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106話「切られた火ぶた」

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「……!」
 梓の放った弓は、放たれてすぐに光を帯び、壁の灰色と蝋燭から出る光のオレンジ色を切り裂くように怪物に向かっていく。

 ――おごぉぉぉ……。
 破魔の矢を体に受けた怪物が、聞いたことも無いような悲鳴を上げながら破魔の光に包まれ、消滅していく。瑞輝はその様子に、怪物が内部から白い光に食い破られていくように見えた。

「次は……!」
 梓が次の怪物に意識を集中させつつ、怪物が現れないうちに弓を振り絞りはじめる。一体目が現れたということは、必ず二体目が現れる。そして、一体目が対象を殺すことを阻止したのだから、三体目も来る。それを阻止すれば、恐らく四体目も現れるだろう。

「居た……!」
 現れた。ではなく、居た。それが梓が感じたありのままの事象だった。恐らく、他の人にもそう見えている。怪物は呪いによって現れるが、現れたタイミングは普通の人間には認識できない。梓でさえも、いつ現れたのかは正確に分からない。気付いた時にはそこに居る。怪物は、そういった出現のしかたをする。

「……っ!」
 梓の顔が曇る。この怪物は倒せるが、この速さでは次は無理かもしれない。梓は不安に思いながら、弓を弾き絞りきり、矢を放った。
 怪物は、カマを振り降ろす直前に梓の放った弓に貫かれ、光に包まれながら消滅した。

「次……!」
 梓が急いで弓を弾き絞りはじめた。次は三体目、呪い返しを目的に現れる怪物が相手だ。
「くぅ……」
 梓が弓を弾き絞りきらないうちに、いつの間にか現れていた怪物が大鎌を振りかぶり、振り降ろそうとしている。しかし、梓は引かない。三体目は冬城の関係の深い人物。つまり、この場に居る冬城以外の誰かだ。梓が大きく後ろ側に避ければ、怪物の攻撃を避けられるだろう。しかし、大鎌は三人の全てを攻撃範囲内に捉えている上に、怪物には眼球が無い。目線が読めないのだ。そのため、梓以外がターゲットだった場合、梓が少しでも弓を射るのが遅れれば、二人のどちらかは首を切られてしまう。梓だった場合もただでは済まないが、それでも弓を射り終わった後で後ろに飛び退けば、致命傷にはならない。梓はそう読んだ。

「穢れしその身に解呪のげんを……ディスペルカース!」
 すかさず梓のサポートに回ったのは瑞輝だ。瑞輝は魔法であるディスペルカースを使用し、体の前に広げた両手から、眩い光の筋を放った。梓には、その光が破魔の力と同質の光に見えた。

 瑞輝が想定していたよりも近くに怪物が現れたことと、部屋の暗さに目が慣れてしまったことで、ミズキはディスペルカースの光を予想以上に眩しく感じた。目がくらみそうで目を閉じたかったが、目は閉じなかった。ディスペルカースが怪物に影響しているうちは集中力を途切れさせないようにしないといけなかったし、ディスペルカースが命中した後で、怪物がどう動くかを見極めなければいけなかったからだ。ディスペルカースの威力を最大限に引き出せるように全力でそれを放ったが、怪物が倒せるほどの威力は到底出せない事を、瑞輝は分かっているからだ。
 しかし、瑞輝のディスペルカースによって僅かに仰け反った怪物は、体勢を立て直して次の動きを見せる前に、新たに表れた光に、体貫かれた。梓の破魔の矢だった。

 梓の破魔の矢は、瑞輝のディバインカースの、およそ二倍の大きさがあると、間近で見た瑞輝は捉えた。
「……凄いなぁ」
 あっちの世界で放ったディバインカースならば、梓の破魔の矢と同じくらいの大きさになるだろう。しかし、あっちの世界で百パーセントの力によって放たれたディバインカースよりも、梓の破魔の矢は、恐らくは強力だろう。梓の矢に纏わりついた破魔の力の大きさを感じた瑞輝にはなんとなく分かった。力が凝縮されているというか、密度が違う。そう感じたからだ。

「……」
 梓の放った破魔の矢の輝きと、怪物の断末魔に圧倒されている瑞輝だが、ふと、足に力が入らなくなって膝が折れ、ぺたりと地べたに腰をつけてしまった。ほぼ垂直に体が落ちたため、スカートはふわりと巻き上がり、尻と床に挟まることなく広がったので、瑞輝は尻に、ひんやりと冷たいコンクリートの温度を感じとる。
「はぁ……はぁ……」
 体力が激しく消耗し、息が荒くなる。瑞輝は梓との手筈通りに、公園でベンチの上に寝そべって魔力を回復していたが、完全に回復できたわけではない。その状態で、更にディバインカースを使ったものだから、立つことも出来ないほどに体力を消耗し、意識を保つのにも苦労するような状態になっている。
「あとは……任せるしか……ないよね……」
 苦しそうに肩で息をしながら、瑞輝は梓の方を見る。

「あと一体……」
 梓が間髪入れずに矢を構え、冬城の方を見た。四体目、呪い返しに失敗した場合に現れる呪いの効果は、冬城の近くに現れるはずだ。梓は、それを実際に見るのは初めてだし、梓が見当をつけた呪いの効果と、今、発動している呪いの効果が同じとは、必ずしも限らない。しかし、確率的にも理論的にも、冬城の近くに怪物が現れる可能性は極めて高い。
 呪い返しに失敗したのは冬城からの視点であり、呪いから見れば、実行者が呪い返しにすら従わなかったということだ。その場合、多くの呪いは一般的に、最後の生け贄を求めることになる。この場合は実行者本人、つまり、冬城の命が最後の生け贄だ。その生け贄を狙い、怪物は鎌を振るうのだ。

 冬城のすぐ近くに怪物が現れた頃には、梓は弓を弾き絞りきって、冬城の方へと照準を向けていた。そして、破魔の矢を放つために、矢に意識を集中しようと試みている梓の耳に聞こえてきたのは、いつの間にか冬城が唱えはじめていた呪文だった。

「イア千匹の子を孕みし者よ……」

 梓は、直感的に、それがジュブ=ニグラスの呪いに必要な儀式の一つだと感じた。冬城を止めなければ、また、更なる呪いが発動してしまう。梓は僅かに心を揺らしたが、すぐに自らの弓矢と、目の前の怪物に意識を戻した。冬城の詠唱を止めている暇は無い。そうしている間に、怪物は冬城の首を切ってしまうだろう。そう思ったからだ。

「はぁぁ……」
 素早く意識を集中させるために、梓は小さく深呼吸をして破魔の力を矢に注ぎ込み――引き絞った弓を解放して、怪物に矢を放った。
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