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2 たそがれの章

仙人の桃 前編

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老人ホームの園長の冴子が宿直明けで目覚めたとき、

すでに老人ホームはパニックになっていた。

老人ホームのお年寄り達が、

一夜にして10代の少年少女になっていたのだ。
老人ホームはまるで高校生の修学旅行生の集団に占拠されたかのように、

騒がしかった。


「どう言う事?」
と冴子は叫んだ。

冴子の存在に気づいた介護福祉士の実香が、

騒ぎを掻き分けながらやってきた。

実香は
「園長・・・どうしましょう?」
と困りきった表情で冴子を見つめた。

そんな表情で見つめられても、

冴子にわかるはずはなかった。

とりあえず冴子は騒がしい老人ホームの利用者達に
「静かに、皆さん静かにしてください。」
 と叫んだ。

しかし、朝、目覚めると突然10代になった利用者たちが、

そう簡単に静かになるはずは無かった。

最も驚いているのは利用者達なのだ。


冴子は今度は大声で
「静かに!・・・静まれ!」
と叫んだ。

普段温厚な園長の怒声に、

利用者達は一斉に冴子の方を見た。

冴子は
「とりあえず、集会所に集合!」

と冴子は命じた。

お年寄りと違い、ガキともには命令口調に限る。

今から15年前まだ20代の頃、

冴子は中学の体育教師をしていた。
 
集会場に集められた利用者達は、

なぜこうなったのか口々に話し始めた。


冴子は集会場の端に、

10代にならなかった・・要するに、

お年寄りのままの加寿子を見つけた。

冴子は
「なぜ加寿子さんは、変わらなかったの?」
と加寿子に聞いた。

周りの騒がしさに比べて加寿子さんは一人、

もの悲しそうにしていた。


「何か皆と違うことをしてました?」
と冴子は聞いた。

加寿子はじーっと考え込んだ。

周囲の視線は加寿子に集中した。

加寿子は
「私、甘いものが苦手なもので、

昨日夕食に出された桃を残してしまいました。

それ以外に皆さんと違うことは思い浮かびません。」
と言った。

隣にいた為吉は
「桃?昨日の桃はマジうまくなかった?」
とすでに若者ぶって答えた。

隣にいた重蔵も
「マジうまかった。」
と答えた。

「最近の若者は・・・。」と常日頃言っていた為吉と重蔵だけに、

その変貌ぶりにあきれた。

「桃か・・・確かに美味しかったです。」
と隣にいた実香は言った。

今年30になった実香の肌が、まるで10代の様に見えた。
昨日、冴子は会議で出ていて夕食は食べなかった。

冴子は
「まだ桃はあるの?」
と若々しくなった調理師に聞いた。

調理師は
「残念ながらありません。」
と言った。

冴子は悔やんだ。
老人ホームの騒ぎは昼になると、

利用者の家族そしてマスコミにまで広がっていった。
 
つづく
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