書みたいなのあからさまに置いとくわけが無い。逆に本物だったら……」

 「そっか!あえて置いとけば、本物だって示せる!」

 美頼にセリフを取られた。ともかく、この机の上に手帳とパスポートが一緒に置いてあるなんて、偶然とは思えない。意図的に何者かがここに書いてあることは本物だと示そうと置いたことになる。

 じゃあつまり、彼自身、自分が死ぬことはわかってたということだ。

 最後に俺が話したのは咲夜じゃない。

 こんな手帳をわざと残して、咲夜のことを殺そうとしていたやつだ。しかもそいつは咲夜に濡れ衣を着せようとしていた……つまり11年前、俺の父さんを殺した犯人?

 わからない。考えれば考えるほどわからなくなる。

 一体犯人は何が目的なんだ……??真相をばらさずに推理させたいのか??そう誘導されている気がするが……。


 「アキ、パトカー来たよ」

 「あ、あぁ」

 美頼の声で我に帰ると、夜の街に赤いランプが点滅していた。慌てて手帳の写真を何枚か撮る。そして、何人かの捜査官らしき人とすれ違いながら外に出た。多分咲夜の死体を見に行くのだろう。

 「麻尋……っ」

 六成さんと久枝さんが麻尋の元に駆け寄る。

 同じく、美頼の両親も来ていた。そして……

 「アキ……ほんと心配したんだから……」

 俺の姉、霞もいた。その姿を見るのは何日ぶりだろう。見るなり俺に抱きついて来た。く、苦しい……。

 「姉ちゃん、もう体調は大丈夫なのか?」

 「大丈夫。そういえば私も心配かけてたんだった」

 力の抜けた笑顔が返ってくる。その笑顔を見て、姉に会ったら聞くつもりだったことを思い出す。

 「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

 「なに?」

 「白夜叉優衣、って人知ってる?」

 その瞬間、姉の顔色が変わる。

 「どうして……いや、知ってるもなにもお母さんの旧姓じゃない」

 「いや、父さんの写真もそうだけど、俺母さんの名前も知らなかったから……」

 やっぱりそうだったか……。優衣さんは、俺の父さんが送り込んだ救世主だったわけだ。

 何者かが俺のことを狙っている?それを知っていた父さんは11年前から優衣さんを使って俺を助けようとしていた?

 咲夜はその何者かの手下で、何かに協力し、用済みになったから殺された。そう考えるのが妥当だ。

 一体なぜ俺は監視されていたんだろうか。



 ──こうしてどんどん増えて行く謎は、まだ序の口に過ぎなかった。




 *

 「仲山秋……仲山愁の息子……?」

 だとすればこれはチャンスかもしれない。私にとって、これ以上の手がかりは無いのだから。

 「一目見ておくべきだわ」

 「モモちゃん、ヒトメって誰かのことですか?」

 「うわっ!?なんであんたがいんのよ!ややこしいんだから!!」

 後ろから聞こえてきた声の主は、サラサラの金髪野郎だ。

 「いい?声出さないでよ?」

 「はい!モモちゃん!」

 「ちゃん付けやめてって言ってるじゃない」

 「モモ?」
 
 「あーもういい、黙って」

 このやり取りも何回しただろう。私は溜息をつきながら、目にかかった前髪を払う。

 彼はあの建物から出てくるはずだ。パトカーの影からその建物の玄関を睨む。

 「あっ!誰かでてきましたモモちゃん!!」

 「黙れって言ったでしょ!!」

 出てきたのは女二人と、男一人。多分通報の内容からして、柊木美頼と薪原麻尋。そして仲山秋。

 「あれが仲山秋ね」

 「モモちゃんの好きな人ですか?」

 「はぁ……」

 「あ、痛い、痛いですよモモちゃん」

 金髪野郎の白い手の甲を、思いっきりつねってやる。そして鋭く睨みつけると、ちょっとは静かになった。

 ともあれ、仲山秋の顔を目に焼き付ける。

 「お母さん……一体どこに……」

 
 彼女達が推理問答部に入って来たのは、その翌日かそこらのことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

Mello Yello ~Do not draw the Sea~

雪村穂高
ミステリー
「海は描いちゃダメ」 郷土の風景を描く夏休みの美術の宿題に付け足された、 美術教師・斎藤による意味深長な注文。 中学1年生のシャロと彩は、その言葉に隠された謎を探る。 暇つぶしのようにして始められた二人の推理。 しかし推理は徐々にきな臭い方向へと向かって行き――

冤罪! 全身拘束刑に処せられた女

ジャン・幸田
ミステリー
 刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!  そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。  機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!  サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか? *追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね! *他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。 *現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。

はばたいたのは

HyperBrainProject
ミステリー
連続殺人事件発生―― 担当は川村正義35歳、階級は警部補。必死の捜査にも関わらず中々犯人の足取りを掴む事が出来ず行き詰まっていた矢先、部下であり相棒が被害者に……。 それにより本腰を上げた上層部が取った行動は、警視庁からの人員の派遣だった―― 今、この難事件を解決するが為に派遣された九条正美を新たに相棒に迎え、正義は事件解決に挑む。

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

処理中です...