RISING 〜夜明けの唄〜

第二編第二章 狙われた姫の命

シャーレの記憶“惨憺”

其処から折られた心を繋ぎ止めるには
母に会いたい、只、其れを毎日毎日願い
死んだ父と兄に手を合わせる事だけを
純粋無垢に祈り続けるしか無かった。

遺されたシャーレに対する周りの目は
どんどん冷たくなって行くのを感じていた。

死んだ兄ルイスのせいでこうなっていると
陰口が聞こえて来るのも毎日の事。

シャーレにはもう信じられる人間が
捕らえられている母だけなのだ。

捕虜となってからは、もう三年弱の期間が
過ぎて、バルモア兵は戦争に出向くなり
顔触れを変えては此処に戻ってくる。

それすらも関係無い。

シャーレは日々、母に会いたい、其の
一心で捕虜としての作業に没頭した。

だが、そんなある日シャーレの目に
とある身なりのいい小太りの男が映る。

其の小太りの男と何やらバルモア兵が
話しているのを耳に挟む。



「やあ、ご機嫌どうだい？」


「へへ、まあぼちぼちで」


「此処も様変わりしたもんだ」


「アンタが目溢ししてくれたお陰だよ、戦争地とはいえ数十人は安全に暮らせるんだから」



内容が進んで行くに連れて、シャーレは
此の現状の背景が鮮明に見えて来る。

小太りの男は、此処ら近辺の豪族。

バルモア兵に金で買収され、ホウランという
村落を売り渡し、政府に隠れてバルモア兵の
安全居住区を手渡した事になる。

いつから、と至極真っ当な疑問へと至る。

其の話の先に答えは出た。

事実は兄ルイスの帰還の前から、だった。

ルイスという少年が見つかれば彼を脅す
なり、何なりにして此の村へ向かう。

見つからなければあの小太りの豪族を
訪ねて此処へ向かう。

ルイスが村へ逃げ帰るならば、其れを
只追って此の村へ侵入する。

シャーレに怒りが滲む。

此の国の人間すら此の村を見捨てて居た。

更に兄ルイスの存在があろうが無かろうが
バルモア兵は此処に来ていた。

どうでも良かったのだ。

兄の生死など。

シャーレは酷い頭痛に襲われ其の場で
倒れ込んでしまうと、一人のバルモア兵に
見つかり、殴る蹴るの暴行を受けてしまう。

シャーレは何とか許しを乞うた。

まだ母の存在があり、母の無事を確認した
後に彼等への復讐を決意して。

だが、兵の口から放たれた言葉が
シャーレの最後の結び目を解いてしまう。



「ああ。そうだ、お前の母さんな？昨日、病気で死んだぞ？可哀想に、一人になっちまったなあ…！！」


「母さん…母さん…そんな…全部お前達のせいだ…返せッ！僕の家族を…！！」



シャーレがバルモア兵に対して反旗を
翻した瞬間、村の中で人々が騒ぎ始めた。

バルモア兵もシャーレを捨て置き村の
中心へ走って向かって行く。

シャーレが物陰から確認したのは
帝国軍の軍服を着た人間達であった。

そう、マークしていた豪族が動いた事で
やっと辺境の此の村に救援が来たのだ。



「もう、遅いよ…三年だぞ…一人になってしまった…父さん、母さん…兄さん…」



次々に助け出されて行く民に目も向けず
シャーレは一人、森の中へと姿を消した。