MPを補給できる短編小説カフェ 文学少女御用達

健野屋文乃(たけのやふみの)

文字の大きさ
上 下
33 / 186
4 まっしぐらの章

千佳の変 中篇

しおりを挟む
葛城は将来宇宙飛行士になると言っているだけあって、優秀で自信に満ちた顔立ちをしていた。
 葛城は地域で最も偏差値が高い高校で、成績は常に首位を維持しており、そして運動神経も他の生徒を圧倒していた。

 将来、宇宙飛行士になると言う葛城の夢は、誇大妄想や絵空事ではなく、極めて現実的な予定の様に思えた。
多少クラスで浮いた存在だったが、その事を除けば葛城は出来すぎた少年だった。

そして、千佳が陥った今の状況を打開するには、適任者の様に思えた。

千佳は
「私が世界の時間軸からはぐれた?」
と聞き返した。葛城は自習室の周りの目を気にしながら
「ロビーに行かない?ジュースでも奢るよ。」
 と言った。千佳に異論はなく、2人はロビーに向かった。

ロビーのふかふかのソファーに腰掛けると、葛城は
「ところで君、名前なんて言うの?」
 と言った。千佳は
「えっ?。」
 と思わず言ったが、葛城の真剣な顔を見て
「飛騨・・・千佳。」
 と言った。
千佳は
「本当に忘れれてしまったんだ。
もしかすると、私がおかしくなって、何か大きな勘違いをしてしまっているだけなのかもしれない。」

葛城の真剣な顔を見て、千自分が置かれた不安な状況を改めて認識した。
葛城は
「千佳さん・・・?」
 と聞いた。千佳は
「はい。」
 と答えた。
千佳は久しぶりに自分の名前が呼ばれて、なんだか嬉しくなった。

葛城は
「かぐや姫って知ってる?」
 と聞いた。千佳は「何を言い出すの?突然。」と思いながら
「竹取物語。」
 と言って、ボトルのお茶を口に運んだ。葛城は
「僕が思うに、月の人にとって地球ってのは、子どもが育つ環境としては、抜群にいい環境だと思うんだ。空には青空が広がり、森は天然の酸素を作り出す。だからかぐや姫もわざわざ地球に送られて、育てらたんじゃないかって。だから・・・。」
 千佳は
「ちょっと待って、ちょっと待って。葛城君、何、言ってるの?」
 と葛城の話をさえぎった。葛城は
「だから、千佳さんは現代のかぐや姫じゃないかって話。」
 と言った。千佳は唖然として、思わず失笑した。そして
「葛城君とも在ろう人が・・・何言ってるの。」
 と言った。葛城は真剣な表情を崩さず
「宇宙飛行士を目指す僕にとって、竹取物語の伝承はとても現実的な話だ。宇宙飛行士は丸腰で宇宙空間に出て、何らかの知的生命体と接触する可能性があるんだ。地球上でオカルト話に花を咲かせるのとは訳が違う。」
 と力説した。
 千佳はため息をついた。そして、葛城に期待した分がっかりした。
葛城は
「世界の時間軸をずらす事によって、千佳さんの地球上での、過去の形跡は消えてしまった。
月の子が、成長して月に帰る度に地球から突然消えてしまっては、地球は大騒ぎになるからね。そうしたんだ。彼らなりの礼儀だよ。」
 と続けて言った。
 
千佳は葛城の話すことなど、どうでも良くなった。
そして、自分自身で自分の今後の事について考え始めた。

現実的事実・・・学校の入学記録とクラスの名簿から、自分の名前は消えていた。
クラスの生徒の、まるで初対面の人間を見るようなあの視線は、本気かどうかは不明。
クラス全員がふざけてるとしても、しーちゃんまでそれに加わる事は考えられない。

私が住んでいた家に、まったく違う家が建っていた。この目で見た現実的事実。

そうだ、母さんの仕事がもう終わった時間だ。とりあえず連絡してみよう。

千佳は携帯で母の仕事先に電話をかけてみた。携帯は繋がらなかった。

「ちょっと、電話してくる。」
 と葛城に言うと、千佳は公衆電話に向かった。
 公衆電話に母の仕事先の受付係りが出た。
「飛騨の娘の千佳ですけど、母はまだそちらにいますか?」
 と千佳は聞いた。千佳は5分程待たされた。そして
「飛騨様は当社には在籍しておりません。」
 と言う返事が返ってきた。千佳は
「企画部長の飛騨ですよ。」
 と言った。受付係は
「飛騨と言う名前の社員は、当社には在籍していません。」
 と言った。千佳は
「辞めたんですか?。」
 と聞いた。受付係は
「いえ、過去にも在籍した記録はございません。」
 と言った。千佳の体から力が抜けていった。
 千佳は礼も言わず、受話器を置いた。

 つづく 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

“K”

七部(ななべ)
現代文学
これはとある黒猫と絵描きの話。 黒猫はその見た目から迫害されていました。 ※これは主がBUMP OF CHICKENさん『K』という曲にハマったのでそれを小説風にアレンジしてやろうという思いで制作しました。

短編集:失情と采配、再情熱。(2024年度文芸部部誌より)

氷上ましゅ。
現代文学
2024年度文芸部部誌に寄稿した作品たち。 そのまま引っ張ってきてるので改変とかないです。作業が去年に比べ非常に雑で申し訳ない

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...