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82話「ベンチに座った二人」

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「ごめんなさい……瑞輝君……本当に……」
「あの、空来さん、ちょっとくっつき過ぎじゃ……変な目で……見られるよ……」
「大丈夫。だって、女子同士……でしょ?」
「そ、そういう問題……」
「お願い、もう少し……もう少し、こうさせてほしい……」
 瑞輝には、空来が、更に体を寄らせた気がした。僅かに横にずらして擦りつけているようにすら思える。

「空来さん、それ、この間にも言ってたような……」
「あ……ごめん……本当に……でも、こうしてると安心するの。瑞輝ちゃんの体って、あったかくて……それに、魔法が使えて、本当は強いんだって、そう分かったの」
「強くは……ないよ……僕は……弱くて……魔法の力があったって、今だって何も出来てないもの」
「そんなことない。瑞輝君の強さは、そういうのじゃないって、私、思ってるから……」
「空来さん……」
「あ……ごめんね、私、都合のいいことばっかり。瑞輝ちゃんの気持ち、分かってるみたいに言っちゃって……」
「いや……いいんだ……空来さんの気持ち、ちょっと、分かる気がする」
「ううん、きっと本当は、私の方が怖いから、こうやって安心したかったのよ。私、きっと瑞輝ちゃんが心配なんじゃないんだ……私が怖いのを、瑞輝ちゃんが心配だって口実にして、悪気を感じなくさせてただけなんだ……私、最低よね……」
「空来さん……」
 瑞輝には、空来の気持ちが良く分かるような気がした。今、世間を騒がせている連続殺人事件。それが近所で起こっているだけだって、不安で仕方ないだろう。しかし、あろうことか、同じ学校で、そして、同じ教室で被害に遭った人が出てしまった。となれば、次は自分かもしれないという不安の大きさは計り知れないだろう。瑞輝自身も、次は自分が狙われるのではないかと戦々恐々としているところだ。

 事件のことを、ある程度知っている僕ですらこうなのだから、事件の事情を、まるで知らない空来さんの恐怖は想像を超えているかもしれない。そして……僕自身、そんな計り知れない恐怖を感じた時、どう心を和らげていたかといえば、例えばエミナさんのように強くてたくましくて、頼りになる人のことを見ていたのだ。それはとても女々しい事かもしれない。でも……人は、どこかに拠り所を求める。不安な時は尚更だ。そして、空来さんは……そして僕自身も、その拠り所がたまたま「頼りになる人」で、共通していたのだろう。

「最低なんかじゃないよ。気持ち、分かるから……もうちょっと、こうしてよっか……」
「瑞輝君……ありがとう。やっぱり瑞輝君って、優しくて、たくましくて……頼りになるんだね」
「そんなことないよ。僕はティムや冬城さんみたいに強くないし、ロニクルさんみたいにしっかりしてるわけでもないから……でも……でも、そんな僕にもこうして、空来さんを、気持ちだけでも安心せることができるんだったら……力になりたいんだ……」
「瑞輝……君……」
「こんな僕でも誰かの役にたてる時があるのなら……好きなだけ、こうしてていいよ、空来さん……」
「ありがとう、優しい瑞輝君……」
「うん……」
 瑞輝は、空来のことを受け入れることにした。そのことを示すべく、空来の脇腹あたりに、そっと手を回し、空来を引き寄せるように、軽く、押した。
「……ありがとう」
 空来も、それに応えるように、瑞輝に体を預けた。
 瑞輝は空来の重さを感じたが、同時に、空来が発した一言から、複雑な心理状態を感じることとなった。

 空来さんの言葉は、どこか弾んでいるが……少し、震えている。僕が答えたのが嬉しかったのだろうが、やはり、今はこんな状態なのだ。常に命の危険を感じてしまうのだろう。

 それから暫く、二人は何も喋らなかった。お互いの体温、そして重さを感じながら、時が流れるのに任せていた。瑞輝はそんな状態の中で、内面まで空来と混じりあっていくような感覚を感じ、どこか、分かり合えたのではないかという感触も……こちらは思い込みだろうと瑞輝は思ったけれど、感じられた。
 そうしているうちにも、瑞輝は転生でピンク色になった髪が目に入る度にディスペルカースのことを考えてしまうが、その都度、首を振った。どうせ、ディスペルカースを一度打つたびに、魔力の回復のために、結構な時間、ベンチに座って休まなくてはならない。ならば、ディスペルカースのことは少しの間忘れ、今はこうして心地の良い時間を過ごしてもいいだろう。そう自分に言い聞かせ――瑞輝の方も、自然と体を預けられるようになったころ、ようやく口を開いたのは空来だった。

「その……あのね……瑞輝君、この間も大怪我してたし……私ね、心配で居ても立ってもいられなくなってしまって……」
「ああ……僕をつけてたってことかい?」
「うん……ごめんなさい……」
「いや……別に、いいんだ……ただ、そんなことしなくたって、普通に、こう……誘ってくれればさ。あ、それか、逆に一緒に付いてきたっていいんだし。ほら、もう空来さんは、僕の秘密、知っちゃってるし、だったら空来さんの前なら心置きなくこの姿を見せられるってことだからさ。でも、その……僕はあまり、人を付いてこさせるのって得意じゃないから、色々、変なことするかもしれないけど……それでもいいなら……」
 動揺している気持ちがすっかり失せてしまい、心底落ち着いている自分の気持ちを感じながら、瑞輝が喋る。
「あの……ありがとう、瑞輝君。そうだよね、私、何、コソコソたってたんだろう。それで誤解されちゃったら、そっちの方が迷惑なのに……」
 空来ががっくりと顔を下に向けた。
「空来さん……そんなに落ち込まなくてもいいから……ほら、次からは堂々と一緒に歩けるんだよ」
「うん……そうだよね、ありがとう。瑞輝君って本当に優しいね。なんだか、私の方が勇気付けられちゃったのかもしれない……やっぱり私って、都合のいいことばっかりよね」
「そんなことないよ。空来さんは、自分で思うような人間じゃないと思う。だって、僕の方は、空来さんは本心で心配してたって、分かったから……」
「瑞輝君……」
「それに……僕だって、男の姿の時は、都合のいいように嘘をついてるんだ。親にも、クラスのみんなにも、親しい人にも親しくない人にも……僕って、嘘だらけだな……空来さんより、僕の方がよっぽど酷いね」
「そ、そんなことないよ……! 瑞輝君だって、みんなのことを考えて嘘ついてるんだって、そう思うから……!」
「ありがとう……なんか、早速色々な人に、この姿のことがばれちゃってるけど……でも、それはそれで良かったと思うよ。やっぱり、誰かには本当のことを話したいし、本当の姿で接したいから……その方が楽だから……うん……そうなんだ。悲しいけど、前世の僕は自殺して死んでて、ここに、こうして居るのは転生した、女の子の僕なんだよね……」
「瑞輝君……それは……」
「ありがとう、空来さん、なんだか気持ちのつっかえが、少し取れたような気がする」
 二人はそれからも、暫くの間、たまに話をしながら、人の気の無い公園のベンチで体を寄せ合っていた。
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