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31話「吉田の死、ティムの負傷」

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「……」
 恐る恐る、横目で教室を見回して、クラスのみんなの様子を伺う。相変わらず重い雰囲気だ。そんな教室の雰囲気に引きずられるように、瑞輝自身の気持ちも、溜め息も出ないくらい沈んでいることがはっきりと分かる。
 この教室では、いつものざわつきすら疎らに聞こえている。欠席している人も多く、いつもよりもずっと、人が少ない。勿論、ティムも居ないし、吉田も居ない。
 急に、このクラスの雰囲気が変わった原因は、吉田の死、そして、ティムの負傷に他ならない。
 一体、雰囲気はどう変わったのだろうか。こんな異様な雰囲気になった原因は何だろう。それは不安なのかもしれない。吉田は連続殺人によって殺された。その死体も首と胴が離れていたらしい。首切り殺人。これは、最近話題になっている連続殺人の特徴だし、警察もほぼ連続殺人に含まれると発表している。

 再び教室を見渡し、みんなの顔を眺める。この雰囲気を支配している感情。それは悲しみだ。吉田が連続殺人の被害に遭ってしまった。
 そして……みんなの顔から滲み出ている感情は、それだけではない。みんなの顔、素振り、会話から、悲しみと同じくらいに恐怖の感情が感じ取れる。
 高校生だからといって、安全なわけじゃない。これまでは被害者は出なかったから、なんとなく、この高校の人、自分だけは大丈夫だという安心感があったのかもしれない。しかし、被害者は出てしまった。吉田は、もうこの世にはいない。そして、このクラスで……いやこの学校の中でも一番喧嘩に強いであろう、ティムも、大怪我をして入院している。根拠の無い安心感だって、心の支えにはなっていたということだ。しかし、それすら無くなってしまった。そんな感じがする。

「……」
 ふと、瑞輝がティムの机を見る。駿一が居る。ロニクルも居る。普段はあまり目立たない雪奈も、クラス全体の人数が減ると、少しだけ目立って見える。しかし、ティムは居ない。隣の上田の姿も見えないし、いつもちょっかいを出してくる吉田も、勿論、居ない。静かなものだ。





「ね、駿一」
 悠が駿一に話しかける。
「何だよ?」
 教室がいつもより静かだと、悠の声が、駿一にはひときわやかましく感じる。
「静かだね」
「……そうだな。これで少しは過ごしやすくなりそうだ」
「駿一……」
 悠の顔が曇る。
「なんだ、今日は随分としおらしいな? ……いや、だからって、やかましくされても困るが」
「そりゃ……あんなことがあったんだし……駿一こそ、なんか今日、いつもより、お話ししてくれるよね」
「そうか? 別に変らんのじゃないか?」
 駿一は、お決まりの文句で反射的に答えたが、考えてみると確かに口数が多い気がした。その原因には、なんとなく想像がついた。

 駿一自身も怖いのかもしれない。これまでだって、いつ発生してもおかしくなかった学校内での連続殺人事件の被害者。そして、いつも隣でやかましくわめいていたティムがその一人だったかもしれないこと。
 たまたまこの学校で被害者が出ただけで、別にこれからだって、被害に遭う確率的には何も変わりはしない。しかし……駿一の胸に……恐らく、この学校の殆どの生徒の胸に、漠然とした不安が生まれ、増殖していっている。その結果が、この陰湿な雰囲気なのだろう。
 その中に身を置いている一人が駿一なのだ。この環境からは逃れられないのが普通だ。そのうえ、駿一の場合は隣に悠が居る。不安で、怖くてたまらない時、気分を紛らわすために話しかけることのできる格好の標的が、あろうことか、いつも、すぐそばに居るのだ。
 その標的は、いつもウザいくらい話しかけてくるから、駿一は拒否反応を起こさざるを得ないが、今日は悠も少し気が滅入っている様子だ。そして、駿一の方も、誰かと話して気を紛らわせたい。両者の特殊な感情が引き起こすレアケースだ。だから、悠がいつもよりおとなしく、駿一がいつもより悠に喋りかけているという逆転現象が起きているのだろう。

「ね、駿一、吉田のやつ、死んじゃったんだよね」
「そうだな。お前の時も驚いた記憶があるが、まさか、またクラスメートが死んじまうとはな」
「あいつ、いけ好かない奴だったけどさ、死んじゃうと、やっぱり……寂しいよね。まさか、こんなことになるなんて……」
「そういや、悠は小学校の時から一緒だったんだっけな。瑞輝もだったか?」
「うん……小学校の時から瑞輝君を酷い目に合わせてて、あたしはそれが、凄く許せなくて……中学校に上がってからは、瑞輝君への当て付けかしらないけど、妙にあたしにすり寄ってきてね」
「ほー」
「ますます許せなかったから、冷たい態度を取るようにしてたんだ。瑞輝君に酷いことしなくなったら、あたしだって、ちょっとは好意的になってあげようって、そんなこと、思ってた」
「ああ……それか……」
 ここから先は、十中八九、何度も聞いた話に繋がるなと、駿一は思った。
「その後で、あたし、電車の事故で死んじゃって……結局、吉田君とはいがみ合ったままだった」
「ほう」
 電車の事故のくだりは散々聞いた。どうも、誰かが背中に突っかかってきて、その反動で線路側に落ちたらしい。
 しかし、吉田の事については全く言及していなかった。あれだけしょっちゅう、駿一の隣で勝手に喋っていたが、聞いたのは、今のが初だ。
「あたしが駿一に憑いて、この高校、この教室に来て……吉田君が、まだ同じことやってて、心底嫌いになったけど……もしかすると、その原因ってあたしにあるのかもしれない……」
「考えんなよ。面倒臭い」
「ええ? そんな……」
「吉田の事は、俺は高校からの付き合いだから、小学校だの中学校だののことは分からん。まして、吉田がどういう思いで瑞輝にちょっかいを出してたのかなんて、全く分からん。高校に入ってからも、これといって絡みも薄かったから、未だに吉田に対しては『嫌な奴だ』という印象しかない」
「嫌な奴……そうだけど……」
「こんな死に方で、しかも俺達と同い年で死んじまったのは気の毒だがな、そんな、死んじまった『嫌な奴』のことで悩むなんて、俺なら嫌だね」
「ええ……?」
「折角気楽な幽霊になったんだ。そんな下らないことで悩むなんて、勿体無い。俺ならそう思って、吉田の事なんて忘れるね。下手すりゃ、他の奴の事だって忘れて、気楽に過ごしてるだろうぜ」
「駿一……」
 悠がじーっとこちらを見ている。
「……なんだよ」
「もしかして、あたしを気遣ってくれてるの!? ちょー嬉しい!」
「あー……そうきてしまったか……」
 しまった。強烈な後悔が、駿一を襲う。この陰湿なムードがそうさせてしまったのか、慣れないことをしたせいで、この珍しくおとなしくなっている幽霊を、いつもより活性化させてしまった。
「駿一……!」
 この熱視線が暑苦しくてたまらん。もしかすると、これが悠の霊障なのかもしれない。お互い直接手を触れられないことを、これほど幸運に思った時は無い。
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