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1章
1-11.巨木
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「むぅっ……!」
次に起こった出来事は、ダークボルトの激痛を感じた事ではない。黒蛇の発する呻き声が聞こえた事だ。
見ると、黒蛇の腕から、どくどくと血が流れているではないか。
「間に合った……!」
黒蛇の後ろに、エミナさんが見える。
「エミナさん! エミナさんが?」
「ソニックブレードを撃ったの。高速の風の刃を飛ばす魔法」
「馬鹿な……私の蛇……!」
「三分の一くらい引き連れてたのかしら。残りなら、私だけでも一掃できた。そして……我、放ちしは、疾風の先の、更にその先を斬り裂きしものなり……ソニックブレード!」
エミナさんが唱えると、イミッテは「うわっ!」と悲鳴をあげた。
そして、ドスンと人が地面に落ちる音がした。勿論、地面に転がっているのはエミッテだ。
「イテテテテ……少し荒っぽかったが、助かったぞエミナ」
「ごめんなさい。黒蛇が目の前に居るし、木のリビングデッドも警戒してるから、安全に助ける余裕が無くて……」
「なに、気にしていない。むしろ見事だ! ……さて、お前のリビングデッドも締め付ける力だけは大したものだが、一ヶ所だけ切られただけでこれとは、脆いものだな。さて、後はミズキを守りつつ、残りを片付けるぞ! 鳥魚流、隼烈!」
イミッテは叫ぶと、手刀でスパスパと周りの蛇を斬り裂きだした。あの手刀、なにやら相当鋭いらしい。
「すっかり勝った気になっているのね」
「諦めろ! お前の負けだ!」
「そうかしら? 私にはまだ大勢の僕たちが居るって、忘れたのかしら」
「ミズキちゃん前!」
突然、エミナさんが叫んだ。
「前って……!?」
イミッテと黒蛇のやりとりに、すっかり気を取られてしまった僕は、前の状況を全く警戒していなかった。
「こ、こいつ……!」
前を向いた僕の目に飛び込んで来たのは熊。それも、普通の熊じゃない。熊のリビングデッドだ。
「は……挟み撃ち……!」
後ろに逃げれば熊のリビングデッドからは逃げられるかもしれない。が、後ろには黒蛇が迫っている。エミナさんも急いでこちらに向かっているようだが、少なくとも今は、僕だけでどうにかするしかなさそうだ。
「ミズキちゃん! 熊のリビングデッドに向かって両手をかざして!」
エミナさんが叫んだ。
「え? かざすって……!」
「ミズキちゃんは魔法をつかえた! だから今も使える! 信じて! 私の言う通りに!」
「わ、分かった……」
僕はエミナさんの言う事に従い、手を熊のアンデッドに向けた。
「こ、こうかな!?」
「そう。次は念じるの。浄化するって!」
「浄化? 念じるって……」
「えっと、熊のリビングデッドの……魂だけを外へ出してやるように念じるの!」
「魂だけを外に? つまり……」
僕は言われるがままに念じた。魂だけを外に。イメージは漠然としているが、何となく分かる。魂とか、心とか、意識とか……そういったものを、体の外へと引きずり出す。
「んん……!」
僕は更に深く念じる。浄化。つまりは成仏させるという事だろうか。確かに、目の前にあるのはリビングデッド。つまりは死体だ。死体の中に魂が入ってちゃいけないのは、僕にも理解できる。
単に生き返るだけなら、考えようによっては幸せかもしれない。でも、あれは……まるで暴走してるように見える。崖で襲われた時もそうだった。誰かにプログラムされたみたいに無機質……魂の本当の意思は……。
「こいつは操られてるだけなんだ。多分、あの黒蛇に……」
僕は、何となく熊の魂を感じた気がした。悲しくて、怒ってて……苦しそうだ。
「駄目だ……こんな事してちゃあ駄目だよ!」
熊が本当はどうに思ってるかなんて分からない。人間だって分からないのに、熊が思ってる事なんて、もっと分からない。でも、あの世に行くはずの魂を、こんな風に縛り付けて操るのは、凄く残酷な事じゃないだろうか。
「解放するんだ……魂を!」
僕が思わず叫んだ瞬間だった。僕の手が光った。その光は一瞬で目が眩むほど強く、大きくなって――光が少し弱くなった時に、僕は見た。熊の顔が、荒々しく怒っている表情から、穏やかな、優しい表情へと変わるのを。
「や、やったのか!?」
光は既に収まっていた。
僕の前には倒れた熊の姿がある。ぴくりとも動かず目は虚ろだ。言うまでも無く、既に死んでいる。
僕は死んでいる筈の熊の死体を、とても穏やかに、まるで寝ているかのように感じている。
良く分からないし、死体をそんな風に感じる事がいい事かどうかも分からないが、とにかく、そう感じるのだ。
「やっぱり……」
エミナさんの呟きが聞こえた。エミナさんはいつの間にか、呟きが聞こえるくらい、僕に近付いていた。
「『やっぱり』って……これ……何?」
「これが魔法だよミズキちゃん。でも、詳しい話は後にしよ」
エミナさんは、くるりと体を翻し、手を前にかざした。その先には、未だに枝をくねらせ、枯れ葉をまき散らして暴れている巨木の姿がある。
「舞い散る風よ、その犀利なる力を以て、形ある物を断て……スラッシュサイクロン!」
エミナさんが叫んだ。
「轟炎流、爆砕連華!」
遠く、巨木の根元から、イミッテも叫ぶ。
次の瞬間、僕は強い風に襲われたかと思った。が、違った。襲われたのは巨木だ。巨木の周りには、僕が感じるより、もっと強い風が渦を巻くように吹き荒れている。
スラッシュサイクロンに襲われている巨木が荒れ狂う。それまでの暴れ方とは違い、もがき苦しんでいるような動き方をしている。
イミッテから繰り出されているのは無数のパンチだ。巨木の周りを移動しながら、そこら中にヒビや穴を開けている。
枯れ木に見えるが、熊も倒すイミッテのパンチをもってしても、ヒビしか入らない場合があるという事は、巨木も相当硬いのだろう。
一方、その巨体にエミナさんのスラッシュサイクロンは、着々と、そして深々と傷を刻んでいく。
「ふぅっ!」
僕が、その光景に呆気に取られてぼおっとしていると、イミッテは気持ち良さそうに、声を出しながら息を吐き出した。殴るのもやめたらしい。
荒ぶっていた風も弱まりつつある様子で、辺りは落ち着きを取り戻している。
僕の目の前には、いつの間にか動かなくなり、ぼろぼろに朽ち果てた巨木の姿があった。
「黒蛇は!?」
エミナさんが辺りを見渡している。
「逃げたみたいだな。蛇も一緒に居なくなってる」
「そうなんだ……じゃあ、これで取り敢えず終わったんだね……」
僕の口から安堵の溜息がこぼれ、急な脱力感が襲ってきた。
「あぁ……」
足からは徐々に力が抜けていき、気が付くと、地面にぺたりと尻を付けて座っていた。
「いや……恐ろしかったなぁ……」
「ロビン!」
エミナさんは叫び、ロビン君に駆け寄った。
ロビン君は、半ば放心状態の僕の横に倒れている。
「意識が無い……?」
エミナさんは、ロビン君の胸に耳を当てたり、額に掌を当てたりした後、ほっと溜息をついた。
「でも、大丈夫そう。ひとまずこの場で応急処置をして、お医者さんに見てもらいましょう。傷つきし闘士に……」
エミナさんはそう言うと、ロビン君のお腹の辺りに手を当て、目を閉じ、何やら詠唱をし始めた。
「お疲れ」
僕の隣には、いつの間にかイミッテが座っていた。
「聞いての通りだ。応急処置が終わったら、すぐ町に戻るぞ」
「ああ……やっと戻れるんだ……」
「ああ、ロビンだったか? あいつも心配だし、黒蛇が去った今、ここに居たって何の得も無いからな」
イミッテはリラックスした様子で、今や全く動かなくなってしまった巨木の方に顔を向けた。
「黒蛇は、この木のリビングデッドがやられるって分かった時点で、さっさと諦めたんだろうな」
「勝算の無い戦いはしないタイプ……って事?」
僕は何となく思い付いた事を言ってみた。しかし、正直なところ、僕自身は勝算の無い戦いをしないどころか、戦い自体、今のでもう懲り懲りだ。
「さあな。私は黒蛇じゃないから分からないが、きっちりと、生き残った蛇も一緒に退散させている。計算高さからくる引き際の良さなのかもしれんが……それはそうと……」
イミッテが巨木から僕の顔へと視線を移した。こう……至近距離で目を合わせられると、なんだか照れくさい。
「な……何?」
「ナイフの使い方がなぁ……危なっかしくて見てられなかったぞ」
「え……」
「お前、ナイフをこう……下に思いきり力入れて無理矢理ロープ切ってただろ。あれは、ヘタしたら滑って、自分の手を切るぞ」
イミッテがジェスチャーをしている。ロープを斬る時の僕の真似をしているみたいだ。
「ええ? だってさ、僕にナイフ渡した時、そんな事一言も……」
「あの時に一々使い方教えてたら怪しまれるだろ。少しは頭を使えよ」
「いや、そりゃ、そうだけど……こんなナイフなんて使った事無いし……」
「使った事無い? ……ああ、そういえば、記憶喪失だったな。まあ、なら百歩譲って仕方ないな。いいか、ナイフを扱う時は、こう……しっかり脇を閉めてだな、刃物は大概スライドさせないと切れない構造になっているから、前後に動かして切るんだよ」
「やけに詳しいね。てっきり拳法には詳しいけど、武器は使えないものかと思ってた」
「おいおい! 私を脳味噌まで筋肉で出来ている人みたいに言うな! 確かに私は武器を使うのは苦手だが、これくらい誰でも出来るぞ。ナイフも碌に使えないのでは、日常生活すら危ういな」
「そ、そうなんだ、ごめんよ」
「ま……記憶喪失なら、そのうち思い出せるさ! 気にすんな!」
「そ、そうかなぁ……」
「そうそう! 成せば成るのだぞ!」
なんだか適当に返された気がする。カッターナイフなら少しは使った事あるけれど……そもそも、この記憶も本当に自分のものなのか分からなくなってきている。僕自身にとっては、かなり深刻な事態なのだが……。
「そうだな……芋の皮でも剥いてれば、そのうち思い出すんじゃないか?」
「芋の皮って……」
「おーいエミナ、そろそろ終わったか?」
話すだけ話したら、さっさとエミナさんの所に行ってしまった。熱血タイプな割に、意外とさっぱりしている。
「大丈夫だと思う。顔も穏やかになってきたし……後は、村の病院に連れていけば」
「じゃ、やる事は一つだな! 戻るぞ!」
イミッテがすくっと立つ。エミナさんも、ロビン君の肩を持ちながら立った。
「おーい、何やってんだ? 早く行くぞー」
「う……うん……」
実は、僕も立とうと思っているのだが、どうも足に力が入らない。
「あの……体に……特に足に力が入らないんだけど、魔法が切れたからかな?」
「え? ふふっ……」
エミナさんが、くすりと笑う。イミッテも、いたずらっぽい笑いを浮かべて僕を見下ろしている。
「え……何?」
「ミズキちゃん、それってきっと、また腰が抜けてるからだよ」
「安心して気が抜けたんだな。どれ、肩、貸してみろよ。肩を担いでってやる」
イミッテが手を貸そうとしたが、僕は「い、いいよ。これくらい自分で……」と言って立とうとした。が、立てるわけがない。
「華奢なお前を担いで歩くくらいの体力は、余裕で残ってるんだぞ。遠慮するな!」
イミッテが僕の左手を肩にかける。僕は、イミッテの持ち上げる力を利用する事で、どうにか立つ事が出来た。
「ミズキちゃん、記憶喪失になって間もないのに、こんな大変な事やったんだから当然だよ。恥ずかしがる事無いし……むしろ、格好良かったよ。熊のリビングデッドを浄化した時とか」
「……」
エミナさんにも慰めの言葉をかけられた。
僕はなんだか、恥ずかしいやら、情けないやらの気持ちで、顔を真っ赤にしながら村へ戻ったのだった。
次に起こった出来事は、ダークボルトの激痛を感じた事ではない。黒蛇の発する呻き声が聞こえた事だ。
見ると、黒蛇の腕から、どくどくと血が流れているではないか。
「間に合った……!」
黒蛇の後ろに、エミナさんが見える。
「エミナさん! エミナさんが?」
「ソニックブレードを撃ったの。高速の風の刃を飛ばす魔法」
「馬鹿な……私の蛇……!」
「三分の一くらい引き連れてたのかしら。残りなら、私だけでも一掃できた。そして……我、放ちしは、疾風の先の、更にその先を斬り裂きしものなり……ソニックブレード!」
エミナさんが唱えると、イミッテは「うわっ!」と悲鳴をあげた。
そして、ドスンと人が地面に落ちる音がした。勿論、地面に転がっているのはエミッテだ。
「イテテテテ……少し荒っぽかったが、助かったぞエミナ」
「ごめんなさい。黒蛇が目の前に居るし、木のリビングデッドも警戒してるから、安全に助ける余裕が無くて……」
「なに、気にしていない。むしろ見事だ! ……さて、お前のリビングデッドも締め付ける力だけは大したものだが、一ヶ所だけ切られただけでこれとは、脆いものだな。さて、後はミズキを守りつつ、残りを片付けるぞ! 鳥魚流、隼烈!」
イミッテは叫ぶと、手刀でスパスパと周りの蛇を斬り裂きだした。あの手刀、なにやら相当鋭いらしい。
「すっかり勝った気になっているのね」
「諦めろ! お前の負けだ!」
「そうかしら? 私にはまだ大勢の僕たちが居るって、忘れたのかしら」
「ミズキちゃん前!」
突然、エミナさんが叫んだ。
「前って……!?」
イミッテと黒蛇のやりとりに、すっかり気を取られてしまった僕は、前の状況を全く警戒していなかった。
「こ、こいつ……!」
前を向いた僕の目に飛び込んで来たのは熊。それも、普通の熊じゃない。熊のリビングデッドだ。
「は……挟み撃ち……!」
後ろに逃げれば熊のリビングデッドからは逃げられるかもしれない。が、後ろには黒蛇が迫っている。エミナさんも急いでこちらに向かっているようだが、少なくとも今は、僕だけでどうにかするしかなさそうだ。
「ミズキちゃん! 熊のリビングデッドに向かって両手をかざして!」
エミナさんが叫んだ。
「え? かざすって……!」
「ミズキちゃんは魔法をつかえた! だから今も使える! 信じて! 私の言う通りに!」
「わ、分かった……」
僕はエミナさんの言う事に従い、手を熊のアンデッドに向けた。
「こ、こうかな!?」
「そう。次は念じるの。浄化するって!」
「浄化? 念じるって……」
「えっと、熊のリビングデッドの……魂だけを外へ出してやるように念じるの!」
「魂だけを外に? つまり……」
僕は言われるがままに念じた。魂だけを外に。イメージは漠然としているが、何となく分かる。魂とか、心とか、意識とか……そういったものを、体の外へと引きずり出す。
「んん……!」
僕は更に深く念じる。浄化。つまりは成仏させるという事だろうか。確かに、目の前にあるのはリビングデッド。つまりは死体だ。死体の中に魂が入ってちゃいけないのは、僕にも理解できる。
単に生き返るだけなら、考えようによっては幸せかもしれない。でも、あれは……まるで暴走してるように見える。崖で襲われた時もそうだった。誰かにプログラムされたみたいに無機質……魂の本当の意思は……。
「こいつは操られてるだけなんだ。多分、あの黒蛇に……」
僕は、何となく熊の魂を感じた気がした。悲しくて、怒ってて……苦しそうだ。
「駄目だ……こんな事してちゃあ駄目だよ!」
熊が本当はどうに思ってるかなんて分からない。人間だって分からないのに、熊が思ってる事なんて、もっと分からない。でも、あの世に行くはずの魂を、こんな風に縛り付けて操るのは、凄く残酷な事じゃないだろうか。
「解放するんだ……魂を!」
僕が思わず叫んだ瞬間だった。僕の手が光った。その光は一瞬で目が眩むほど強く、大きくなって――光が少し弱くなった時に、僕は見た。熊の顔が、荒々しく怒っている表情から、穏やかな、優しい表情へと変わるのを。
「や、やったのか!?」
光は既に収まっていた。
僕の前には倒れた熊の姿がある。ぴくりとも動かず目は虚ろだ。言うまでも無く、既に死んでいる。
僕は死んでいる筈の熊の死体を、とても穏やかに、まるで寝ているかのように感じている。
良く分からないし、死体をそんな風に感じる事がいい事かどうかも分からないが、とにかく、そう感じるのだ。
「やっぱり……」
エミナさんの呟きが聞こえた。エミナさんはいつの間にか、呟きが聞こえるくらい、僕に近付いていた。
「『やっぱり』って……これ……何?」
「これが魔法だよミズキちゃん。でも、詳しい話は後にしよ」
エミナさんは、くるりと体を翻し、手を前にかざした。その先には、未だに枝をくねらせ、枯れ葉をまき散らして暴れている巨木の姿がある。
「舞い散る風よ、その犀利なる力を以て、形ある物を断て……スラッシュサイクロン!」
エミナさんが叫んだ。
「轟炎流、爆砕連華!」
遠く、巨木の根元から、イミッテも叫ぶ。
次の瞬間、僕は強い風に襲われたかと思った。が、違った。襲われたのは巨木だ。巨木の周りには、僕が感じるより、もっと強い風が渦を巻くように吹き荒れている。
スラッシュサイクロンに襲われている巨木が荒れ狂う。それまでの暴れ方とは違い、もがき苦しんでいるような動き方をしている。
イミッテから繰り出されているのは無数のパンチだ。巨木の周りを移動しながら、そこら中にヒビや穴を開けている。
枯れ木に見えるが、熊も倒すイミッテのパンチをもってしても、ヒビしか入らない場合があるという事は、巨木も相当硬いのだろう。
一方、その巨体にエミナさんのスラッシュサイクロンは、着々と、そして深々と傷を刻んでいく。
「ふぅっ!」
僕が、その光景に呆気に取られてぼおっとしていると、イミッテは気持ち良さそうに、声を出しながら息を吐き出した。殴るのもやめたらしい。
荒ぶっていた風も弱まりつつある様子で、辺りは落ち着きを取り戻している。
僕の目の前には、いつの間にか動かなくなり、ぼろぼろに朽ち果てた巨木の姿があった。
「黒蛇は!?」
エミナさんが辺りを見渡している。
「逃げたみたいだな。蛇も一緒に居なくなってる」
「そうなんだ……じゃあ、これで取り敢えず終わったんだね……」
僕の口から安堵の溜息がこぼれ、急な脱力感が襲ってきた。
「あぁ……」
足からは徐々に力が抜けていき、気が付くと、地面にぺたりと尻を付けて座っていた。
「いや……恐ろしかったなぁ……」
「ロビン!」
エミナさんは叫び、ロビン君に駆け寄った。
ロビン君は、半ば放心状態の僕の横に倒れている。
「意識が無い……?」
エミナさんは、ロビン君の胸に耳を当てたり、額に掌を当てたりした後、ほっと溜息をついた。
「でも、大丈夫そう。ひとまずこの場で応急処置をして、お医者さんに見てもらいましょう。傷つきし闘士に……」
エミナさんはそう言うと、ロビン君のお腹の辺りに手を当て、目を閉じ、何やら詠唱をし始めた。
「お疲れ」
僕の隣には、いつの間にかイミッテが座っていた。
「聞いての通りだ。応急処置が終わったら、すぐ町に戻るぞ」
「ああ……やっと戻れるんだ……」
「ああ、ロビンだったか? あいつも心配だし、黒蛇が去った今、ここに居たって何の得も無いからな」
イミッテはリラックスした様子で、今や全く動かなくなってしまった巨木の方に顔を向けた。
「黒蛇は、この木のリビングデッドがやられるって分かった時点で、さっさと諦めたんだろうな」
「勝算の無い戦いはしないタイプ……って事?」
僕は何となく思い付いた事を言ってみた。しかし、正直なところ、僕自身は勝算の無い戦いをしないどころか、戦い自体、今のでもう懲り懲りだ。
「さあな。私は黒蛇じゃないから分からないが、きっちりと、生き残った蛇も一緒に退散させている。計算高さからくる引き際の良さなのかもしれんが……それはそうと……」
イミッテが巨木から僕の顔へと視線を移した。こう……至近距離で目を合わせられると、なんだか照れくさい。
「な……何?」
「ナイフの使い方がなぁ……危なっかしくて見てられなかったぞ」
「え……」
「お前、ナイフをこう……下に思いきり力入れて無理矢理ロープ切ってただろ。あれは、ヘタしたら滑って、自分の手を切るぞ」
イミッテがジェスチャーをしている。ロープを斬る時の僕の真似をしているみたいだ。
「ええ? だってさ、僕にナイフ渡した時、そんな事一言も……」
「あの時に一々使い方教えてたら怪しまれるだろ。少しは頭を使えよ」
「いや、そりゃ、そうだけど……こんなナイフなんて使った事無いし……」
「使った事無い? ……ああ、そういえば、記憶喪失だったな。まあ、なら百歩譲って仕方ないな。いいか、ナイフを扱う時は、こう……しっかり脇を閉めてだな、刃物は大概スライドさせないと切れない構造になっているから、前後に動かして切るんだよ」
「やけに詳しいね。てっきり拳法には詳しいけど、武器は使えないものかと思ってた」
「おいおい! 私を脳味噌まで筋肉で出来ている人みたいに言うな! 確かに私は武器を使うのは苦手だが、これくらい誰でも出来るぞ。ナイフも碌に使えないのでは、日常生活すら危ういな」
「そ、そうなんだ、ごめんよ」
「ま……記憶喪失なら、そのうち思い出せるさ! 気にすんな!」
「そ、そうかなぁ……」
「そうそう! 成せば成るのだぞ!」
なんだか適当に返された気がする。カッターナイフなら少しは使った事あるけれど……そもそも、この記憶も本当に自分のものなのか分からなくなってきている。僕自身にとっては、かなり深刻な事態なのだが……。
「そうだな……芋の皮でも剥いてれば、そのうち思い出すんじゃないか?」
「芋の皮って……」
「おーいエミナ、そろそろ終わったか?」
話すだけ話したら、さっさとエミナさんの所に行ってしまった。熱血タイプな割に、意外とさっぱりしている。
「大丈夫だと思う。顔も穏やかになってきたし……後は、村の病院に連れていけば」
「じゃ、やる事は一つだな! 戻るぞ!」
イミッテがすくっと立つ。エミナさんも、ロビン君の肩を持ちながら立った。
「おーい、何やってんだ? 早く行くぞー」
「う……うん……」
実は、僕も立とうと思っているのだが、どうも足に力が入らない。
「あの……体に……特に足に力が入らないんだけど、魔法が切れたからかな?」
「え? ふふっ……」
エミナさんが、くすりと笑う。イミッテも、いたずらっぽい笑いを浮かべて僕を見下ろしている。
「え……何?」
「ミズキちゃん、それってきっと、また腰が抜けてるからだよ」
「安心して気が抜けたんだな。どれ、肩、貸してみろよ。肩を担いでってやる」
イミッテが手を貸そうとしたが、僕は「い、いいよ。これくらい自分で……」と言って立とうとした。が、立てるわけがない。
「華奢なお前を担いで歩くくらいの体力は、余裕で残ってるんだぞ。遠慮するな!」
イミッテが僕の左手を肩にかける。僕は、イミッテの持ち上げる力を利用する事で、どうにか立つ事が出来た。
「ミズキちゃん、記憶喪失になって間もないのに、こんな大変な事やったんだから当然だよ。恥ずかしがる事無いし……むしろ、格好良かったよ。熊のリビングデッドを浄化した時とか」
「……」
エミナさんにも慰めの言葉をかけられた。
僕はなんだか、恥ずかしいやら、情けないやらの気持ちで、顔を真っ赤にしながら村へ戻ったのだった。
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