上 下
75 / 116

75話「羊が一匹羊が二匹」

しおりを挟む
「はい、どうぞ杏香さん」
 梓は急須から湯呑にお茶を注ぐと、それを杏香の方へと、コタツ板の上を滑らせて差し出した。
「あ、どーも」
 杏香がお礼を言いながら、そのお茶を一口飲んだ。

「はぁー……やっぱり粉末じゃないお茶はいいわね。風味があるわ」
「そうですか? 粉末にも風味がいいのはありますよ」
「そうでしょうけど、こう……雰囲気がね、やっぱり違うのよ、雰囲気が」
「雰囲気ですかぁ」
 梓も杏香と会話しながら、ちびちびとお茶を口に運ぶ。

「そうそう。こういうのは雰囲気が大事よ」
 杏香が湯呑の底をググッと上に持ち上げて、お茶を飲み干す。
「はぁー、ほんと、美味しいわねこのお茶」
「そうですか、そこまで喜んでもらえると、いれた私も嬉しいです」
 梓が微笑みながら、保温ポットから急須にお湯を注ぎ、その急須から杏香の湯呑にお茶を注いだ。

「ありがと梓。ズズ……」
 杏香が、新たに注がれたお茶を一口すすると、傍らに置いてあった鞄の中から、何枚かの紙が入っているクリアケースを取り出した。

「さてと、早速本題に入ろうかしら」
 杏香がクリアケースの中身を見て、クリアケースの中から一枚の紙を抜き取り、コタツの上に置いた。
「何が分かったんですか?」
 梓が杏香の置いた紙を覗き込む。ウェブサイトのスクリーンショットが印刷されているようだ。

「ええ、ようやくそれっぽい呪いの情報が手に入ったから、嬉々として来たのよ私は」
「遂に分かりましたか……」
「ええ。ここにきて情報が整ってきたのが大きいわね。杉村の手の傷が大きかったわ。ああ、勿論、梓もよ。梓があの怪物を一匹ぶっ倒してくれたおかげで、色々と捗ったわ」
「あはは、体を張った甲斐がありましたね。でも、そのせいで、調査の殆どは杏香さんに任せることになってしまって……」
「気にしない、気にしない。あたしが全部やってるのは、梓にゆっくりと治療してもらいたかったってのもあるけど、梓に破魔の矢に専念してほしかったからなんだから」
「あ、そうなんですか。それはなんだか悪いですね、私が未熟なせいで」
「いいのよ。忙しい時はお互いさま。私も人のこと言えないから……。私は職業柄、その時必要なことはその時に覚えたりするけどさ、今回の梓の場合だって突然予期せぬ強敵に対処しなくちゃならなくなったわけだからさ……」
 杏香が途中で言葉を切って、一口のお茶を口の中へと流し込む。
「それで、梓だって、学校生活にお祓い稼業の二重生活だし、あらかじめ予測してなかったことに備えられるくらいの余裕はなかったでしょ。そういう時は、今回は補助に回ってるあたしの出番なんだって」
「うーん……理路整然としてるようで、実行するのが結構難しいことですよね。杏香さんは強いですねぇ」
「そんなことないわよ。梓の方が、よっぽどやることやってるって。近くに居ると分かるわ。さ、それで呪いのことだけど……」

「はい。正確に分かったのなら、こちらから打って出ることも出来ますね」
「そうそう。呪いについてはネット上にあったやつ、印刷してきたんだけどね」
「ネットですか……」
「ええ。現状の証拠を使って調べてみた結果、ネットにしか情報が無かったわ。ネット上には信憑性の無い情報が山ほどあるから、ちょっと不安は残るんだけど……今回の件と一致した呪いは、ネット上でしか見つからなかったわ。本屋とか図書館とか、一般に出回ってる本の中には無かったわね」
「そうですか……だとすると、逆にネットで類似の呪いがあったなら、信憑性は高まりますね。表に出てこない情報でも、ネットの深い所には残ってることがありますから」
「ええ、あたしも、そう思う。表に出てこないくらいマイナーな情報とかはネットでも目立たないし、表に出すと不都合な情報って、目立つと消されてしまうから……で、どうかな?」
「まず、この紙に書いてあるのは『羊の殺し歌』なんだけどね。これは羊が一匹羊が二匹って、普通の羊の数え歌みたいに数えていって、羊を一万匹まで数えなきゃいけないの」
 杏香がコタツの上に置いた紙を見ながら、大体の呪いの概要を話し始めた。

「結構な量ですね。牧場がパンパンになりそうです」
「餌代も大変そうね。利益も凄いだろうけど……って梓」
「あ、脱線しちゃいましたね。続き、どうぞ」
「うん……で、一万匹数えた後、こう付け足すの『全部死んだ』って」
「なるほど、一言付け加えるだけで、結構おどろおどろしくなるわけですね」
「そうね。そして、羊の五六四番目の時に、殺したい相手の顔を思い浮かべるの」
「すると、全部言い終わった時に、殺したい相手が死ぬと」
 梓が理解したと言わんばかりに、首を縦に振った。
「そういうこと。で、これが一番オリジナルっぽいから最初に話したんだけど、いくつかのバージョンがあるの」
「ああ、良くありますね、そういうの。サイトによって、若干の差があるんですよね」
「そう。それで、その中のバージョンの一つに、羊の四二匹目と四二○匹目の両方が殺しに使えるバージョンがあるのよ」
 杏香が、クリアケースの中から、もう一枚、紙を取り出し、一枚目の隣に置いた。こちらにもウェブサイトのスクリーンショットが印刷されている。

「なるほど……一回で二人殺せると……」
「ええ。呪い返しとかを考えない場合、この呪いが有力になるかと思って」
「うーん……この呪いが本物かどうかですね。ちょっと条件が緩すぎるというか、リスクが少なすぎる気がするですが……」
「そうね。それは私も気になったわ。一枚目のサイトでは一万匹で一人殺せて、二枚目のサイトでは二人殺せるというのも、ちょっとおかしいかなって。条件と効果の差が、ちょっとブレ過ぎてる気がするのよね」
「うんうん、杏香さんの言う通りです。ちょっと本物っぽい感じはしませんね、これは。次、いってみましょうか」
「おっけー」
 杏香がクリアケースの中から、また一枚、紙を取り出して、コタツの上に、他の紙と重ねて置いた。「切り裂き老婆」。紙にはそれについてのサイトが印刷されていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で料理を振る舞ったら何故か巫女認定されましたけども~人生最大のモテ期到来中~

九日
ファンタジー
女神すら想定外の事故で命を落としてしまったえみ。 死か転生か選ばせてもらい、異世界へと転生を果たす。 が、そこは日本と比べてはるかに食レベルの低い世界だった。 食べることが大好きなえみは耐えられる訳もなく、自分が食レベルを上げることを心に決める。 美味しいご飯が食べたいだけなのに、何故か自分の思っていることとは違う方向へ事態は動いていってしまって…… 何の変哲もない元女子大生の食レベル向上奮闘記――

妾の子だった転生勇者~魔力ゼロだと冷遇され悪役貴族の兄弟から虐められたので前世の知識を活かして努力していたら、回復魔術がぶっ壊れ性能になった

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
◆2024/05/31   HOTランキングで2位 ファンタジーランキング4位になりました! 第四回ファンタジーカップで21位になりました。皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 『公爵の子供なのに魔力なし』 『正妻や兄弟姉妹からも虐められる出来損ない』 『公爵になれない無能』 公爵と平民の間に生まれた主人公は、魔力がゼロだからという理由で無能と呼ばれ冷遇される。 だが実は子供の中身は転生者それもこの世界を救った勇者であり、自分と母親の身を守るために、主人公は魔法と剣術を極めることに。 『魔力ゼロのハズなのになぜ魔法を!?』 『ただの剣で魔法を斬っただと!?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ……?』 『あいつを無能と呼んだ奴の目は節穴か?』 やがて周囲を畏怖させるほどの貴公子として成長していく……元勇者の物語。

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?

Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。 貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。 貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。 ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。 「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」 基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。 さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・ タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。

収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい

三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです 無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す! 無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!

こじらせ中年の深夜の異世界転生飯テロ探訪記

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
※コミカライズ進行中。 なんか気が付いたら目の前に神様がいた。 異世界に転生させる相手を間違えたらしい。 元の世界に戻れないと謝罪を受けたが、 代わりにどんなものでも手に入るスキルと、 どんな食材かを理解するスキルと、 まだ見ぬレシピを知るスキルの、 3つの力を付与された。 うまい飯さえ食えればそれでいい。 なんか世界の危機らしいが、俺には関係ない。 今日も楽しくぼっち飯。 ──の筈が、飯にありつこうとする奴らが集まってきて、なんだか騒がしい。 やかましい。 食わせてやるから、黙って俺の飯を食え。 貰った体が、どうやら勇者様に与える筈のものだったことが分かってきたが、俺には戦う能力なんてないし、そのつもりもない。 前世同様、野菜を育てて、たまに狩猟をして、釣りを楽しんでのんびり暮らす。 最近は精霊の子株を我が子として、親バカ育児奮闘中。 更新頻度……深夜に突然うまいものが食いたくなったら。

【完結】あなたの思い違いではありませんの?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?! 「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」 お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。 婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。  転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!  ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/19……完結 2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位 2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位 2024/08/12……連載開始

fの幻話

ちゃあき
ファンタジー
令嬢フィオナは悪魔と噂される富豪シノムと結婚する事になった。彼は予想に反して若く優しい男だったが、暮らしはじめた城でアンネースという美しい女性と出会う。 彼女の存在を誰も知らない。彼女は幽霊かも知れない。 それをきっかけにシノムと城に関する過去と秘密が明らかになっていく。 具体的な性描写はありませんが大人のファンタジックな御伽噺のようなお話です。 Δ 異.世.界や心.霊(魔.物・怪.物)ものではなく、SFファンタジー寄りのミステリーになります。おとな向けです。 Δ昔のヨーロッパ風の架空の国が舞台になっています。言語・文化・人物など特定のモデルはありません。歴史上の事実(出来事)へのオマージュや主張、批判などはありません。 タイトルを変更しました(元百年~というお話です) 念のためR15ですが今後も直接的な性描写はありません。

傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される

中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。 実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。 それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。 ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。 目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。 すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。 抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……? 傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに たっぷり愛され甘やかされるお話。 このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。 修正をしながら順次更新していきます。 また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。 もし御覧頂けた際にはご注意ください。 ※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。

処理中です...