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9 仁龍湖(じんりゅうこ)2
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「じゃあ行くか」
秋山さんは、そういって足を一歩踏み出した。
「いやあ……止めた方がいいかも……」
秋山さんが歩きだしかけたが、出山はそう言うと、秋山さんは踏み止まった。
「どうしたんだよ。急に消極的になったな」
俺は意外に思って、そう言った。
「いや、マジ、居るから、ここ」
「まあ、とりあえず入ろう。ヤバいと思ったら引き返せばいい」
秋山さんは、そう言って中に入っていった。
「うわ……足場悪いな」
秋山さんに続いて入った俺は、思わずそう言った。足元の木は腐っていて、脆くなっている。恐らく、窓などの破片だろうが、硝子も散乱していて、転んだら危なそうだ。
「サンダルの奴居ねえよな」
秋山さんも同じような事を思ったらしく、皆にそう言った。たしかに、サンダルなどの足が露出する靴を履いていたら危険だ。
「大丈夫っす。確か、奥に仏壇があるとか聞いたんすけど……」
俺達はその部屋から、障子を挟んだ隣の部屋へと入った。その部屋は畳張りだが、やはり畳も腐っていて、歩くとぶよぶよとした感触がする。
「無いっすね、仏壇」
「ここじゃねえのかな」
懐中電灯を持った野内と秋山さんがきょろきょろと探すが、仏壇は見つからない。
「ちょっ……! マジやべえ! マジやべえよ!」
俺がその声で後ろを振り返ると、錯乱している出山が居た。
「やべえって! 逃げろ! 急げ!」
「ちょっと落ち着けよ……秋山さん、野内がこんな状況なんだけどさ」
「しょうがねえな、一旦、外出るか」
秋山さんは、渋々引き返した。
「まあ、この状況じゃ仕方ないか。つまんないって言ってた出山が一番ヒステリックに陥り易かったってのも皮肉なもんだなあ……」
野内も残念そうに秋山さんに続いた。
「のんびりしてんなよ! 早く……! 早く来いって!」
「すっかりその気だな」
「臨場感たっぷりっすね」
焦り過ぎて、最早、錯乱している出山を案じてか、秋山さんと野内が早足になる。
「わ……! く……来るな! 来るなっつってんだろ!」
「どっちなんだよ」
叫ぶ出山に野内が困ったような苦笑いを返した。
「違う! お前じゃなくて……あああああ!」
出山は、まるで人ではないような海老反りと痙攣、そして叫びの後、仰向けに倒れた。
「お、おい、出山!」
床には硝子がある。折れた板の先端も危なそうだ。俺は急いで出山に近寄った。
「出山! ったく、迷惑かけさせ……」
野内は畳張りの部屋から出山に駆け寄りながら言ったが、その声は途中で途切れた。そして、出山と同じ様に倒れ込んでしまった。
「え……おいおい……二人共……」
俺は、今起きた事を理解しきれなくなり、どうしていいか分からなくなった。
「……逃げるぞ、走れ!」
その声と共に、秋山さんが俺の横を駆け抜けた。
「あ……ま、待って!」
俺も秋山さんに続いた。二人をここに置き去りにして良いのか。そんな事が一瞬脳裏に過ったが、ただそれだけだった。次の瞬間には、俺は秋山さんを、全速力で追いかけていた。
「はぁ……はぁ……」
俺はとにかく、一心不乱に走った。幸い、車からそう遠い距離ではなかったので、俺と秋山さんは、すぐに車を止めた所へと戻ることができた。
俺が車に入ると、秋山さんはすぐに車のエンジンをかけた。
「とにかく、人の居る所へ……」
秋山さんはそう言いながらサイドブレーキを外し、アクセルを思いきり踏み込んで、車を発車させた。
「あ……秋山さん……」
「な、何だ?」
俺は秋山さんに話しかけようと思ったが、頭の中が混乱していて言葉が出て来ない。言葉の代わりに秋山さんの顔を見ると、秋山さんの顔は恐怖で引きつっていた。多分、俺も同じような顔をしている。
俺は前を見た。行きとは比べ物にならないほどのスピードを出している事が、運転していない俺にも分かる。
「うおっ!」
秋山さんがくぐもった叫び声をあげる。車はタイヤを鳴かせ、対向車線に大きく割り込みながら、どうにかカーブを曲がった。
「あ、秋山さん、そんなにとばさなくてもいいですよ。もうこんだけ離れたんですから!」
「そうか? ……そ、そうだな」
秋山さんは車のスピードを緩めた。
「……秋山さん」
俺は話しかけた。混乱が大分収まって、あの現象は何なのか、俺達はこれからどうすべきかを相談する気になったのだ。が、秋山さんの返事は返ってこない。
「秋山さん?」
俺が秋山さんの方を見ると、秋山さんはハンドルに体を預けてぐったりしていた。
「あ……」
秋山さんは、いつの間にか意識を失っていた。
「ちょっと……」
それでも車は進む。秋山さんがアクセルを踏んでいるのかは分からないが、ここは坂道だ。
「秋山さん!」
大声で呼んだが返事は無い。自分でどうにかするしかない。
「こんな時は……」
俺はハンドルを右へときった。壁に車体を押し付けて止まる所を、前に何かで見た事がある気がしたからだ。
車が徐々に右へと寄っていき、対向車線を完全に越えた。
「うわっ!」
直後に車内に衝撃が走り、車は止まった。
「と……止まった……」
俺は車から降りて車の様子を見た。どうやら側溝にタイヤがはまったおかげで止まれたようだ。
そして、俺は全力で走り出した。息を切らし、心臓がはち切れそうになっても、俺は一心不乱に走った。
どれくらい走っただろう。前に明かりが見えてきた。俺はその一点を凝視しながらも、走る事はやめなかった。さらに暫く走ると明かりの正体がはっきりと分かるようになった。それは俺達がここに来る途中に寄った場所だった。
そう、コンビニエンスストアだ。俺はやっと、人の居て、明かりのある場所に辿り着いたのだ。
助かった。そう、俺は助かったのだ。俺だけ……助かったのだ。
秋山さんは、そういって足を一歩踏み出した。
「いやあ……止めた方がいいかも……」
秋山さんが歩きだしかけたが、出山はそう言うと、秋山さんは踏み止まった。
「どうしたんだよ。急に消極的になったな」
俺は意外に思って、そう言った。
「いや、マジ、居るから、ここ」
「まあ、とりあえず入ろう。ヤバいと思ったら引き返せばいい」
秋山さんは、そう言って中に入っていった。
「うわ……足場悪いな」
秋山さんに続いて入った俺は、思わずそう言った。足元の木は腐っていて、脆くなっている。恐らく、窓などの破片だろうが、硝子も散乱していて、転んだら危なそうだ。
「サンダルの奴居ねえよな」
秋山さんも同じような事を思ったらしく、皆にそう言った。たしかに、サンダルなどの足が露出する靴を履いていたら危険だ。
「大丈夫っす。確か、奥に仏壇があるとか聞いたんすけど……」
俺達はその部屋から、障子を挟んだ隣の部屋へと入った。その部屋は畳張りだが、やはり畳も腐っていて、歩くとぶよぶよとした感触がする。
「無いっすね、仏壇」
「ここじゃねえのかな」
懐中電灯を持った野内と秋山さんがきょろきょろと探すが、仏壇は見つからない。
「ちょっ……! マジやべえ! マジやべえよ!」
俺がその声で後ろを振り返ると、錯乱している出山が居た。
「やべえって! 逃げろ! 急げ!」
「ちょっと落ち着けよ……秋山さん、野内がこんな状況なんだけどさ」
「しょうがねえな、一旦、外出るか」
秋山さんは、渋々引き返した。
「まあ、この状況じゃ仕方ないか。つまんないって言ってた出山が一番ヒステリックに陥り易かったってのも皮肉なもんだなあ……」
野内も残念そうに秋山さんに続いた。
「のんびりしてんなよ! 早く……! 早く来いって!」
「すっかりその気だな」
「臨場感たっぷりっすね」
焦り過ぎて、最早、錯乱している出山を案じてか、秋山さんと野内が早足になる。
「わ……! く……来るな! 来るなっつってんだろ!」
「どっちなんだよ」
叫ぶ出山に野内が困ったような苦笑いを返した。
「違う! お前じゃなくて……あああああ!」
出山は、まるで人ではないような海老反りと痙攣、そして叫びの後、仰向けに倒れた。
「お、おい、出山!」
床には硝子がある。折れた板の先端も危なそうだ。俺は急いで出山に近寄った。
「出山! ったく、迷惑かけさせ……」
野内は畳張りの部屋から出山に駆け寄りながら言ったが、その声は途中で途切れた。そして、出山と同じ様に倒れ込んでしまった。
「え……おいおい……二人共……」
俺は、今起きた事を理解しきれなくなり、どうしていいか分からなくなった。
「……逃げるぞ、走れ!」
その声と共に、秋山さんが俺の横を駆け抜けた。
「あ……ま、待って!」
俺も秋山さんに続いた。二人をここに置き去りにして良いのか。そんな事が一瞬脳裏に過ったが、ただそれだけだった。次の瞬間には、俺は秋山さんを、全速力で追いかけていた。
「はぁ……はぁ……」
俺はとにかく、一心不乱に走った。幸い、車からそう遠い距離ではなかったので、俺と秋山さんは、すぐに車を止めた所へと戻ることができた。
俺が車に入ると、秋山さんはすぐに車のエンジンをかけた。
「とにかく、人の居る所へ……」
秋山さんはそう言いながらサイドブレーキを外し、アクセルを思いきり踏み込んで、車を発車させた。
「あ……秋山さん……」
「な、何だ?」
俺は秋山さんに話しかけようと思ったが、頭の中が混乱していて言葉が出て来ない。言葉の代わりに秋山さんの顔を見ると、秋山さんの顔は恐怖で引きつっていた。多分、俺も同じような顔をしている。
俺は前を見た。行きとは比べ物にならないほどのスピードを出している事が、運転していない俺にも分かる。
「うおっ!」
秋山さんがくぐもった叫び声をあげる。車はタイヤを鳴かせ、対向車線に大きく割り込みながら、どうにかカーブを曲がった。
「あ、秋山さん、そんなにとばさなくてもいいですよ。もうこんだけ離れたんですから!」
「そうか? ……そ、そうだな」
秋山さんは車のスピードを緩めた。
「……秋山さん」
俺は話しかけた。混乱が大分収まって、あの現象は何なのか、俺達はこれからどうすべきかを相談する気になったのだ。が、秋山さんの返事は返ってこない。
「秋山さん?」
俺が秋山さんの方を見ると、秋山さんはハンドルに体を預けてぐったりしていた。
「あ……」
秋山さんは、いつの間にか意識を失っていた。
「ちょっと……」
それでも車は進む。秋山さんがアクセルを踏んでいるのかは分からないが、ここは坂道だ。
「秋山さん!」
大声で呼んだが返事は無い。自分でどうにかするしかない。
「こんな時は……」
俺はハンドルを右へときった。壁に車体を押し付けて止まる所を、前に何かで見た事がある気がしたからだ。
車が徐々に右へと寄っていき、対向車線を完全に越えた。
「うわっ!」
直後に車内に衝撃が走り、車は止まった。
「と……止まった……」
俺は車から降りて車の様子を見た。どうやら側溝にタイヤがはまったおかげで止まれたようだ。
そして、俺は全力で走り出した。息を切らし、心臓がはち切れそうになっても、俺は一心不乱に走った。
どれくらい走っただろう。前に明かりが見えてきた。俺はその一点を凝視しながらも、走る事はやめなかった。さらに暫く走ると明かりの正体がはっきりと分かるようになった。それは俺達がここに来る途中に寄った場所だった。
そう、コンビニエンスストアだ。俺はやっと、人の居て、明かりのある場所に辿り着いたのだ。
助かった。そう、俺は助かったのだ。俺だけ……助かったのだ。
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