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02:『異世界、されど現世界である場所』

:10 瓦落多と謎と敵襲と、

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 「そんな……これがなきゃ元の世界には……」

 僕は力が抜けて地面に膝から座り込んだ。あったとしても戻れるかはわからないが、少なくとも過去に戻ってそのマリヤナ線の誕生を阻止すれば、やり直すことはできるかもしれない。だがその頼みの綱も、今となってはガラクタの山だ。

 サユキとプカはそんな僕の気持ちはお構いなしに、興味津々で人工物の残骸を眺めている。どちらかと言うとサユキの方がお構いなしだが。僕の方を心配そうに見てくれているだけ、プカは全然マシだ。

 「ユヅキ、これを直すってのは無理なのか?」

 「できるわけないだろ。僕は研究者じゃなくてただの高校生だったんだ。これを作った人じゃないんだぞ」

 僕はこの世界に来るまでの一部始終を説明する。タイムマシンの公開試乗会のこと、魔女が現れたこと、巡と過去の日本に行ったこと。そして戻ってきたら激痛に苦しみ、気付いたら巡が獣になっていたこと。サユキはガラスの破片をつまみ上げて、木漏れ日にかざしながら目を細める。外はもう日暮れだ。橙色に照らされた大木の群れは、森中を暖かく染め上げていた。

 「なるほどなあ。ユヅキが元いた世界の2419年は、全然違う世界なのか?」

 「全然。植物なんかないし、地球はめちゃくちゃだよ。てかやけに寛容だね。僕の言うこと信じられるの?」

 「まあだって、魔法が使える世界なんだぞ?ここ。時間魔法だって制限はされてるけど実在するしね」

 「たしかに」

 そう言われてしまうと、何も言い返せない。タイムマシンの実在する話をして信じる人の数は、こちらの世界より向こうの世界の方が少ないかもしれない。僕が瓦礫をかき分けて何か役立つものがないか探そうとすると、プカの怪訝な顔が視界に入る。

 「どうしたのプカ」

 「なんか、見たこと……アル」

 プカが眺めていた部品を見ると、そこには三角と円の影に時計を模したエンブレム、東京時空間研究所のロゴマークが描かれていた。もちろんこちらの世界には無いはずの組織のロゴだ。見たことがあるとしたらおかしな話になる。

 「見たことがあるはずなかろうて。そりゃユヅキがこっちの世界に持ってきた機械のマークなんだろう?」

 「そうだよ。気のせいじゃないか?」

 「ウーム……」

 プカが口元に手を当てて黙り込む。僕は少し首を傾げながらも、探索を続けようとした。だが後ろから、パキッと枝を踏む音が聞こえた。振り向くと、大木の影から二つの人影が現れる。片方はマントを被っていて、もう片方は少年のような背格好で、犬のような容姿だった。彼らはなぜか不気味で、僕の背筋を凍りつかせた。

 「バシンテ、トラ」

 犬の少年の声だ。サユキとプカもその2人に気付き、警戒態勢に入った。視界の隅でプカの手が震えているのが見えた。するとマントに覆われた人物は片腕を上げて、手から光のようなものを出した。プカは水の球を放つが、その光と当たった瞬間消えてしまった。

 「なんかやばいよな、これ」

 僕がそう小声で呟くと同時に、サユキがプカの手を取りこちらにも片手を差し出す。サユキの魔法、瞬間移動を使おうとしているとわかった。しかしその手を取る前に、2人に向けて謎の光が再び放たれる。そして目と鼻の先で、驚きに目を大きく開きながら、僕に向かって何かを言おうとしていた女の子2人は、消滅してしまった。

 「消え……た??」

 目の前で起きた出来事を受け止めきれない。あの光はどこかに移動させる魔法なのか?それとも物質そのものを消し去ってしまう魔法かもしれない。そうだとしたらプカやサユキはもうこの世にいないと言うことになる。この2人から逃げなければ、僕もその二の舞だ。どうすればいい。何ができる。考えろ。

 そもそもこいつらはどこから来たんだ?見渡す限り大木が立ち並ぶ森だ。夕陽もすでに地平線に隠れ始めている。ふと風が吹いて木々がざわめいた。犬の少年たちが来た方向を見る。あそこに何かがあるのか?と、ここまで思考を巡らせるのに2,3秒。その間にマントの人物はまた光を放出しようとしていた。よく見ると髪が長く華奢で、どうやら女らしい容姿だとわかる。そんな観察も束の間、一瞬で僕には光が撃たれていた。

 そしてプカの怪訝な顔が視界に入る。全身にぞくりと悪寒が走った。

 「どうしたのプカ」

 「なんか、見たこと……アル」

 プカが眺めている部品には三角と円の影に時計を模したエンブレム、東京時空間研究所のロゴマークが描かれている。意識がはっきりしてくる。そして気づく。これはつい先程起こった情景だ。じゃあ今のは何だった?白昼夢か?

 「見たことがあるはずなかろうて。そりゃユヅキがこっちの世界に持ってきた機械のマークなんだろう?」

 「…………」

 「ウーム……」

 僕はサユキの問いかけに答えずに、考え込む。プカはやはり口元に手を当てて黙り込む。これが同じ光景だとしたら、もうすぐあの木の影からあの魔女たちが現れるはずだ。僕は急いでプカの腕を掴みサユキの耳元で囁く。

 「なんか来る。逃げるぞ」

 「へ?」

 「いいから!瞬間移動しろ!!」

 パキッと枝を踏む音が聞こえ、焦りが募る。サユキは顔をしかめながらも幸いなことに従ってくれた。僕らがその場から消え去った数秒後、大木の影から二つの人影が現れる。片方はマントを被っていて、もう片方は犬のような容姿だった。

 そして先程と違うのは、その景色が見える位置に僕らはいた。サユキの計らいで移動した先は大木の枝の上だった。少し慣れない感覚だったが、高所恐怖症には地獄であろう高さの枝の上にテレポートしたせいで、今は落下への恐怖に打ち勝つことで必死だった。僕は小声で叫ぶ。

 「おいサユキ!一体どういうつもりだ!!」

 「いやこっちのセリフだろう!ユヅキの必死さも伝わってくるし。ここなら下の様子も見られるから」

 「サユちゃん、あたまいい」

 プカが後ろで煽てて、えっへんと胸を張るサユキ。まあ確かにあの一瞬でその状況判断ができたのは割とすごいと思った。僕は家にテレポートする気満々だった。見た目より頭の切れるやつだ。

 「フワ。テトラテミミニュユヅキ……」

 「きっとまだ本調子じゃないのよ。だいぶダメージを負っていたし……」

 犬の方は聞き慣れない言語、おそらくこの世界の言語を喋っている。一方性別は声で確信を持ったが、マントの女は日本語を話していた。一体なぜ彼らはコミュニケーションを取れているのだろう。

 「任せて」

 今度は犬少年が何も話してないのにも関わらず、女が返事をした。そしてタイムマシンの残骸に先程の光を当てて全て消し去ってしまう。証拠隠滅のつもりだろうか。しばらく周辺を彷徨いていたが、跡形もなく瓦礫を片付けると彼らは元来た道を帰っていった。

 その影が見えなくなったところで、久しぶりに声を出す。

 「あいつら一体何者だ?」

 「あたいにもわかんない。でも多分、あの犬の方は意識魔法の使い手だわ。喋らなくても他人の意識に干渉できるやつ」

 分からないなりに考察はしていたのだと、陽気に胸を張った。なるほどそれなら納得がいく。それにしても、だ。

 「どうしよう……僕、もう元の世界に帰れないんじゃ……」

 プカとサユキは神妙な顔をして、無言で目配せする。さっき見た白昼夢の正体も謎のまま。夜の境目、赤黒い空には三日月がうっすらと光っていた。
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