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第2章>仔羊の影踏[ゾンビ・アポカリプス]

Log.59 secret base

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 目が覚めると、そこはさっきまでいたところとあまり変わらない、暗い部屋だった。

 電子機器が動く音と、激しい頭痛。黒塗りで、弾丸型の棺桶?コクーン?とでも言えばいいのだろうか。

 そこの蓋が開いて、俺は久々に外の空気を吸うことが出来た。

 「アキ!!」

 すぐ側で、美頼がこちらを覗いていた。そして抱きついてきた。俺は元の体に戻っていた。

 「ちょっ……」

 「ありがとう……もしかしたら私死ぬんじゃないかって……」

 意外だった。美頼は泣いていた。

 それだけ怖かったのに、あんな強がっていたのか。

 「だ、大丈夫だから……」

 そう声をかけるので精一杯だった。

 「いったー……何、何が起こってんの?てかここどこ?いや頭イッタッ!?」

 隣で蓋の開く音がしたかと思えば、すぐに腑抜けた麻尋の声がした。みんな無事なようだ。

 あたりを見回すが、暗すぎて何も見えない。俺らのコクーンは綺麗に並んでいて、隣にそれぞれ心電図モニターのようなものが立っている。画面を確認すると、心拍数や、時間など、今までの俺の行動が全て記録されていた。

 ゲームクリア時間は、【CLEAR TIME 4/30 20:12】とある。だいぶ長い間、仮想世界に送り込まれていたみたいだ。そりゃ頭も痛くなるだろう。

 ともあれ麻尋に一部始終を説明すると、

 「え、まじ?そんな壮大なことがあったの?」

 と、残念そうな顔をする。こいつ……人の気も知らないで。

 まだ咲夜から聞いた話はしていない。こいつが俺の妹だって?にわかには信じ難い。そして優衣さんも……おそらく彼女は……。

 そこまで考えた時、美頼が短い悲鳴をあげた。さっきから彼女はこの部屋を探索している。探索しているのに、出口はまだ見つかっていない。

 「ミヨっち?」

 「どうした?なんかあったか」

 「人が……死んでる」

 「はぁ?!」

 驚いて声のする方へ行くと、同じような黒いコクーンがある。その中には、苦痛に歪んだ男の顔が透けて見えた。俺はそいつの名をつぶやく。

 「蒲通……咲夜」

 「うぇ……なんか、見てるだけで吐き気がするんだけど。この人が例の?」

 麻尋の問いには、美頼が答えた。

 「うん。本当に死ぬゲームだったんだね……私半分疑ってたから……」

 「いや、そんなはずない。あいつ俺は嘘をついたって……致死量の電流は流せないように作ってあるとか言ってたし……」

 もしかしたら気絶しているだけかもしれない。あまり気が進むものではなかったが、俺はコクーンの蓋を無理矢理開けた。でも、やはり脈はなかった。

 すぐ隣に心電図モニターのようなものが立っていた。それを眺めていた麻尋が、何かに気づき声を上げた。

 「あれ?秋山。この人とはさっきまで話してたんだよね?」

 秋山呼びの謎の安心感。じゃなくて、なんだ?どういう意味だ。

 「そうだけど……なんで?」



 「だとしたらおかしいよ。この人、30分以上前に死んでるもん」



 麻尋の発言に、俺は耳を疑った。

 彼女が今見ていたモニターには、【TIME OF DEATH 4/30 19:20】と表示されている。これが本当であれば、明らかに時間が合わない。俺がクリアした時間、つまり目を覚ました時間から50分は前に、もう咲夜は死んでいたことになる。

 俺が話していた相手は、一体誰だったのか。ということになるのだ。

 「もしかして優衣さんみたいに、この人も電子化したみたいな?」

 美頼が面白いことを言う。確かに、死んでからも仮想世界で生き続けるという展開はあってもおかしくない。こんなゾンビだらけのVRMMOを発明して、しかもデスゲームを主催する人だ。だが……

 「いや、そう思うとあれ、咲夜じゃなかったな」

 「どういうこと?」

 「喋り方がおかしかった。俺と美頼が戦ってた時は、ネトネトした気持ち悪い喋り方だっただろ?それが倒してからは普通に喋ってたんだ。見た目が同じだったからそんなに疑わなかったけど、俺と美頼が入れ替わって気づかれなかったんだ。あいつの体に違う人が入っても分かるわけがない。国のデータベースにハッキングが可能なら、協力者かなんかがこのゲーム内でのユーザーを入れ替えるのも簡単なんじゃないか?」

 
 じゃあ一体、あいつは誰だったんだ……?




 あいつが言ったことは、どこまでが本当なんだ……??




 「た、確かにそうかも……」

 美頼が腕を組んでそれっぽく考え込んでいる。その横で、麻尋が壁に寄りかかっている。その瞬間何かが外れる音がして、壁がくるりと回った。

 ダイナミックに転ぶ麻尋さん。そこに巻き込まれて一緒に転ぶ美頼さん。

 「うぎゃ」

 うぎゃじゃねぇ。

 「いってて……隠し扉だったのね。そりゃあ、見つかるわけないわ」

 「マヒロンよくやった!」

 すぐそこに、月明かりが見えた。窓がある。バルコニーもある。

 しばらくぶりの外の景色に、胸が高まる。

 「こっちにウチらの携帯とかあるわ」

 「というか、普通に住宅街なんだけど。本当にどこだここ?」

 美頼がバルコニーに出て言った。麻尋は恐らく、110番に通報している。何しろ死体が隣の部屋にあるんだからな。

 「あ、アキの家だ」

 俺も携帯の電源が無事について、一息ついた。

 「とにかく今は外に出るべきか…………美頼お前今なんて言った?」

 「アキの家が見えるって言った」

 「は?」

 俺は急いでバルコニーに駆け寄る。いくらなんでも俺の家にそんなに近いって……。

 「……マジかよ」

 歩いて5分くらいの距離に、俺の家があるのが見える。目を凝らせば俺の部屋の窓も見えるし、玄関も丸見えだ。その時、携帯で起動した地図アプリが、聞き慣れた地名を示す。

 そこは始業式の日にも話に出た馴染みのある家。毎日の通学路に面している家。美頼がパンケーキ屋になるといいとかほざいてた建物。




 以前はだった、あの家だったのだ。





 麻尋が呼んだと思われるパトカーの音が、夜の街に響いている。警察がここに来るのに、もうそんなに長くはかからないだろう。

 少し呆然としながら、俺は近くに落ちていた双眼鏡に気づいた。視線を少しずらせば、部屋の中の机に、見るからに怪しい分厚い手帳が置いてある。



 手帳の中身から、俺の生活が監視されていたことを知るのに、ものの10秒もかからなかった。

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