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13 たびだちの章

チキンな男子、女子マネに期待される。禁断の女子マネとの恋路。

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ゆるゆるポンコツ陸上部だけど。

          ①


高校の陸上部には、女子マネージャーが2人いる。

女子の先輩と同じ年の結衣だ。


女子マネージャーとの関係に置いて、気を付けないといけないことがある。

女子マネージャーが、1部員を特別扱いするのは、色々嫉妬を生みかねない。

それが、ぼくみたいなチキン野郎だと尚更だ。


それなのに今、ぼくと女子マネは2人きりだ。

外でのランニングに女子マネがついてくるのは、問題ない。

かなり気は使うけど、かなり嬉しい。

でも、その嬉しさは隠さなければならない訳で。

          

          ②



自転車に乗った女子マネージャーの結衣は、ぼくに狙いをつけ

「走れ!ひくぞ!」

と背後から迫ってきた。

冗談じゃない事は、その距離から解った。


女子マネが部員をひくって!


地区の10000メートル予選を風邪で出場しなかった事に、女子マネはお怒りだ。


ぼくは逃げまくった。

そして、川沿い道に辿り着くと、ペースを落とした。

「ここはゆっくり走るコースだよ」

と説明を受けていたからだ。

今走ってるコースは、明日開催される学校のマラソン大会のコースだ。


ぼくと女子マネの結衣は、極秘でそのマラソン大会の為の作戦を練って来たのだ。

コースを走り、ぼくの体力を元にした最適なペース配分を調べ続けていた。


「わたしに春彦くんの意地を見せてよ!」

と自転車に乗りながら女子マネの結衣は、ぼくを見た。

ぼくにめっちゃ期待している目だ。


期待された事がないぼくには、嬉しさと同時に重さも感じた。

何の取り柄もないぼくに期待するなんて。


ガシャン!

振り向くと、女子マネは自転車ごと並木にぶつかっていた。

「大丈夫ですか!」

「決め台詞に気を取られて」


           ③



高校のマラソン大会。

普通の高校なら陸上部が上位を独占してもおかしくはないのだが、うちの高校のサッカー部は、毎年プロ選手を輩出するレベルの部だ。


だから、全国大会なんか行った事もないうちのポンコツ陸上部より、走り込んでいるし、そして速い。


そりゃプロのサッカー選手になることが、夢物語じゃなく現実の進路の可能性の選手とでは、意気込が違うよね。


さらに記録上、陸上部が1位を取った事は1度もない。

陸上部は創部以来ゆるゆるポンコツなのだ。


一応ぼくは10000メートルの選手だ。

選手と言っても選ばれた訳じゃなく、なる人がいなかっただけだ。

だって、ゆるゆるポンコツ陸上部だもん。


ぼくだって、ゆるゆるポンコツ陸上部生活を満喫しようと思っていたのに、あんな女子マネが入部していたなんて、知る由もなかったわけで。


      

            ④



スタート地点に、なんかやる気のある人たちが、たくさん集まってきた。

あ~サッカー部の顧問が、気合入れてる~

サッカー部なんだから、マラソン大会なんてスルーすればいいのに(泣)


やだやだ。この雰囲気。

ぼくは誰の事も考えずに、ただ走りたいのだ。


「春彦くん!」

やばい女子マネの声が聞こえた。

女子は午前中に走り終えて、気分が楽になってる感がをありありと出した上に、かなりのりのりの声だった。

やだやだ。この雰囲気。

競争とか向かないのよね。


「春彦くん、来て!」

ぼくは女子マネの結衣に手を掴まれて、校舎の裏に連れて行かれた。

「女子マネが、1部員を特別扱いするのはどうかと思うよ。

マラソン大会に出るのは、ぼくだけじゃないんだから」

「いいのいいの、たまには、さあ、わたしが作ってきた、特性のおにぎり、食べて」

と言ったが、ぼくの直感がお握りの危険性を察知した。


えっと、この女子マネージャー、ちょっと痛いのだ。


それを察したのか、彼女はお握りを、ぼくの口に押し込んだ。

んっ!?それはそれは強烈な味がした。


口を塞がれて、

「食べるまで離さないからね」


その強烈さにぼくの目から涙が零れた。

そして身体が熱くなった。


食べ終えると

「はいお茶」

と緑茶を差し出された。

「なんのおにぎり?」

「それは秘密」

「ドーピング?」

「それは大丈夫、確認済みだから」

「えっ確認が必要なモノを入れたの!?」

「どんまい」

「どんまいの使い方間違ってない?」


そして、女子マネの結衣は戦術を説明した。


「多分、サッカー部の2トップが、1位2位を占めると思うの」

この2トップは、みんなの予想ではプロサッカー選手になるであろう2人だ。

そんな奴らに勝とうだなんて。

ぼくとあの2人では、身体能力の差が一見するだけで解る。

あいつらは、もうほぼプロ選手なのだ。


「春彦くんはね、このうちの1人の後を追えばいいの。

そして2人を競わせて、油断したところを一気に追い抜く。

場所は校庭に入る寸前、その地点でわたしが待ってるから、そこからスパークを駆けるの。言うても相手はサッカー選手。長距離の練習ばかりはしてられない。

そこが唯1の勝てる点だよ」


大会のコースは、女子マネの結衣に自転車で追われながら、走り込んだコースだ。

言わばホームグランド。どこでペースを上げれば良いのか解っているコースだ。

そして女子と2人っきりで、こんなに長い時間一緒にいると言う、生まれて初めての経験をした場所だ。


結衣はぼくの太ももに触れるて、

「じゃあ頑張ってね、あそこで待ってる」

と。結衣に触れられると、自分の価値が高まって行く気がする。


           

            ⑤


スタート地点。

女子マネに指示された、ほぼプロ選手の2人の位置を確認した。

存在感が凄いし、カッコええ!

もう1流選手のオーラが出ている。


そして午前中に走り終えていた女子の視線を、集めてるのは言うまでもない。

その女子の中に結衣を探したが、いないみたいだった。


ほぼプロ選手の2人が、ふと、ぼくの方を見た。

ぼくを見た?まさか警戒されているとは思えない。

10000メートルの選手と言っても、ゆるゆるポンコツ陸上部だ。



            ⑥



「春彦、どうする?陸上部だからって、上位に行かなくても良いよな」

と陸上部員の安田が声を掛けてきた。

「それなりに走った方が」

「俺は良いわ」

まあ、こいつはその通りゆっくり走るのだろうな。

こいつこそ、ゆるゆるポンコツ陸上部員そのものだから。


スタートの合図で、男子の群れが走り出した。

ポンコツ陸上部とは言え、まあ上位にはそれなりにいた。


ぼくは陸上部の群れを離れて、女子マネの指示通りひたすら、ほぼプロ選手の2人を追った。

まるで獲物を狙う猫科の様に、警戒されないように距離を保ちつつ。


思いのほか走りは上々だった。

結衣に触れられた太ももが、まるで魔法が掛かったのように、ぼくを跳ねさせる。

本当にぼくの価値が上がったかのように、ぼくは加速した。


でもあの2人、さすが速いわ。



            ⑦



ほぼプロ選手の2人は先頭集団を抜け、2人で独走?態勢に入った。

ぼくは2人の足音に会わせ、2人の走るリズムを理解した。


重みのあるサッカー選手の走りだ。

サッカー選手には重みも必要なのだ。

しかし重みのある走りは、長距離の走りには疲労が貯まりやすい。


対してぼくの走りは、軽く跳ねるような走りだ。

女子マネの結衣が理想とする走りだ。


練習中に結衣が

「その差が勝敗を決するの!」

と自信を持って言った以上、そうなのだろう。


ぼくは、その言葉を信じて、先頭集団を抜け、追撃モードに入った。

観客の視線に驚きが混じり始めた。

       


            ⑧


ほぼプロ選手の2人は、後ろを振り向いたりはしなかった。

2人にとって、大して意味のないマラソン大会なのか?


でも、ぼくは違う。

何の取り柄もないぼくに期待している、結衣の期待に応えたい!

それをぼくは、心の底から欲している!


学校の校舎が見えてきた。そして結衣の姿も。

「春彦くん、今だ!行けぇぇぇぇ!」

その声にぼくの心も体も跳躍した。

でも結衣は、ぼくと並列して走ろうとしたが、転んでしまった。

「ここはわたしに任せて、春彦くんは行って!」

そして結衣の親友がすぐ結衣に駆け寄った。


転び方がワザとらしいし、台詞も棒読みだ。

そう、この小芝居の意味することは、


【レースのペースは予想以上に速い。春彦くんを警戒していたみたい。

ギア・結衣エクセレントスペシャルですべてを出し切って!健闘を祈る!】だ!


やっぱり、あの時の視線は、ぼくを見ていたんだ。

そりゃあ毎日、女子マネの自転車に追われながら、マラソンコースを走ってたら気づくよね。何度もサッカー部とはすれ違ってたし。


ちなみに【ギア・結衣エクセレントスペシャル】と名付けたのは、結衣本人だ。

若さ故の過ちだろう。


ぼくは、【ギア・結衣エクセレントスペシャル】で加速した。

【ギア・結衣エクセレントスペシャル】とは、ぼくの最大戦速を意味する。


ほぼプロ選手の2人が観客の異変に気づき、振り向いた時、ぼくは2人を追い抜き、校庭に突入していた。


校庭で待ち構えていた生徒たちの驚く声を、ぼくは一生忘れないだろう。



            完
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