Л(える)さんは言った。

健野屋文乃(たけのやふみの)

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1章

3話 良次くーん、いる?

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良次の家は、この街でもっとも古い地区に在った。

新興の住宅街と違い、日曜日の昼下がりだと言うのに、人の通りはほとんど無かった。
この静けさが、この地区の格式を高め、地価を高めに設定させた。
家の門は、車ごと入るタイプで、入ろうとする者を無言で威圧する門構えをしていた。
「ここ?」
涼子は住所と名札を確認した。

涼子がこの家に来るのは初めてだった。
その門を見上げながら、インターホンを押した。
応答は無かった。
再び押したが、再び応答は無かった。涼子は
「そう」
と言って自分に何かを納得させた。

そして羊歯や苔が、被い茂った壁の横を歩き出した。
その壁は、涼子の今は亡き祖父が、1日中眺めては手入れしていた盆栽を思い起こさせた。
 
一見野放し状態に見えるこの壁は、洗練された美意識を持つ人が、手間暇をかけて手入れをしている事を、素人とはいえ涼子には分かった。
 
涼子はその懐かしい祖父の感覚が残る壁に、よじ登れそうな場所を見つけて、軽々と登った。
「育ちの悪い子」
と自嘲した。兄とその仲間たちの影響だ。

良次の家の敷地は、涼子が住むマンション1棟分より広かった。
「私たちが、何世帯住んでると思ってんのよ」
 と軽く愚痴った。
 
家の庭は神社の森の様に、手入れが行き届いていた。
家は築30年くらいの和洋折衷の、この敷地にしては控えめな家だった。

涼子は、人の気配を全く感じない家に向かって
「良次くーん」
 と社交辞令的に名前を呼んだ。
返事は無かった。

涼子は構わず2階のベランダに登り始めた。
ベランダに通じている窓の鍵は開いていた。涼子は
「無用心な」
と言いつつ、自分の手際の良い侵入に感心した。

「良次くーん、いる?」
涼子は静かに部屋に入った。
 
その部屋は、パソコンや少年漫画が並ぶ、普通の男子高校生の部屋だった。
兄のヤンキー部屋とは雰囲気が全く違った。

なにより煙草の匂いが染み付いた兄・Л(える)の部屋と違って、良次の部屋は空気が澄み切っていた。
ただ、男子高校生の部屋として1つ違和感が有ったのは、仏壇が置いてある事だった。
仏壇は24インチのテレビサイズの、小さい木造の造りだった。
仏壇の扉を開けると、2人の写真が飾られていた。
「良次の両親?」
2人とも良次によく似ていた。

涼子は静かに手を合わせて、仏壇を閉めた。
涼子は良次の部屋を出て、他の部屋を見てまわった。

他の部屋には家具は一切無かった。
あるものと言えば一階にある台所の巨大な冷蔵庫と流し台の横にある浄水器と、綺麗に洗われた食器と鍋だけだった。

広い一階フロアでは、巨大な冷蔵庫の音だけが響いていた。
「寂しい家」と悪そな奴ら溜まり場の家で過ごして来た、涼子は思った。
 
その時、涼子は玄関の鉄格子ガラス越しに複数の人影を見た。

明らかに「良次」では無かった。

涼子の直感が危険を感じて、2階の良次の部屋に走った。

後ろで玄関が開き
「止まれ!」
と誰かが叫んだ。大人の男の声だ。

涼子は窓からベランダに出て、そのまま庭に飛び降りた。
そして、あの祖父の感覚がする壁に、向かって走った。
 
しかし、涼子の体が強い衝撃を感じると、そのまま涼子は地面に叩きつけられ、涼子は土の匂いを嗅いだ。


つづく
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