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14 かなうの章
初恋の人を見つめる少女の絵
しおりを挟む悲劇が降り注いだのは、とても寒い夜だった。
「どうしよう」
わたしは、あてもなく呟くしかなかった。
凍える公園で、涙が零れ落ちそうになるのを、雪空を見上げて防いだ。
『絵を』
と、ふと聞こえた様な気がした。
それは初雪の様に冷たく美しい声だった。
幻想かも知れないけど、初恋の人の声に似ていた。
わたしは、その言葉に甘えた。
わたしは、多額の借金を背負わされ、絵を売ってしまった。
生前は、何の芽を出なかった天才画家の絵だ。
わたしの初めての恋人が、わたしを描いてくれた絵だ。
わたしへの愛が、狂おしい程ジンジンと伝わってくる絵だった。
芸術家の死後、絵の価格は高騰した。
多額の借金をちょうど返済できる額だった。
心に僅かの罪悪感が残った。
「ごめんね」
オークション後、寒空に向かって呟いた。
『さよなら』
と、ふと聞こえた様な気がした。
その言葉が幻想だとしても、わたしの心を強く貫いた。
☆*・:。〇。:・*☆*・:。〇。:・*☆*・:。〇。:・*☆*・:。〇。:・*☆
「見て見て、これ穂香に似てない?」
と言って、見せられたのは、あの絵だ。
わたしへの愛が、苦しい程ジンジン伝わってくるあの絵。
そして、そう言ったのは、婚約中の彼だ。
「借金の担保だったんだけど、持ち主は夜逃げしちゃったみたいなんだ」
こちらも狂おしい程、わたしを愛してくれるタイプの彼だ。
狂おしさが暴走してしまうかも知れない。
純粋な男ゆえの暴走を。
だから言えない。
この絵のモデルがわたしで、初恋の相手が描いたなんて絶対言えない。
さらに今でも、わたしへの愛が、狂おしい程ジンジンと伝わってくる絵だなんて、絶対言えない。
「似てると言えば、似てるね。でもどこにでもいる顔でしょう」
このモデルがわたしだと知る人は、もうこの世ではわたしだけだ。
真実を伝えたら、きっとこの絵とはお別れになるかもしれない。
世界で一番好きな人が描いてくれた絵。
それを守るためには、真実を告げる訳には行かない。
わたしは彼が外出中に、キャンバスの裏を確認した。
『一緒にいてくれて、ありがとう』
と手書きで書かれていた。
芸術家独特の個性的な文字だ。
わたしは、心が締め付けられた。
わたしはキャンバスを額縁に戻した。
額縁に戻したとき、愛しい芸術家の想いも、わたしの心に仕舞われた気がした。
『一緒にいてくれて、ありがとう』
と、ふと聞こえた気がした。
その言葉が幻想だとしても、わたしの心は満たされた。
でも、それは決して他言しては行けない気持ちだった。
完
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