上 下
16 / 30

16 日常

しおりを挟む
 ――真っ白なワンピース。彼女が来ている服と、殆ど一緒だ。隣にあるのは白地に青色の水玉模様をあしらい、胸の位置にリボンが付けられている。彼女はきっと、自己主張が控えめだから、目立たない白いワンピースを選んでいるに違いない。最近、姿を現さないのも、きっと恥ずかしがりやだからだ。そんな彼女に自信を持ってもらうために、少し強引でも会わなければいけない。そして、彼女にもし会えたら……こっちのお洒落なワンピースをプレゼントしてあげよう。恥ずかしがるかもしれないが……きっと喜んでくれるはずだ――。



「しかしまあ……賑やかなことになったもんだ」

 俺は三人にせがまれて、ファミレスへと夕食をしにくるはめになった。
 とっとと食事を済ませて帰りたいところだが……この三人は、そう簡単には俺を解放してくれないだろう。

「うんうん、社会体験は大事だからねっ!」

 悠がいつも通りに明るく言う。

「社会体験って……単にファミレスに食事しに来ただけだぞ」
「でも初体験じゃん! ねっ!?」
「そうだな。いや、まさかニンゲンの食い物を食うことになるとは思わなかったぞ」
「調査のために、お持ち帰りならしたことがあるプが、食堂というカテゴリのお店の中で食べるのは初めてポ。駿一に会うまでは、地球の文化も今一つ理解できていなかったので、躊躇していたんだプ」
「なるほど、それが正解だな、お互いに」

 今でもロニクルさんが裸で立っていた時のインパクトは忘れられない。あの時のことを考えれば、ロニクルさんが一人で地球に来なくて良かったと思う。

「もしロニクルさんが躊躇しなかったら、平気な顔して全裸でその辺を歩いてたのかな?」
「だろうな。十中八九そういう行為をして、わいせつ罪で警察に捕まっていたに違いない」
「そう考えると、駿一はやっぱりロニクルの恩人プ。改めて感謝するピ」
「いやなに、自衛のために先手を打つのは当然の事だからな」
「自衛?」と悠は首をかしげる。
「そ、自衛」

 ロニクルさんが逮捕された日には、それが地球の文化かと勘違いしたり、その逆に仕返ししたりするかもしれない。どちらも地球人大量拉致事件に発展しそうな勢いだ。いや、冗談ではなく、俺は本当に地球を救ったのかもしれん。

「お待たせいたしました」

 ウエイトレスが料理を持ってやってきた。

「こちら、ハンバーグプレートのお客様は?」
「あ、私ですポ」
「Tボーンステーキセットのお客様は?」
「ティム、お前じゃないか?」
「おう! 食うぞ!」

 ウエイトレスは、淡々と料理を並べて去っていった。

「これだったら、俺のもすぐ来そうだな」
「駿一は何頼んだの?」
「エビチャーハンだ」
「チャーハン……ファミレスでチャーハン……」
「悪いか? チャーハン食べたかったんだから、別にいいだろ。メニューにも載ってるんだから」
「まあ……いいけどさ、そういう所も、駿一って変わらないよねー」

 悠が一人でしみじみしている。

「ひねくれていて悪かったな」

 俺が吐き捨てると、悠はかぶりを振りながら言った。

「ううん、意表を突いた、通好みのチョイスだよ!」
「なんだそりゃ……」

 無理矢理言い方を変えただけの気がする。物は言いようだが、無理矢理過ぎて、逆に違和感で頭がモヤモヤしてきた。

「てか、ティム、食うの、早いな」

 これ以上わけが分からなくならないうちに、話題を変えよう。

「ああ。食事の時間は隙が多くなるからな。ビッグフットの戦士として、食事は早く済ませないといかん!」

 ティムはそんな事を言いながら、Tボーンステーキセットをガツガツと勢いよく食べている。
 ステーキが、ポテトが、コーンがティムによって鷲掴みにされて、勢いよくティムの口に吸いこまれている。
 まるでピンク色で丸い何かを見ているようだ。あれが現実に居れば、こんな感じの迫力なのかもしれない。

「お前、素手で……」
「ん、何だ?」
「ナイフとフォーク使えよ。そうじゃなくても箸使え。ほれ」

 俺はテーブルの端に置いてある箱に手を突っ込み、ナイフ、フォーク、箸を掴んでティムの方へ突き出した。

「そんな面倒なものは要らん」
「要らんじゃなくて、人の目があるだろ……!」

 大きな声は出せないので、声を出さずに息だけで絶叫する。

「気にするなよ、いずれ慣れる」
「そういう問題じゃねー!」

 人の話を聞く気が無いのか。俺は頭を掻き毟って叫んでしまった。

「落ち着けよ、人が見てるぜ」

 ティムは自分の事は無視して、俺をたしなめている。

「あのなー……」

 だめだ。呆れてものも言えないとは、まさにこの事だ。

「……分かったよ」

 ふと、ティムが食べ物を口に運ぶ手を止めた。

「心配するな、大丈夫だ。後でその道具の使い方を教えてくれればいい」
「ああ……まあ、そういう事なら」

 急に穏やかになったティムに、俺は少し戸惑ったが……次の瞬間には、ガツガツと手掴みでTボーンステーキを食べるティムにを見て溜め息が出た。

「てか……別に、こんな所で誰かに襲われるわけでもあるまいし、普通に食えばいいだろ。そんなに早く食べると、太るぞ」
「なんだぁ? 一々うるさい奴だ。太ったら痩せればいいんだ! 痩せればな!」
「そ……そりゃ、そうだが……」

 言ってることは間違っていないし、一言で非常に分かりやすいのだが……本当にこれでいいのか。

「いや、しかし、これはちょっと味付けが濃いな。肉の味が殺されてしまっているぞ」

 そうかと思ったら、急にグルメな事を言いだした。

「まあ、外食は味が濃いからなぁ」
「これも、ちょっと塩っ気が強すぎるな。この上の変なの、洗ってくる!」

 ティムはサラダの入った皿を手に持ち、席を立って走り出した。

「あ……おい、洗うって、水の使い方分かるのか!?」
「馬鹿にするなよ! それくらい分かる!」

 ティムはそう叫びながら、一目散にトイレの方へと向かっていった。

「本当に大丈夫だろうな……どうなっても知らんぞ、俺は」

 案の定、トイレに入っていったティムを見ながら、俺はぼそりと呟いた。

「……で、ロニクルさんはどうだ? 旨いか?」
「中々に美味ですプ。お皿がちゃんとしていると、食べ物まで美味しく感じますピ」

 ロニクルさんが、にっこりと微笑んで言った。ずうずうしい悠や品の無いティムと比べて、なんと清楚なことだろう。

「ああ、それは分かる気がするな。やはりプラスチックや発泡スチロールでは味気ないよな」
「駿一、ロニクルさんと気が合うよね、そういう所は」
「うーむ、確かになぁ……ま、気が合わないよりはいいだろ。そのおかげで助かったようなもんなんだし」
「そだね、気が合わなければ、駿一、死んでたもんね」

 命あっての物種だ。あの時、俺が人体実験されて、脳を取り出されたり、内臓を見られたりされ……挙句の果てには宇宙に捨てられていたかもしれないと考えると、ぞっとする。
 悠だって、どうなっていたか分からない。なにしろ宇宙人の技術力だ。霊体を弄る方法だって、実は存在するかもしれない。

「ああ、全く、九死に一生だったぜ。こうしてハンバーグを美味しそうに食べてる姿を見てると、とても俺の体を解剖しようと思っていたようには見えんのだがな」
「大丈夫、約束したポ。駿一を解剖しようなんて、まだこれっぽっちも考えてないプ」
「まだなのか」

 気が合うことに関してはいいのだが、この、さらっと怖いことを言うロニクルさんには度々冷や汗をかかされる。やめてほしい。

「大丈夫、大丈夫ピ。それにしても、この料理も興味深いプね。このニンジンにはそれほど調味料を使ってないのに、こっちのハンバーグは調味料、香辛料で手厚く味付けしてあるポ」
「へえ……ロニクルさんも、結構グルメなんだねぇ」

 悠が感心している。

「悠が子供舌過ぎるんだろう」
「だって中学生だし!」
「ん……まあ、確かにそうだが……」
「でしょ! ほら!」

 悠は何故か、腰に両手を当てて、自慢げに勝ち誇っている。
「いや、ほらってお前……」
「ほれ、洗ってきたぞ! ボクだって、これくらいは出来る!」
「ああ、そうかい」

 ティムが戻ってきた。全く、「ほら」とか「ほれ」とか忙しい奴らだ。

「うーむ……」

 恐る恐る、ティムが洗ったというサラダを覗き込む。
 確かに、皿には生野菜だけが残っている。上にかかったドレッシングは綺麗に取り除かれいるみたいだ。
 しかし……洗った水が、一体、どこの水なのだろうか。トイレの水といっても、色々な所に水はあるが……。

「お待たせ致しました」

 ウエイトレスさんの声が響く。どうやらエビチャーハンが到着したらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

牛の首チャンネル

猫じゃらし
ホラー
どうもー。『牛の首チャンネル』のモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます。 このチャンネルは僕と犬のぬいぐるみに取り憑かせた幽霊、ワンさんが心霊スポットに突撃していく動画を投稿しています。 怖い現象、たくさん起きてますので、ぜひ見てみてくださいね。 心霊写真特集もやりたいと思っていますので、心霊写真をお持ちの方はコメント欄かDMにメッセージをお願いします。 よろしくお願いしまーす。 それでは本編へ、どうぞー。 ※小説家になろうには「牛の首」というタイトル、エブリスタには「牛の首チャンネル」というタイトルで投稿しています。

月影の約束

藤原遊
ホラー
――出会ったのは、呪いに囚われた美しい青年。救いたいと願った先に待つのは、愛か、別離か―― 呪われた廃屋。そこは20年前、不気味な儀式が行われた末に、人々が姿を消したという場所。大学生の澪は、廃屋に隠された真実を探るため足を踏み入れる。そこで彼女が出会ったのは、儚げな美貌を持つ青年・陸。彼は、「ここから出て行け」と警告するが、澪はその悲しげな瞳に心を動かされる。 鏡の中に広がる異世界、繰り返される呪い、陸が抱える過去の傷……。澪は陸を救うため、呪いの核に立ち向かうことを決意する。しかし、呪いを解くためには大きな「代償」が必要だった。それは、澪自身の大切な記憶。 愛する人を救うために、自分との思い出を捨てる覚悟ができますか?

幸せの島

土偶の友
ホラー
夏休み、母に連れられて訪れたのは母の故郷であるとある島。 初めて会ったといってもいい祖父母や現代とは思えないような遊びをする子供たち。 そんな中に今年10歳になる大地は入っていく。 彼はそこでどんな結末を迎えるのか。 完結しましたが、不明な点があれば感想などで聞いてください。 エブリスタ様、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも投稿しています。

輪廻の呪后

凰太郎
ホラー
闇暦二十六年──。 エレン・アルターナが見る陰惨な悪夢は、日々鮮明となっていった。 そして、それは現実へと顕現し始める! 彼女の健常を崩していく得体知れぬ悪意! 父と絶縁して根無し草となっていた姉・ヴァレリアは、愛する妹を救うべく謎を追う! 暗躍する狂信徒集団! 迫る呪怪の脅威! 太古からの呼び声が姉妹へと授けるのは、はたして呪われた福音か! 闇暦戦史第四弾! 最強の闇暦魔姫が此処に再生する!

銀の少女

栗須帳(くりす・とばり)
ホラー
昭和58年。 藤崎柚希(ふじさき・ゆずき)は、いじめに悩まされる日々の中、高校二年の春に田舎の高校に転校、新生活を始めた。 父の大学時代の親友、小倉の隣の家で一人暮らしを始めた柚希に、娘の早苗(さなえ)は少しずつ惹かれていく。 ある日柚希は、銀髪で色白の美少女、桐島紅音(きりしま・あかね)と出会う。 紅音には左手で触れた物の生命力を吸い取り、右手で触れた物の傷を癒す能力があった。その能力で柚希の傷を治した彼女に、柚希は不思議な魅力を感じていく。 全45話。

アヴァランチピード 凍てつく山の白雪ムカデ

武州人也
ホラー
「絶対零度の毒牙をもつ、恐怖の人食い巨大ムカデ」 雪山の山荘で行われる「ブラック研修」。俺は日夜過酷なシゴキに耐えていた。同室の白石はそんな苦境から脱しようと、逃亡計画を持ちかけてくる。そんな中、俺は深夜の廊下で人を凍らせる純白の巨大ムカデを見てしまい…… 閉ざされた雪山で、巨大な怪物ムカデが牙を剥く! 戦慄のモンスターパニック小説。

さようなら、初めまして

れい
ホラー
全ては単なる、私の、私による、私のためだけの、儀式だった。 八月の、ひどく蝉がうるさい日。 私はそっと、自分の机だったものの上に、一輪の赤い花を添えた。

あなたの願いを叶えましょう

栗須帳(くりす・とばり)
ホラー
謎のお姉さんは、自分のことを悪魔と言った。 お姉さんは俺と契約したいと言った。悪魔との契約と言えば当然、代償は魂だ。 でもお姉さんの契約は少し違った。 何と、魂の分割払いだったのだ。 全7話。

処理中です...