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急に暗さが増したような気がして、うつむけていた顔を上げると、いつの間にか私たちは森の中にいた。まるで季節が逆戻りしてしまったかのように木々は葉を落とし、枝の間から星がまばらに見えている。寒々とした寂しい景色。葉が茂っていれば、わずかな星明かりさえも遮っていただろうと考えれば、このあんまり寂しい景色もまだましだと思えるか。
けれど、その木々が落とした葉が足元の線路を覆っているのが気になった。お祖父さん達を乗せた電車がここを通ったのなら、これはその後に積もったものということになるのではないだろうか。
もう一度、頭上を見上げる。まだ葉を落としきっていない枝も多い。もしあれがみんな落ちてきて完全に線路を覆い隠してしまったらと思うと、気が気ではなかった。そうなったら、私たちはこの先へと進むための唯一の道を失ってしまうことになる。
落ち葉の下の線路を探りながら歩く。今はまだそれほど苦ではないけれど、確実に進むペースは落ちていた。本当にこんな森の中を電車が通って行ったのだろうか。少女は私と同じように時々枝の間から見える夜空に視線を向けたり、森の奥の闇に目を凝らしたりしている。少年は森の中にわだかまった闇に油断のない視線を向けている。
「なあ、何か……」
少年が言いかけた言葉を飲み込む。実を言うと、私も気づいていた。気のせいだと思いたかったけれど、私にもその声は聞こえていた。闇の中から、獣の唸り声みたいなものが。
きっと私がすっかり不安に囚われてしまっているせいだと思っていたのだけれど、彼にも聞こえているとなると、やっぱり気のせいではないのだろうか。それとも彼が気づいたのは、私とは別のものなのだろうか。途中で言葉にするのをやめてしまったので分からないけれど、それならそれで不安材料が増えるだけだった。
辺りを警戒するように忙しなく視線を周囲に向ける少年に対して、私はうっかりその闇の中に獣の光る眼を見つけてしまうのが怖くて、なるべく森の中には目を向けず、うつむいて線路を探るのに神経を集中させていた。
だんだん闇が深まって行くような気がする。もうそれが実際なのか気のせいなのかも分からない。闇の中に牙をむき出しにした獣が潜んでいるのだと思うと、足が震えた。
「やっぱり、何か、いる」
少年にももうそれを気のせいにすることはできなかったのだろう。
「だいじょうぶ。道を外れなければ、襲われたりはしないよ」
そう告げたのは、少女だった。
「どうしてそんなことが分かるの」
飢えた獣がそんなルールを持っているとは思えなかった。彼らが飢えているのかどうか、実際のところ私には分からないけれど。
「聞いたんだ」
「聞いた? 誰に?」
少年の訝る声。
「私は多分、昔にもここに来たことがあるんだ。その時は、向かう方向が逆だったけれどね。その時、一緒にいた誰かが言っていたような気がする」
「だから、その誰かって誰なんだよ」
「よく思い出せないけど……、この場所でそれを教えてくれたということは、そういう何かなんだろうね」
要領を得ない答えに少年が何か言うかと思ったのに、彼はそれ以上追及しなかった。しばし沈黙が続いた後、少女が口を開いた。
「私には弟がいたんだ。でも、あの子は戻ってこなかった」
その時、森の奥から遠吠えが聞こえて、私は思わず首を竦めた。周囲に視線をさ迷わせる。けれど少女はそんなことを気にもしていない様子で、のんきに問いかけてくる。
「君たち、家族は?」
私はそれどころではなかった。どうして彼女が平然としていられるのか分からない。彼女には本当に感情というものがないのではないかと疑いたくなる。
「ウチは父親と二人だけ」
この人の神経はどうなっているのだろう。しきりに周囲を気にしている私の姿を見て、ようやくこちらの恐怖が伝わったらしい。
「そんなに怯えなくても、襲ってこないってば」
こんな状況が初めての私には、そんなことを言われても安心できるものではなかった。
「少し話でもしていた方が気も紛れると思うけどな」
まさか、私の不安を察して気を紛らわせようとしてくれていたのだろうか。でも今は、気を紛らわすよりも気を張っていなければならない場面じゃないだろうか。
で、どうなの、などと無神経に問いかけてくるあたり、やはり他人の心配をするような性格ではなさそうだと思い直す。そんな彼女の態度に、詮索するなと言っただろうと、少年がいらだった調子で言う。
「そうだね、ごめん。それで、君は、兄弟はいるの」
「うるさい。聞くな」
「両親は?」
「うるさいな。いないよ」
「そう。兄弟は何人いるの」
「うるさいっ」
少年がますますいらだっていくのに気づいていないはずはないだろうに、どうしてそんなことを聞くのだろう。私はこのまま険悪な雰囲気に飲み込まれてしまうのが耐えられなくて、何とかこの場をとりなそうと試みた。
「私は、兄弟はいないの。お母さんが亡くなってしまってからはおじいさんと二人暮らしだったけど、そのおじいさんも今日、天使に連れられて行ってしまったから、私はその後を追いかけてきたの」
進んでしたい話ではなかったけれど、それでこの場がごまかせるならよしとしよう。
「ああ、やっぱり。私たちは似ているって、直感があったんだ。お父さんはどうしたの」
「パパは……、あっ」
つい、パパ、と口にしてしまって、瞬間的に頬が熱くなった。
「あの、今のは違うの」
焦って否定しようとして、なんだか見苦しいことをしているような気がした。
「何が?」
彼女は気にしていないようだけれど、私は中学生になろうという年齢で両親のことを、パパ、ママ、と呼んでいるのだとは思われたくなかった。確かに、大人になってもパパ・ママ呼びの人もいるし、それを非難するつもりもないのだけれど、私は違うのだ。言い訳がましく聞こえるだろうけれど、私はお母さんのことをママとは呼ばない。パパがパパなのには、私なりの理由があった。
いや、そんなことを他人に説明してどうする。どうしてそんな話をする気になったのか分からない。見苦しくも言い訳をするように、気がついた時にはもう口が動いていた。
「お父さんは、私が小さい頃にお母さんと離婚したの」
それから何年も会わずにいたのが、お母さんのお葬式の時にひさしぶりに会った。パパは私を引き取ると言ったけれど、私はお祖父さんと暮らすことを選んだ。ほとんど会話もしなかった。いつでも頼るようにと渡された連絡先のメモは、今も机の引き出しの奥にしまってある。連絡は一度もしていない。
「なるほど。まあ、今どき珍しい話でもないよね。理由はいろいろなんだろうけど。ウチの両親が別れたのは、まあ、弟が死んだのがきっかけだったろうね」
「私は、どうしてパ……」
またパパと言いそうになって、言い直す。
「どうしてお父さんとお母さんが別れたのかなんて、知らない」
お母さんはパパのことが嫌いになったのかもしれないけれど、私はパパのことが嫌いになったわけじゃなかった。それは今でも変わらない。パパとお母さんは別れたのだとしても、それで私がパパの子でなくなるわけでもなかった。
私はパパのことが好きだった。多分そうだと思う。パパとの思い出の中の私は、いつも笑顔だから。お別れの時、パパは私を抱き締めた。何の変哲もない愛情表現。
その瞬間から、私の中のパパの時間は止まっていた。
私はパパのことを恨んだりはしなかった。当時はよく理解していなかったのかもしれない。でも、今でも私は、パパのこともお母さんのことも責めたりするつもりはなかった。
お母さんのお葬式の時、パパとほとんど話をしなかったのは、思い出の中のパパが壊れてしまうのが嫌だったのかもしれないと、今になって思う。私はパパのことを好きなわけではなく、パパのことを嫌いになりたくないだけなのかもしれなかった。
私の中で時が止まってしまったパパ。時間が止まってしまっているから、呼び方も変わらない。私はその時を再び動かすのが怖かった。パパのことだけではなく、そういう色々から、私は逃げて、逃げて、とうとうこんなところまで来てしまったのだ。
「君の家族は、もうお父さんだけなんだ」
そう言われてみて、ああ、そうなのか、と思った。でも、私はパパのことを嫌ってはいないけれど、もう一度パパと家族をする気にはなれなかった。
「私ももう、母親だけになっちゃうな」
あれ? 確かさっき、父親と二人暮らしだと言っていなかっただろうか。
私が問う前に、彼女は言った。
「私の父さんも、死んだんだよ」
彼女も一緒に暮らしていた唯一の家族を失った? もしかして彼女も、私がお祖父さんを追ってきたのと同じような理由でここにいるのだろうか。私たちは似ていると、彼女は言った。こうなると、確かにそうなのかもしれないという気がしてくる。
まさか彼も、と思って、少年の方を見る。私たちは何の理由もなく一緒にいるわけではなく、何か見えない力に引き寄せられたのではないかなんて考えるのは、いくらなんでも考え過ぎだろうか。
少年は何も語ろうとしなかった。かたくなに自分のことを話そうとしないのには何か理由があるのだろうか。
「死んだ弟のことだけどね――」
少女は私たちの反応など気にしていない様子で話し続ける。
「――私が殺したんだと言ったら、信じる?」
相変わらずの表情のない言葉に、彼女の意図をはかりかねる。
ちょうど少年の方に顔を向けていた私は、彼が弾かれたように顔を上げるのを見た。それで、もし彼女が言ったことが本当だとしたら衝撃的な告白だと、じんわりと理解した。
私には兄弟がいないから、兄弟を亡くすという感覚を本当には知ることはできない。彼女はどんな気持ちでこんな話をするのだろう。少年は彼女の言葉に何を思ったのだろう。
「私はあんまり面倒見の良い姉じゃなかったけれど、別に弟のことを嫌いだったわけじゃなくて、嫌いだなんて思ったことは一度もない……、なんてことはないかな。やっぱり兄弟ってさ、邪魔だなっていうか、面倒だとか、煩わしいとか思うことは、あるよね」
私はすっかり獣のことを忘れていることに気がついた。そのために彼女がこんな話を始めたのなら、その効果はあったと言えるだろう。でも、今はまた別の恐怖が込み上げてきていた。
目の前にいる少女は、人殺しなのだろうか。それも、自分の弟を殺した? とても信じられなかった。でも、どうして私にその真偽が分かるだろう。彼女はどうしてこんな話を始めたのだろう。
「弟が生きていた時は、アイツがいなくちゃ家族がまとまらないなんて思ったことはないのに、いなくなった途端、ネジが外れたみたいに家族はバラバラ。おかしなもんだね」
やっぱり彼女は、周りの反応なんて気にする様子もなく話し続ける。
「弟が死んだ時、父親はかなりショックを受けていたみたいだけど、私は自分の感情を持てあましていたっていうか、弟の死をどう受け止めればいいのか分からなかった。正直、あの時、私は本当に悲しかったのかどうか、今でもよく分からないんだ」
だって涙も出なかった、と彼女は言った。
あ、と私は声を上げそうになった。
その感覚は、私にもよく分かったから。
私は気づいてしまった。私には、悲しくて涙を流した記憶がないのだ。
悲しいことなんていくらでもある。悲しい、私は悲しんでいる、と思う。でも、涙が出ない。お母さんが亡くなった時も、私は悲しかった。でも、やっぱり涙は出なかった。私は、本当に悲しいのか分からなくなる。
それは、私がちゃんとお母さんの死を理解できていなかったからかもしれないけれど、今になって思うのだ、あの時、悲しみの涙を流せていたら、もっとちゃんとお母さんの死を受け入れることができていたんじゃないかと。
涙を流すだけが悲しみの表現ではないかもしれないけれど、そういうことではないのだ。私が、悲しんでいる、たぶん悲しんでいるんだと思う、という時、そうだよ、それが悲しいということなんだよと、教えてくれる人はいなかった。それが本当に悲しいという感情なのかどうか、私には正解が分からないのだ。だから私には、涙の流し方が分からない。
何だか自分が欠陥品のように思えてしまう。
「何だか自分が欠陥品のような気がしたよ」
少女の言葉が私の気持ちと重なった。
「今でも私は自分が欠陥品だと思ってる。自覚してるんだ。足りないんだよ、私は」
私たちは確かに似ているのかもしれない。それでも、私には彼女が理解できなかった。
「死んだ弟の顔を見た時、その死と自分を比較して、そうか、私は生きているのかと、何となく思ったのを、おぼろげに覚えてるんだ」
生の反対は死。死の反対は生。
――私はまだ生きている?
少女の言葉を思い出す。それは、確かめなくちゃ分からないこと?
ふと冷静になって、もし本当に彼女が自分の弟を手にかけたのなら、悲しいなんて思わないのが当然じゃないかと気がついた。だから、やっぱりそんなのは嘘なんだろう。どうしてそんな嘘を吐くのかは分からないけれど。
「弟が死んでから少しして、母親は家を出ていった。それからしばらくは連絡もなかったけど、弟の法事で久しぶりに顔を合わせた。当たり前のように涙を流しているのを見て、殺してやろうかと思ったね。自分には母親として悲しむ権利があると言わんばかりに泣いて、そのくせ父親や親戚にはまるで他人みたいに挨拶して、お悔やみ申し上げるなんて言うんだ。あれ以来母親とは会ってない。あれが本当に私の母親だったのか、今では時々疑問に思うんだ。何だか私の知ってる母親とは違う人のように思えて」
そんなことを言いながらも言葉に感情がこもっていないのが、余計に不気味だった。
「私はね、時々思うんだ。私が死んだら、あの人は私の葬式にも来るのかな。その時あの人はどんな顔をするんだろう。弟が死んだ時みたいに、私が死んでも同じように泣くのかな。あの人のところにも父親の訃報は届くのかな、訃報を受け取ったら、あの人は私に会いに来るだろうか。その時、どんな顔をして会いに来るつもりかな。昔の夫の死に顔を見ても、涙を流すんだろうか。……私はね、きっと、あの人が憎いんだ」
どうやら私たちの境遇は確かに似てはいるらしい。けれど、私は彼女のようにパパのことを憎いと思ったことはなかった。その機会がなかっただけかもしれないし、私が幼過ぎただけかもしれない。それでも、私は彼女のように考えたくはなかった。
「裏とか表とか、嘘とか本当とか、そういうことを考えてしまうと、私が今見ているのはどっち? 私が今感じているのは? この世界は裏? 表? 今ここにいる私は、嘘? 本当? わからなくなるんだ。だから私は、確かめたくなる」
少女が立ち止まる。
「私のこの手にはね、生命の熱が失われていく感覚がまだ残っていて、消えないんだ」
彼女は祈るみたいに顔の前で両手を合わせる。ほう、と息を吐き、天を仰ぐ。
「ねえ、どうすれば自分が生きているってことを証明できると思う?」
生きていることに証明なんて必要だろうか。
「死を感じることができれば、私は生きている、そうでしょう?」
彼女の視線から、私は思わず顔を逸らしてしまった。もしかして、同意してほしかった? ただでさえ暗くて互いの顔もよく見えない上に、そもそも感情に乏しい少女の顔が、何やら悲しげに見えたのだった。
「例えば」
す、と彼女は腕を上げる。その指先が、すす、と伸びて、私の首筋に触れた。
「こうして」
冷たい指先。瞬間、触れられただけなのに息が苦しくなったように思った。逃れようと首をよじると、その手が首に絡みついてくる。伸びた爪がかすかに食い込む。
「やめろ!」
絞り出すような声が背後から飛んだ。
「例えば、だよ」
撫でるようにして少女の手が離れていく。首筋がぞわぞわして、肌が粟立つ。首を絞められていたわけでもないのに呼吸が止まっていたことに気づく。少女の手が離れてもまだ気持ち悪かったけれど、それでもようやく息ができた気がした。
少女は引き上げた指先で自分の唇に触れ、うねるようにその手を喉へと這わせ、ぐっとつかむと、呻くような声で言う。
「呼吸が止まって」
手を緩め、すすす、と胸元に手を当て、ぐっと押さえると、目を閉じ、息を止める。一度大きく息を吸ってから、囁くような声で言う。
「心臓が止まって」
ゆっくりと、長い息を吐く。息を吐き切り、うつむけていた顔を上げると、感情を感じさせない淡々とした調子で言う。
「私の手の中で、命の熱が消えていくのを感じるなら」
心臓がきゅうっと音を立てて縮まって、私は服の胸元をぎゅうっとつかんだ。
「そしたら、私は生きているってことだよね」
ほんのわずか、少女の口角が上がる。笑った、のだろうか。
死の反対は生。生の反対は死。死を認識できるのは、自分が生きているから?
「別に誰かを殺したいなんて話じゃないよ。私はただ、自分の居場所を確かめたいだけ。自分がどこにいるのかわからなかったら、落ち着かないでしょう?」
私の首にはまだ、微かな痛みと妙な息苦しさが残っていた。もしあのまま首を絞められていたら、私はどうなっていたのだろう。
呼吸が止まって、心臓が止まって、命の熱が消えていく。それを彼女は自分の手の中で感じている――。
私なら耐えられない。自分の手の中で他人の命が消えていくのを感じるだなんて。そんな瞬間に、私は自分が生きているだなんてことを考えるだろうか。
殺したいわけじゃない、と彼女は言ったけれど、この人は誰かの命を奪うことなんて何とも思わないのかもしれない、そう思ったら急に背筋がひやりとした。
まさか、彼女は本当に自分の弟を手にかけたのだろうか。
闇の中からはまだ獣の唸る声がしていた。確かに少女の言う通り、獣たちが襲ってくる様子はなかったけれど、私は、正体の知れない獣たちに感じるのと同じ恐怖を、彼女に対して感じていた。
少年と少女は少しのあいだ睨み合い、やがて少女は再び前を向いて歩き出した。思わず安堵の溜息が漏れる。そこでようやく自分の身体がまだ強張っていたのに気づいた。私たちは本当に一緒にいてもいいのだろうか。
人が増えれば煩わしく、一人になると心細い。まったく面倒な性格をしていると、自分でも思う。彼女は闇の中の獣と違って、お腹が空いたからと言って襲ってくることはないだろう。けれど、お腹が空いているわけでもないのに襲ってくるものの方が怖いような気もする。人はとにかく理由を求めたがるものだ。
本当は理由なんてなくても、安心するためにはそれを捻り出す。私たちも、三人でいる理由を見つけることができればもっと安心できるのだろうか。
しばらく行くと、目の前にぽっかりと暗闇が口を広げていた。トンネルだ。線路はその中へと続いていた。その奥には深い闇がわだかまっている。そこは一寸先も見えない闇。その中へ身を投じるのは、自ら獣のお腹の中に入っていくような行為に思えた。
こんなところで立ち止まっていても仕方がないとは思うものの、私たちはその闇を前に怯んでいた。道を外れれば獣に襲われるかもしれない。線路を見失えばお祖父さん達に追いつくことはできないだろう。それでも、怖いものは怖かった。
進むしかない、それは分かっているのだけれど、私たちはそこへと足を踏み入れるためのきっかけを求めて、しばし無言で視線を交わし合っていた。
ふと、鼻先に冷たい滴が触れた。空を見上げ、雨、と思った次の瞬間にはもう、大粒の滴がばらばらと音を立てて降り始めていた。
私たちは逃げ込むように暗闇の中へと飛び込んだ。
けれど、その木々が落とした葉が足元の線路を覆っているのが気になった。お祖父さん達を乗せた電車がここを通ったのなら、これはその後に積もったものということになるのではないだろうか。
もう一度、頭上を見上げる。まだ葉を落としきっていない枝も多い。もしあれがみんな落ちてきて完全に線路を覆い隠してしまったらと思うと、気が気ではなかった。そうなったら、私たちはこの先へと進むための唯一の道を失ってしまうことになる。
落ち葉の下の線路を探りながら歩く。今はまだそれほど苦ではないけれど、確実に進むペースは落ちていた。本当にこんな森の中を電車が通って行ったのだろうか。少女は私と同じように時々枝の間から見える夜空に視線を向けたり、森の奥の闇に目を凝らしたりしている。少年は森の中にわだかまった闇に油断のない視線を向けている。
「なあ、何か……」
少年が言いかけた言葉を飲み込む。実を言うと、私も気づいていた。気のせいだと思いたかったけれど、私にもその声は聞こえていた。闇の中から、獣の唸り声みたいなものが。
きっと私がすっかり不安に囚われてしまっているせいだと思っていたのだけれど、彼にも聞こえているとなると、やっぱり気のせいではないのだろうか。それとも彼が気づいたのは、私とは別のものなのだろうか。途中で言葉にするのをやめてしまったので分からないけれど、それならそれで不安材料が増えるだけだった。
辺りを警戒するように忙しなく視線を周囲に向ける少年に対して、私はうっかりその闇の中に獣の光る眼を見つけてしまうのが怖くて、なるべく森の中には目を向けず、うつむいて線路を探るのに神経を集中させていた。
だんだん闇が深まって行くような気がする。もうそれが実際なのか気のせいなのかも分からない。闇の中に牙をむき出しにした獣が潜んでいるのだと思うと、足が震えた。
「やっぱり、何か、いる」
少年にももうそれを気のせいにすることはできなかったのだろう。
「だいじょうぶ。道を外れなければ、襲われたりはしないよ」
そう告げたのは、少女だった。
「どうしてそんなことが分かるの」
飢えた獣がそんなルールを持っているとは思えなかった。彼らが飢えているのかどうか、実際のところ私には分からないけれど。
「聞いたんだ」
「聞いた? 誰に?」
少年の訝る声。
「私は多分、昔にもここに来たことがあるんだ。その時は、向かう方向が逆だったけれどね。その時、一緒にいた誰かが言っていたような気がする」
「だから、その誰かって誰なんだよ」
「よく思い出せないけど……、この場所でそれを教えてくれたということは、そういう何かなんだろうね」
要領を得ない答えに少年が何か言うかと思ったのに、彼はそれ以上追及しなかった。しばし沈黙が続いた後、少女が口を開いた。
「私には弟がいたんだ。でも、あの子は戻ってこなかった」
その時、森の奥から遠吠えが聞こえて、私は思わず首を竦めた。周囲に視線をさ迷わせる。けれど少女はそんなことを気にもしていない様子で、のんきに問いかけてくる。
「君たち、家族は?」
私はそれどころではなかった。どうして彼女が平然としていられるのか分からない。彼女には本当に感情というものがないのではないかと疑いたくなる。
「ウチは父親と二人だけ」
この人の神経はどうなっているのだろう。しきりに周囲を気にしている私の姿を見て、ようやくこちらの恐怖が伝わったらしい。
「そんなに怯えなくても、襲ってこないってば」
こんな状況が初めての私には、そんなことを言われても安心できるものではなかった。
「少し話でもしていた方が気も紛れると思うけどな」
まさか、私の不安を察して気を紛らわせようとしてくれていたのだろうか。でも今は、気を紛らわすよりも気を張っていなければならない場面じゃないだろうか。
で、どうなの、などと無神経に問いかけてくるあたり、やはり他人の心配をするような性格ではなさそうだと思い直す。そんな彼女の態度に、詮索するなと言っただろうと、少年がいらだった調子で言う。
「そうだね、ごめん。それで、君は、兄弟はいるの」
「うるさい。聞くな」
「両親は?」
「うるさいな。いないよ」
「そう。兄弟は何人いるの」
「うるさいっ」
少年がますますいらだっていくのに気づいていないはずはないだろうに、どうしてそんなことを聞くのだろう。私はこのまま険悪な雰囲気に飲み込まれてしまうのが耐えられなくて、何とかこの場をとりなそうと試みた。
「私は、兄弟はいないの。お母さんが亡くなってしまってからはおじいさんと二人暮らしだったけど、そのおじいさんも今日、天使に連れられて行ってしまったから、私はその後を追いかけてきたの」
進んでしたい話ではなかったけれど、それでこの場がごまかせるならよしとしよう。
「ああ、やっぱり。私たちは似ているって、直感があったんだ。お父さんはどうしたの」
「パパは……、あっ」
つい、パパ、と口にしてしまって、瞬間的に頬が熱くなった。
「あの、今のは違うの」
焦って否定しようとして、なんだか見苦しいことをしているような気がした。
「何が?」
彼女は気にしていないようだけれど、私は中学生になろうという年齢で両親のことを、パパ、ママ、と呼んでいるのだとは思われたくなかった。確かに、大人になってもパパ・ママ呼びの人もいるし、それを非難するつもりもないのだけれど、私は違うのだ。言い訳がましく聞こえるだろうけれど、私はお母さんのことをママとは呼ばない。パパがパパなのには、私なりの理由があった。
いや、そんなことを他人に説明してどうする。どうしてそんな話をする気になったのか分からない。見苦しくも言い訳をするように、気がついた時にはもう口が動いていた。
「お父さんは、私が小さい頃にお母さんと離婚したの」
それから何年も会わずにいたのが、お母さんのお葬式の時にひさしぶりに会った。パパは私を引き取ると言ったけれど、私はお祖父さんと暮らすことを選んだ。ほとんど会話もしなかった。いつでも頼るようにと渡された連絡先のメモは、今も机の引き出しの奥にしまってある。連絡は一度もしていない。
「なるほど。まあ、今どき珍しい話でもないよね。理由はいろいろなんだろうけど。ウチの両親が別れたのは、まあ、弟が死んだのがきっかけだったろうね」
「私は、どうしてパ……」
またパパと言いそうになって、言い直す。
「どうしてお父さんとお母さんが別れたのかなんて、知らない」
お母さんはパパのことが嫌いになったのかもしれないけれど、私はパパのことが嫌いになったわけじゃなかった。それは今でも変わらない。パパとお母さんは別れたのだとしても、それで私がパパの子でなくなるわけでもなかった。
私はパパのことが好きだった。多分そうだと思う。パパとの思い出の中の私は、いつも笑顔だから。お別れの時、パパは私を抱き締めた。何の変哲もない愛情表現。
その瞬間から、私の中のパパの時間は止まっていた。
私はパパのことを恨んだりはしなかった。当時はよく理解していなかったのかもしれない。でも、今でも私は、パパのこともお母さんのことも責めたりするつもりはなかった。
お母さんのお葬式の時、パパとほとんど話をしなかったのは、思い出の中のパパが壊れてしまうのが嫌だったのかもしれないと、今になって思う。私はパパのことを好きなわけではなく、パパのことを嫌いになりたくないだけなのかもしれなかった。
私の中で時が止まってしまったパパ。時間が止まってしまっているから、呼び方も変わらない。私はその時を再び動かすのが怖かった。パパのことだけではなく、そういう色々から、私は逃げて、逃げて、とうとうこんなところまで来てしまったのだ。
「君の家族は、もうお父さんだけなんだ」
そう言われてみて、ああ、そうなのか、と思った。でも、私はパパのことを嫌ってはいないけれど、もう一度パパと家族をする気にはなれなかった。
「私ももう、母親だけになっちゃうな」
あれ? 確かさっき、父親と二人暮らしだと言っていなかっただろうか。
私が問う前に、彼女は言った。
「私の父さんも、死んだんだよ」
彼女も一緒に暮らしていた唯一の家族を失った? もしかして彼女も、私がお祖父さんを追ってきたのと同じような理由でここにいるのだろうか。私たちは似ていると、彼女は言った。こうなると、確かにそうなのかもしれないという気がしてくる。
まさか彼も、と思って、少年の方を見る。私たちは何の理由もなく一緒にいるわけではなく、何か見えない力に引き寄せられたのではないかなんて考えるのは、いくらなんでも考え過ぎだろうか。
少年は何も語ろうとしなかった。かたくなに自分のことを話そうとしないのには何か理由があるのだろうか。
「死んだ弟のことだけどね――」
少女は私たちの反応など気にしていない様子で話し続ける。
「――私が殺したんだと言ったら、信じる?」
相変わらずの表情のない言葉に、彼女の意図をはかりかねる。
ちょうど少年の方に顔を向けていた私は、彼が弾かれたように顔を上げるのを見た。それで、もし彼女が言ったことが本当だとしたら衝撃的な告白だと、じんわりと理解した。
私には兄弟がいないから、兄弟を亡くすという感覚を本当には知ることはできない。彼女はどんな気持ちでこんな話をするのだろう。少年は彼女の言葉に何を思ったのだろう。
「私はあんまり面倒見の良い姉じゃなかったけれど、別に弟のことを嫌いだったわけじゃなくて、嫌いだなんて思ったことは一度もない……、なんてことはないかな。やっぱり兄弟ってさ、邪魔だなっていうか、面倒だとか、煩わしいとか思うことは、あるよね」
私はすっかり獣のことを忘れていることに気がついた。そのために彼女がこんな話を始めたのなら、その効果はあったと言えるだろう。でも、今はまた別の恐怖が込み上げてきていた。
目の前にいる少女は、人殺しなのだろうか。それも、自分の弟を殺した? とても信じられなかった。でも、どうして私にその真偽が分かるだろう。彼女はどうしてこんな話を始めたのだろう。
「弟が生きていた時は、アイツがいなくちゃ家族がまとまらないなんて思ったことはないのに、いなくなった途端、ネジが外れたみたいに家族はバラバラ。おかしなもんだね」
やっぱり彼女は、周りの反応なんて気にする様子もなく話し続ける。
「弟が死んだ時、父親はかなりショックを受けていたみたいだけど、私は自分の感情を持てあましていたっていうか、弟の死をどう受け止めればいいのか分からなかった。正直、あの時、私は本当に悲しかったのかどうか、今でもよく分からないんだ」
だって涙も出なかった、と彼女は言った。
あ、と私は声を上げそうになった。
その感覚は、私にもよく分かったから。
私は気づいてしまった。私には、悲しくて涙を流した記憶がないのだ。
悲しいことなんていくらでもある。悲しい、私は悲しんでいる、と思う。でも、涙が出ない。お母さんが亡くなった時も、私は悲しかった。でも、やっぱり涙は出なかった。私は、本当に悲しいのか分からなくなる。
それは、私がちゃんとお母さんの死を理解できていなかったからかもしれないけれど、今になって思うのだ、あの時、悲しみの涙を流せていたら、もっとちゃんとお母さんの死を受け入れることができていたんじゃないかと。
涙を流すだけが悲しみの表現ではないかもしれないけれど、そういうことではないのだ。私が、悲しんでいる、たぶん悲しんでいるんだと思う、という時、そうだよ、それが悲しいということなんだよと、教えてくれる人はいなかった。それが本当に悲しいという感情なのかどうか、私には正解が分からないのだ。だから私には、涙の流し方が分からない。
何だか自分が欠陥品のように思えてしまう。
「何だか自分が欠陥品のような気がしたよ」
少女の言葉が私の気持ちと重なった。
「今でも私は自分が欠陥品だと思ってる。自覚してるんだ。足りないんだよ、私は」
私たちは確かに似ているのかもしれない。それでも、私には彼女が理解できなかった。
「死んだ弟の顔を見た時、その死と自分を比較して、そうか、私は生きているのかと、何となく思ったのを、おぼろげに覚えてるんだ」
生の反対は死。死の反対は生。
――私はまだ生きている?
少女の言葉を思い出す。それは、確かめなくちゃ分からないこと?
ふと冷静になって、もし本当に彼女が自分の弟を手にかけたのなら、悲しいなんて思わないのが当然じゃないかと気がついた。だから、やっぱりそんなのは嘘なんだろう。どうしてそんな嘘を吐くのかは分からないけれど。
「弟が死んでから少しして、母親は家を出ていった。それからしばらくは連絡もなかったけど、弟の法事で久しぶりに顔を合わせた。当たり前のように涙を流しているのを見て、殺してやろうかと思ったね。自分には母親として悲しむ権利があると言わんばかりに泣いて、そのくせ父親や親戚にはまるで他人みたいに挨拶して、お悔やみ申し上げるなんて言うんだ。あれ以来母親とは会ってない。あれが本当に私の母親だったのか、今では時々疑問に思うんだ。何だか私の知ってる母親とは違う人のように思えて」
そんなことを言いながらも言葉に感情がこもっていないのが、余計に不気味だった。
「私はね、時々思うんだ。私が死んだら、あの人は私の葬式にも来るのかな。その時あの人はどんな顔をするんだろう。弟が死んだ時みたいに、私が死んでも同じように泣くのかな。あの人のところにも父親の訃報は届くのかな、訃報を受け取ったら、あの人は私に会いに来るだろうか。その時、どんな顔をして会いに来るつもりかな。昔の夫の死に顔を見ても、涙を流すんだろうか。……私はね、きっと、あの人が憎いんだ」
どうやら私たちの境遇は確かに似てはいるらしい。けれど、私は彼女のようにパパのことを憎いと思ったことはなかった。その機会がなかっただけかもしれないし、私が幼過ぎただけかもしれない。それでも、私は彼女のように考えたくはなかった。
「裏とか表とか、嘘とか本当とか、そういうことを考えてしまうと、私が今見ているのはどっち? 私が今感じているのは? この世界は裏? 表? 今ここにいる私は、嘘? 本当? わからなくなるんだ。だから私は、確かめたくなる」
少女が立ち止まる。
「私のこの手にはね、生命の熱が失われていく感覚がまだ残っていて、消えないんだ」
彼女は祈るみたいに顔の前で両手を合わせる。ほう、と息を吐き、天を仰ぐ。
「ねえ、どうすれば自分が生きているってことを証明できると思う?」
生きていることに証明なんて必要だろうか。
「死を感じることができれば、私は生きている、そうでしょう?」
彼女の視線から、私は思わず顔を逸らしてしまった。もしかして、同意してほしかった? ただでさえ暗くて互いの顔もよく見えない上に、そもそも感情に乏しい少女の顔が、何やら悲しげに見えたのだった。
「例えば」
す、と彼女は腕を上げる。その指先が、すす、と伸びて、私の首筋に触れた。
「こうして」
冷たい指先。瞬間、触れられただけなのに息が苦しくなったように思った。逃れようと首をよじると、その手が首に絡みついてくる。伸びた爪がかすかに食い込む。
「やめろ!」
絞り出すような声が背後から飛んだ。
「例えば、だよ」
撫でるようにして少女の手が離れていく。首筋がぞわぞわして、肌が粟立つ。首を絞められていたわけでもないのに呼吸が止まっていたことに気づく。少女の手が離れてもまだ気持ち悪かったけれど、それでもようやく息ができた気がした。
少女は引き上げた指先で自分の唇に触れ、うねるようにその手を喉へと這わせ、ぐっとつかむと、呻くような声で言う。
「呼吸が止まって」
手を緩め、すすす、と胸元に手を当て、ぐっと押さえると、目を閉じ、息を止める。一度大きく息を吸ってから、囁くような声で言う。
「心臓が止まって」
ゆっくりと、長い息を吐く。息を吐き切り、うつむけていた顔を上げると、感情を感じさせない淡々とした調子で言う。
「私の手の中で、命の熱が消えていくのを感じるなら」
心臓がきゅうっと音を立てて縮まって、私は服の胸元をぎゅうっとつかんだ。
「そしたら、私は生きているってことだよね」
ほんのわずか、少女の口角が上がる。笑った、のだろうか。
死の反対は生。生の反対は死。死を認識できるのは、自分が生きているから?
「別に誰かを殺したいなんて話じゃないよ。私はただ、自分の居場所を確かめたいだけ。自分がどこにいるのかわからなかったら、落ち着かないでしょう?」
私の首にはまだ、微かな痛みと妙な息苦しさが残っていた。もしあのまま首を絞められていたら、私はどうなっていたのだろう。
呼吸が止まって、心臓が止まって、命の熱が消えていく。それを彼女は自分の手の中で感じている――。
私なら耐えられない。自分の手の中で他人の命が消えていくのを感じるだなんて。そんな瞬間に、私は自分が生きているだなんてことを考えるだろうか。
殺したいわけじゃない、と彼女は言ったけれど、この人は誰かの命を奪うことなんて何とも思わないのかもしれない、そう思ったら急に背筋がひやりとした。
まさか、彼女は本当に自分の弟を手にかけたのだろうか。
闇の中からはまだ獣の唸る声がしていた。確かに少女の言う通り、獣たちが襲ってくる様子はなかったけれど、私は、正体の知れない獣たちに感じるのと同じ恐怖を、彼女に対して感じていた。
少年と少女は少しのあいだ睨み合い、やがて少女は再び前を向いて歩き出した。思わず安堵の溜息が漏れる。そこでようやく自分の身体がまだ強張っていたのに気づいた。私たちは本当に一緒にいてもいいのだろうか。
人が増えれば煩わしく、一人になると心細い。まったく面倒な性格をしていると、自分でも思う。彼女は闇の中の獣と違って、お腹が空いたからと言って襲ってくることはないだろう。けれど、お腹が空いているわけでもないのに襲ってくるものの方が怖いような気もする。人はとにかく理由を求めたがるものだ。
本当は理由なんてなくても、安心するためにはそれを捻り出す。私たちも、三人でいる理由を見つけることができればもっと安心できるのだろうか。
しばらく行くと、目の前にぽっかりと暗闇が口を広げていた。トンネルだ。線路はその中へと続いていた。その奥には深い闇がわだかまっている。そこは一寸先も見えない闇。その中へ身を投じるのは、自ら獣のお腹の中に入っていくような行為に思えた。
こんなところで立ち止まっていても仕方がないとは思うものの、私たちはその闇を前に怯んでいた。道を外れれば獣に襲われるかもしれない。線路を見失えばお祖父さん達に追いつくことはできないだろう。それでも、怖いものは怖かった。
進むしかない、それは分かっているのだけれど、私たちはそこへと足を踏み入れるためのきっかけを求めて、しばし無言で視線を交わし合っていた。
ふと、鼻先に冷たい滴が触れた。空を見上げ、雨、と思った次の瞬間にはもう、大粒の滴がばらばらと音を立てて降り始めていた。
私たちは逃げ込むように暗闇の中へと飛び込んだ。
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