鬼人の恋

渡邉 幻月

文字の大きさ
上 下
64 / 72
人ノ部 其之参 頽れる虚飾の王国と神々の復活

三. 蓮の花の向こう側

しおりを挟む
 魔物を討伐しながら、魔王城までの道程を一気に駆け抜ける。野宿も厭わない強行軍だったこともあり、勇者御一行が必要とした前回の日程より遥かに短い期間で魔王城まで辿り着いた。
 公爵は即、王座の間に向かう。まずは魔王と聖女が最後に立っていた場所、何らかの因果で二人が水と成り果てた場所だ。半年以上も経った今、術の痕跡が残っているとも思えないが何らかのヒントがあれば御の字と、公爵は同行している魔導士に調査を命じる。

 あの日、魔王と聖女が立っていた場所にはもう、何もない。水は既に蒸発したのだろう、跡形もない。

もちろん、何もないというのは目視でのことだ。何か、魔力の残滓のようなものでも僅かに残っていれば良いのに。それは公爵だけでなく、同行した魔導士も同じ気持ちでいた。藁にも縋る思いで玉座を中心に調査を進める。
『せめて、もう二、三か月早く調査が出来ていたら。』
とは、魔導士たちの誰もが考えていることだ。苛立ちが募るのは、何も目に見えた結果が無いからだけではない。王太子たちの悪びれることもない様子が、余計に神経を逆撫でるのだ。
『初めから包み隠さず報告すればよかったものを。』
そうすれば、すぐに調査に来れたはずだ。聖女召喚の術も、失われずに済んだかもしれないというのに。
 不満たらたらであったが、公爵が何も言わない以上、彼らもまた何も言えなかった。王太子たちに対する公爵の態度は、冷ややかなものだったから王太子たちの味方ではないはずだ。おそらく、証拠が出そろうまでは何も口にするつもりはないのだろう、とそれぞれ勝手に解釈して作業を進めるのだった。

「ご報告いたします。」
「うむ。」
「玉座周辺から、液体が流れ出たと思われる範囲を調査いたしましたが、魔力の残滓すら確認できませんでした。」
予測できた結果であったが、やはり肩が落ちる。口を開こうとする王太子を制止して、公爵は指示を出す。
「時間が経ち過ぎているのか、魔王の目論見かは判断付かぬな。城内を探索する。書物は勿論だが手記のようなものも残さず確認するように。少しでも手掛かりになりそうなものがあれば報告するように。」
「待て、城内なら探索済みだ。」
流石に業を煮やしたのか、王太子は苛立たし気に公爵の指示に物申す。
「…では、その探索の際に何が見つかりましたかな。まさかとは思いますが、凱旋時の宝飾品や武具の類とは仰せになりませんよね。」
「そ、れは…」
「…。今回はそのようなものを探しているのではありません。おそらく貴方方が歯牙にもかけなかった書物の中身が肝要なのです。」
そう言うと、公爵自らも城内奥へ歩を進めるのだった。

 探索隊のメンバーを三隊に振り分けそれぞれに探索場所を指示する。
探索を進めていくと、中庭に辿り着いた。手入れがされなくなったからだろう、草花は鬱蒼と生い茂っていた。公爵は、ふと足を止め庭の中央に位置する池に視線を落とした。
 蓮の花が咲いている。深い緑か黒い花に染まるこの中庭で薄い桃色に色付く蓮が、やけに印象深い。

 蓮の異質さを感じつつ、公爵は書斎か書庫はないかとさらに歩を進めるのだった。

 いくつかの部屋を探索し、書庫に辿り着いた。その蔵書の多さに圧倒されつつ、公爵は書物をしらみつぶしに調べるよう指示を出す。
探せど探せど、それらしき記述は見付からず、結局書庫にある全ての書物を総当たりで読み漁ったが何一つとして参考になりそうな物は無かった。
 あとは、魔王の私室がまだだったと、仕方なしに書庫を後にする。書庫を後にし、魔王の私室へ向かう途中、中庭が視界をかすめた。思わず視線を向ける。

 一面が、薄桃色に染まっていた。
「あれは… 先ほど通った中庭ではないのか?」
鬱蒼と茂っていた黒い花と深い緑の葉は、一体どこに行ったのだろうか。蓮の花が一面に咲き乱れどこか別の場所に紛れ込んだような錯覚に襲われる。
 公爵始め探索隊の隊員たちはざわめく。そうして吸い込まれるように中庭に向かった。

「…どちら様ですか?」
不意に聞き慣れぬ声が、蓮の花の向こうから聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

不死の大日本帝國軍人よ、異世界にて一層奮励努力せよ

焼飯学生
ファンタジー
1945年。フィリピンにて、大日本帝国軍人八雲 勇一は、連合軍との絶望的な戦いに挑み、力尽きた。 そんな勇一を気に入った異世界の創造神ライラーは、勇一助け自身の世界に転移させることに。 だが、軍人として華々しく命を散らし、先に行ってしまった戦友達と会いたかった勇一は、その提案をきっぱりと断った。 勇一に自身の提案を断られたことに腹が立ったライラーは、勇一に不死の呪いをかけた後、そのまま強制的に異世界へ飛ばしてしまった。 異世界に強制転移させられてしまった勇一は、元の世界に戻るべく、異世界にて一層奮励努力する。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...