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プロローグ『2419年8月31日』
第 α 話 女がある少年に出会ったその日
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灰色の金属で出来ているであろうカプセル型の何かが、鼠色の煙を上げていた。森の景色には似合わない人工物だ。その傍らに、1人の女がいた。
「やっと戻ってきた……はずなんだけど」
女は自分がどこにいるのかがわからなかった。
いつにいるのかは確かだ。出発した時刻にしっかり戻ってきたはずなのだから。ただ、どこにいるのかがわからない。
重い扉が開いたその先が、自分が見知った世界とは程遠かったからだ。
澄み切った青空に、快適な気温。爽やかな風に煽られ、ざわめく木立。
「まだ地球にもこんな場所が……いや、それよりも!」
位置座標のズレで、目的地が変わってしまったのだろう。それよりも今はやらなければいけないことがある。そう思っていた。
次の瞬間までは。
「あぁぁあ!?……ががぁ……っ」
叫び声とも呻き声ともとれない、そんな声を出す瞬間までは。
突如始まる何かの侵食。眼球、耳、鼻、口、身体中の毛穴という毛穴から、何かが入り込んでくるのを感じた。とてつもない痛みと共に。だから自然と声が出てしまった。
身体が炙られてドロドロに溶けていくような感覚だった。
彼女は死を悟った。いや、悟る余裕もなかったかもしれない。
本能に従って自分の腕が身体中の肉を掻きむしっている気がするが、もはや皮膚の感覚は麻痺していた。
──私、死ぬの?
まだやりたいことが沢山あるのに。研究がついに成功してこれからだって時に。
こんな……。
そして彼女の意識は途絶えた──
──ゆっくりと目を開ける。目の前には青空。すぐ側には見覚えのある乗り物がある。
それは死を覚悟していた彼女にとって、あまりにも呆気ない事実だった。
「私……死んでないの?」
声も普通に出る。先程までの痛みは全く感じない。
ただの、心地のいい、森。
すぐに、着ていた服がビリビリに破けてほぼ全裸だということに気づく。人の気配は今のところないが、それでも一端の乙女だった彼女は、短く悲鳴をあげた。
爪がところどころ欠けているし、服の繊維が引っかかっていることから、どうやら自分で破ったということらしい。
が、身体には傷一つなかった。
「なに……?何が起こってるの?」
右の手の平を見れば、またそこにもよく分からない現象が起きていた。手首との境目あたりに、丸い、半球状の突起が出来ていた。スーパーボールを埋め込んだような、それくらいの大きさである。
そっと触ってみると、簡単に皮が剥けて、中から骨のような白い丸が露わになる。
「あ、熱い」
その骨は、かなりの熱を持っていた。その後も、髪に隠れた額に1つ。ふくらはぎに1つ、同じ位の球体が見つかった。
裸でうろつく趣味はないが、状況が全くつかめない限り、仕方がない。そう思った彼女は、出来るだけ体を隠しながら次の行動に出る。
森の中をあてもなく散策していると、途中で人に会った。いや、人らしき動物に遭遇した。皮膚の色、背格好、顔つき、毛深さ。全てにおいて、人間とは思えない、二足歩行の何かだった。
「トルエ、プラキタ!」
聞いたこともない言語で、例えるなら狼男が叫んだ。それに続いて、あとの2人……小鬼とハンプティダンプティも何か話している。
「あのぅ……ここはどこですか……?」
あはは、と笑いながら彼女は尋ねた。
だがどう伝わったのか。男達は突然襲いかかってきた。
「いや!!!やめてください!!!」
「プラキタ!!プラキタ!!」
好き勝手しようと、狼と鬼が彼女を拘束し、卵が手を伸ばす。
その時だった。
彼女は、抵抗する自分の右手が熱くなるのを感じる。そしてその直後、手から光のようなものが出てきて、ハンプティダンプティを直撃。そしてその男(?)は跡形もなく消え去った。
狼と鬼が困惑して手を離す。
振り向くと、今度は額に熱を感じた。次の瞬間、髪の隙間から、額にあった謎の球体が、大量の針を放出した。
避ける暇もなく、隙間もなく、その針は一瞬で狼と鬼に突き刺さる。それこそ身体中に。
びっしりと敷き詰められた針山のようになって、そして彼らは倒れた。もう息はなかった。
「な、なんなの一体……」
鳥肌が立ってくる。背筋が凍りつくような寒さを感じ、身震いする。身体中を氷が這っている感覚だ。そうして混乱する彼女に、背後から声がかかった。
「すごいな……」
彼女は驚いて、声の持ち主に目を向ける。
小汚いマントのようなフードを被っているが、顔は見えていた。その顔は人間と言うより、犬に近かった。
「大丈夫、悪いのは君を襲おうとした彼らさ」
犬は少年のような優しい声でそう言った。いや、よく見ると口は動かしていなかった。
「疑問だろう。色々と教えてあげるよ。とにかく服をあげるからついてきて」
こちらの気持ちを汲み取ったかのように、彼は続ける。よく見ると彼の手の甲にも、同じような白い球体があった。
彼女は頼るあてもなく、とにかく言葉が通じる彼を追うしかなかった。その後も優しくもてなしてくれて、女はそのうち、その犬のような少年を、信頼するようになっていった。
それが大惨事に繋がることも知らずに。
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