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11 きわみの章
しろいろん♪
しおりを挟む紅茶味のクッキーがあった。
でもそれは水墨画で描かれた紅茶味のクッキーだった。
それでも紅茶の強い香りがした。
僕は今、ここに出現した。
それが最も正確な言葉だと思う。
僕は多分、【しろいろん】の心の中にいる僕。
【しろいろん】が思い描く僕だ。
【しろいろん】と言うのは彼女のあだ名だ。
高校のデザイン科に通う彼女の本名は、山城。
親しい人はみんな、「しろちゃん」もしくは「しろいろん」と呼ぶ。
誰が「しろいろん」と言い始めたのか、誰も覚えていない。
彼女もその名前を気に入っていて、水墨画のサインは【しろいろん】
と署名している。
僕の目の前には、水墨画の世界が広がっていた。
水墨画で描かれた
紅茶味のクッキー、マグカップ、
古い熊のぬいぐるみ、親友たちと写った修学旅行の写真、
溺愛する妹とのプリクラ写真、
お気に入りの服の数々、原付のバイク、
まだ存在しないアトリエの風景。
僕の前に存在する世界が何を意味するか?
間違いなくここは、彼女が好きなものだけが存在を許される世界。
そして!僕がここにいると言う事は!
【しろいろん】が僕のことを、大好きだって事実だー!
ふふふ、にやけるぜ。
なんだろう、水墨画の風景の雲行きが怪しくなってきた。
雷雲があちこちで光りだした。
【しろいろん】が好きなものだけが存在を許される世界なのに!
なんだよ?
渦巻きが・・・危険な匂いがする渦巻きが近づいてくる。
僕の色彩が、渦に吸い込まれて行く。
僕が消えてしまう!この世界から僕が消えてしまう!
リアルの世界で、何かが起こったんだ!
消えたくない!絶対に消えたくない!
リアルな【しろいろん】には、聞こえるはずはないけど、僕は叫んだ!
「しろいろんの事、大好きだから、絶対に消えたくない、
しろいろんの事めっちゃ愛してるー、ずっと君と一緒にいたいんだ!
だから消さないで!」
リアルな僕が絶対に言わないであろう愛を、僕は叫んだ。
しかし、そうだよね。
所詮僕は、【しろいろん】の描く幻想に過ぎない。
僕は、薄れゆく色彩を感じながら思った。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆ *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
花火が夜空を彩る夏祭りの夜。
僕はクラスでは【しろいろん】と呼ばれている山城さんと会った。
綺麗な浴衣を着ていた彼女は、私服の僕を見て言った。
「意外・・・」
そう言えば、彼女と私服で会うのは初めてだ。
花火がドーンとあがり【しろいろん】は花火を見上げ、僕は【しろいろん】の横顔を見つめた。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆ *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
【しろいろん】が好きなものだけが存在を許される世界。
その水墨画の風景に、花火が上がった。
そして【しろいろん】が思い描く僕は、描き換えられ更新された。
そう僕は大人になって行くんだ。
【しろいろん】と一緒に。
完
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