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アルバの情念
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アルバは机に書類の束を乱暴に置く。その様にカルミネは眉を顰め、口を開こうとすると同時に、顎を掴まれた。予想外の出来事に、言葉が詰まる。
「あなたが気分屋なのは知っていますし、それは取り立てて問題にすることでもないと思っています。」
聞いたことのないアルバの低い声に、息を呑んだカルミネは瞬きするしかない。そんなカルミネの様子を意に介さずアルバは続ける。
「生活能力が無いのも、取るに足らないことです。我儘なのも、その実面倒な性格なのも、あなたの功績が全て打ち消すでしょう。」
アルバはじっとカルミネの目を見詰め、ぐっと顔を寄せる。
「…いったい何だって言うんだ。アルバ、こんな事をして…」
流石にこれ以上の無礼は許し難いと、顎を掴むアルバの手を振り解こうとして思いの外がっちりと固定されていることに気が付いて、カルミネは再び息を呑んだ。
「僕が、あなたの助手に立候補したのは、あなたを尊敬し、崇拝していたからですが。」
そう言って笑みを浮かべるアルバの瞳に暗い情念が灯る。初めて自分の助手に恐怖を覚え、カルミネは動転した。
「放せ、クビにするぞ、無礼だ、放せアルバ!」
そう喚いて手足を我武者羅にバタつかせて抵抗する。
「クビ…」
一層低くなったアルバの声が聞こえたと思い、カルミネは動くのを止め彼の様子を探ろうとしたその時。
あ、という声を上げる間もなく口を塞がれた。その瞬間、何があったか理解が追い付かず、唇を割って入って来たぬるりとした“何か”の感触に我に返る。
アルバの顔が、とても近い。焦点が合わずにぼやけるほどに。ぬるり、と、口内を探ってくる何か、が、アルバの舌だと気付いて思わず口を閉じ、顔を背け突き飛ばす。肉を噛んだ感触と血の味にカルミネは顔を顰めた。
「何のつもりだ!」
袖で口を拭いながらカルミネは叫ぶ。何がどうなって、こんなことになったのか。全くさっぱり分からない。アルバは持っていた治癒の魔導具で噛み切られた舌を治している。その悪びれもしない態度に、一層腹が立つとカルミネは舌打ちする。
「何のつもり、ですか。」
流れ出ていた血をハンカチで拭き取って、アルバは言う。
「ずっとお慕いしております。が、あなたが私をクビにするというのなら、穏便に事を進めるのは止めました。」
まあ、勢いで口を吐いて出てきただけの言葉だろうと、とアルバは察している。けれど、ゆっくり時間をかけて自分を好きになってもらおうという考えは、どれほど時間をかけても叶わないと悟った。「愛だの恋だの馬鹿馬鹿しい。」と言うような男は、一体何をしたら、一体どれだけの時間を、心を捧げたら、振り向いてくれるだろうか。
カルミネの発した深い意味もない言葉が、アルバの心を切り裂いた。紳士的であろうとしたアルバは、その瞬間に死んだも同じだった。
「一体何を言っているんだ。」
「あなたの愛を乞うのを止めて、あなたを奪うことにした。そういうことです。」
アルバはもう一度、唇を押し当てた。これ以上の問答はしたくないと、カルミネの口を塞ぐ。力尽くで思いを遂げることに、一抹の胸の痛みを抱えながらアルバはその手をカルミネの体に滑らせた。
「あなたが気分屋なのは知っていますし、それは取り立てて問題にすることでもないと思っています。」
聞いたことのないアルバの低い声に、息を呑んだカルミネは瞬きするしかない。そんなカルミネの様子を意に介さずアルバは続ける。
「生活能力が無いのも、取るに足らないことです。我儘なのも、その実面倒な性格なのも、あなたの功績が全て打ち消すでしょう。」
アルバはじっとカルミネの目を見詰め、ぐっと顔を寄せる。
「…いったい何だって言うんだ。アルバ、こんな事をして…」
流石にこれ以上の無礼は許し難いと、顎を掴むアルバの手を振り解こうとして思いの外がっちりと固定されていることに気が付いて、カルミネは再び息を呑んだ。
「僕が、あなたの助手に立候補したのは、あなたを尊敬し、崇拝していたからですが。」
そう言って笑みを浮かべるアルバの瞳に暗い情念が灯る。初めて自分の助手に恐怖を覚え、カルミネは動転した。
「放せ、クビにするぞ、無礼だ、放せアルバ!」
そう喚いて手足を我武者羅にバタつかせて抵抗する。
「クビ…」
一層低くなったアルバの声が聞こえたと思い、カルミネは動くのを止め彼の様子を探ろうとしたその時。
あ、という声を上げる間もなく口を塞がれた。その瞬間、何があったか理解が追い付かず、唇を割って入って来たぬるりとした“何か”の感触に我に返る。
アルバの顔が、とても近い。焦点が合わずにぼやけるほどに。ぬるり、と、口内を探ってくる何か、が、アルバの舌だと気付いて思わず口を閉じ、顔を背け突き飛ばす。肉を噛んだ感触と血の味にカルミネは顔を顰めた。
「何のつもりだ!」
袖で口を拭いながらカルミネは叫ぶ。何がどうなって、こんなことになったのか。全くさっぱり分からない。アルバは持っていた治癒の魔導具で噛み切られた舌を治している。その悪びれもしない態度に、一層腹が立つとカルミネは舌打ちする。
「何のつもり、ですか。」
流れ出ていた血をハンカチで拭き取って、アルバは言う。
「ずっとお慕いしております。が、あなたが私をクビにするというのなら、穏便に事を進めるのは止めました。」
まあ、勢いで口を吐いて出てきただけの言葉だろうと、とアルバは察している。けれど、ゆっくり時間をかけて自分を好きになってもらおうという考えは、どれほど時間をかけても叶わないと悟った。「愛だの恋だの馬鹿馬鹿しい。」と言うような男は、一体何をしたら、一体どれだけの時間を、心を捧げたら、振り向いてくれるだろうか。
カルミネの発した深い意味もない言葉が、アルバの心を切り裂いた。紳士的であろうとしたアルバは、その瞬間に死んだも同じだった。
「一体何を言っているんだ。」
「あなたの愛を乞うのを止めて、あなたを奪うことにした。そういうことです。」
アルバはもう一度、唇を押し当てた。これ以上の問答はしたくないと、カルミネの口を塞ぐ。力尽くで思いを遂げることに、一抹の胸の痛みを抱えながらアルバはその手をカルミネの体に滑らせた。
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