巫女と連続殺人と幽霊と魔法@群像のパラグラフ

木木 上入

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101話「オレンジと灰の世界」

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「……」
 梓は、意識をピンと張り詰めさせながら、階段を下っていく。本当にゆっくりと下っているので体には負担はかからないはずなのだが、息はやや荒い。周りの一ヶ所一ヶ所に、呪いが仕掛けられた形跡が無いかを慎重に見極めながら。そして、いつでも呪いに対応できるように備えながら、慎重に慎重に進んでいくのだ。
 アスファルトで固められた、色気の無く、薄暗いと階段と壁。その奥には、僅かに明かりに照らされた場所がある。恐らく、あれが冬城の居る部屋だろう。その明かりは、どうやら蛍光灯ではないようだ。恐らく、ランプか蝋燭の明かりだろう。光はオレンジ色を放っていて、ゆらゆらと揺らめいている。

「……」
 明かりが点いているということは、中には誰かが居るということだが、その誰かとは、これまでの経緯や、居間の状況から考えて、犯人である冬城だろう。梓、そして、その後ろを歩く駿一と瑞輝も、息を潜め、周りを警戒しつつ、慎重に、一段一段、コンクリートで固められた階段を下っていっている。

 そうしているうちに、ゆらゆらと揺らめくオレンジ色の、恐らく蝋燭か何か何かに灯された炎の光が反射をしている壁が、間近に近づいてきた。階段も、もう少しで終わろうとしている。……あと少し。梓の体が強張る。ここまで来たら、仕掛けられた呪いだけでなく、犯人が何かしらのアクションを起こせるだろう。後ろに背負った薙刀を、いつでも抜けるように意識しつつ、また一歩、梓は階段を下りた。

 ふと、梓に緊張が走る。ゆらゆらと揺らめきながら壁を照らす光に、僅かに陰りを感じたのだ。そして、次の瞬間、梓は壁の陰から現れた人影を見た。

「……!」
 梓は、人影が手に持ったものを見た途端に、背中の薙刀を掴んだが、それは遅きに失した。呪いが得意な犯人ならば、呪いで攻めてくる。そう思い込んでいたことが、梓の対応が遅れた主な原因だろう。次に犯人である冬城がする動きが、梓にとっては想定外だった。

 ――パン!
「あぐ……!」
 突如、発砲音と、梓のうめき声が辺りに響いた。
 梓は体をびくりと強張らせ、次の瞬間、左の脇腹に、虫の這いずるような、生暖かい感触を感じた。そして、更に次の瞬間、激しい痛みが襲ってきて、梓は思わずうずくまった。

「ぐ……う……!」
 梓が苦しそうに呻きながら、倒れた。
「梓さん!」
「だ……大丈夫、急所は外れてるみたいです。危ないから、動かない方がいいですよ」
 梓が、二人の方に手をかざして、二人を静止した。

「う……的が動いたら、弾が外れてしまうです。こんな狭い通路で発砲して外れたら、跳弾するかもですよ。そうなったら、誰が傷付くか見当が付かないです。……それにしても、呪いではなく拳銃を使うのというのは、やっぱり貴方は呪いのことについて、かなりの知識量があるみたいですね。心霊や呪いを生業にする私から見ても、ちょっと感心してしまいます」
 梓がよろよろと立ち上がった。左の脇腹を打たれているからか、左足に力が入らない。

「この状況で拳銃という手段は、私のような専門家から見ても、非常に理にかなってるですね。確かに、下手に手間をかけて呪いを仕掛けるよりも、銃が取り寄せられれば簡単でしたね。苦労して呪いの道具を取り寄せるのと、苦労して拳銃を取り寄せるのと、大して変わらないですよね。だったら、面倒で不確実性のある呪いは、自分の楽しむ分と、有効に使える場面だけ使う……さすが、この連続殺人に行き着いた人なだけあるです」

「……何が言いたい? 露骨な時間稼ぎに見えるぞ?」
 冬城の鋭い目が、鈍い光を放っている。茶色に染めた髪はオレンジ色の光を浴びて、まるで燃えているように赤く見える。

「冬城さん……」
 いつも教室に居る冬城とは、全く感じが違う様子だということに瑞輝は驚き、思わずぼそりと声が出た。冬城はその声に対して反応しなかったので、声が冬城に聞こえたかどうかは、瑞輝には分からない。特に意識せずに出てしまった声の大きさは、今更正確には分からないし、この様子だと、冬城が意識的に無視してるとも考えられる。

「単なる興味からですよ。この状態、にらめっこでしょ? 私は貴方が銃を持っていることを知っている。銃に対して、何らかの対抗手段で回避されるかもしれないうえ、不注意に引き金を引いたら、跳弾で自分がどうなるかも分からない。なので、貴方は動けない。私達の居る所は貴方の居る部屋まで、もう僅かな距離しかないですけど、通路に呪いが仕掛けられていないとも限らない。だから、私達も迂闊には動けない。だったら、どうせなら、この間の時間、自分の好奇心を満たすために使っても、不思議ではないと思いますけど?」

「そうやって、私のことを探るためかい? それとも、私を油断させるため? 隙が出来るのを待つためか? あんたがそういう駆け引きに慣れてるってのは、分かってるぜ?」
 冬城の雰囲気の更なる違いに、瑞輝は仰け反った。冬城の声は、高校での快活で明瞭な声ではない。今の冬城の声は、くぐもり、低く抑えている声だ。静かに、そして神経質そうに話している。どちらが本当の冬城なのか、瑞輝には分からない。

「そう思われても仕方ないでしょうね。お互い、油断できない状況ですから。私なんて怪我してるし。お喋りなんてしてる余裕は無いはずですもんね。私の方は、こんな状況にも慣れてしまったからなのか分かりませんけど、こんな時にも喋ってしまうんですよね。よくよく自分で考えれば、呪いの情報は、後々の役に立つから……というのもあるでしょうけど」

「……」
 梓が喋り終わった途端、場には沈黙が流れた。重い重い沈黙の時だ。
 なんて重い空気なんだ。瑞輝は、その場の雰囲気の重さが耐えきれなく感じている。冬城さんには、梓さんの言葉は届いているだろうけれど、冬城さんは一向に答える気配が無い。それどころか、梓さんを睨みつけて、拳銃を下ろす気配も無い。あまりの緊張と不安で、本当に息苦しくなってくる。瑞輝の呼吸が、少し荒くなる。

「ここを探すのにも苦労したでしょう。よく、こんな場所を見つけられましたね。蔵なら、人の出入りは殆ど無いでしょうし、その上、このコンクリートの壁。何かしらの呪文を大声で唱えたとしても、音は外には聞こえないでしょうね」
「……」
 冬城は沈黙を保ったまま梓を睨みつけ、拳銃の照準は梓を狙ったまま動いていない。梓の方はと言えば、銃で脇腹を打たれた苦痛で顔を歪め、額には脂汗もかいていて、息も荒い。上半身は辛うじて起こしていて、冬城と対峙はしているが……下半身は階段にぺたりとすわりこんでいるし、右手を壁についていて、時折フラフラと上半身が上下に揺れ動いている。体力を消耗していることが、冬城にもありありと伝わっているだろう。

 梓が気を失いそうになったために、二人の視線が少しだけ離れた時、沈黙は破られた。
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