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やあやあ我こそは

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蒙古兵は眠れない。

松明が闇夜を照らしていた。
ここは潮の香りが漂う九州博多。
蒙古軍の陣内。

まだ若い蒙古兵は、これほど草原が恋しいと思った事はなかった。
「やあやあ我こそは・・・」
闇夜の蒙古軍の陣内に、その声が響いた。
「カーンカーンカーン」
敵襲を意味する銅鑼の乾いた音が鳴り響いた。

この場所からは詳細は解らないが、陣の東の方で日本の重装弓騎兵の突撃をうけたらしい。

一晩中、日本の重装弓騎兵は、単騎または数騎で突撃を繰り返していた。
半時も区間を開けることなく、繰り返されるその突撃に、眠れる兵など誰もいない。

「眠りたい」
若い蒙古兵はせつに思った。

10万を超える軍勢に、単騎または数騎で突撃を繰り返すなど、常軌を逸してる。
日本軍は兵法を知らないのか?

陣には万の軍勢がいるので、被害な些細なものだが、しかし、それは、まるで狼に狙われる羊の群れの気分だ。
決して誇り高い武人が持っては行けない気分だ。

しかし「誰かが狼の餌食になるだけ」その事実を容認し始めた自分がいる。

実際、日本の重装弓騎兵が振り下ろす刀から助かる術などない。
兜ごと切り裂かれるからだ。

さらにあの日本兵が乗っている馬は、調教されているとは思えない暴れ馬だ。
野獣そのものと言って良い。大陸では使い物にならない駄馬だ。

そして、その駄馬すら殺意を持って蹴り殺しに来る。

「やあやあ我こそは、肥後国の御家人竹崎季長!」

今度は陣の西の方から声が聞こえた。



☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡



夜が明けると、草原から伴に戦ってきた蒙古の武将の首なしの死体が転がっていた。

「草原に帰りたい」
若い蒙古兵はせつ思った。



1281年 弘安4年8月7日 

蒙古軍20万全滅 弘安の役、終焉




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