水底の歌

渡邉 幻月

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幻覚魚:8 【咲の場合-4】

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弟姫と奥津が、物音に驚いたように振り返った。
その様子もまた、咲を苛つかせた。

どうして二人して、こんな所に居るの?

様々な可能性を全て拒絶して、咲を支配する一つの解。
嫉妬が呼び起こす歪んだ解釈が、咲の燃え上がる感情に油を注いでいく。

「何してるの?」
咲の声は、彼女自信信じられないほどドスの効いたものになっていた。地獄の底から響くような。
その声に怯えた様子を見せる二人がさらに咲の感情を逆撫でする。

どうしてこんなにも気に障るのか、そんな事さえ頭が回らず、咲は感情の赴くままに二人に詰め寄った。
「咲さん、どうしたんですか? 何をそんなに怒っているのでしょう?」
無理に微笑もうとして引きつった顔で、奥津が言った。
「何してるの? 二人で。」
さらに一歩、咲は踏み出す。奥津の言葉は、問いかけへの答えにはならない。咲の逆なでされた感情は、爆発寸前にまで高まっていた。

「まあ、怖い。」
弟姫がわざとらしく怯えた様子で、奥津にしな垂れかかった。
「弟姫様、大丈夫です私がついておりますから。」
奥津が弟姫を庇う。その姿が、咲の理性を奪った。

「何してるの! 私を馬鹿にしているんでしょう、先生! それに、お前! そんなだから、喰われる羽目になったんだ!」
咲は悲鳴に近い怒声をあげた。
 二人の会話はほとんど聞こえていなかった。が、所々聞こえてきた単語が、咲の、この呪われた姿を嘲るようなものだった。そう、咲には受け取れた。
 実際の所はともかくとして。

嫉妬と怒りに燃えた咲の顔は、呪いでの変化も相まって、まさに般若のようであった。

「まあ、酷い。それになんて… あの女にそっくりなんでしょう。」
弟姫のその言葉に、ついに咲は彼女に飛び掛かった。
殺シテヤル
喰ッテヤル
咲の意思なのか、かつての女の情念に同調したのか。
 目の色まで変えて、咲は弟姫の首を締めあげていた。
「止めてください、咲さん!」
遠くから、奥津の声が聞こえた。すぐ近くに居るのにもかかわらず。一瞬、奥津の声に反応して、弟姫の首を絞める力が弱まるが、制止する声が隣の奥津のものでは無いことを感覚的に理解すると、再び両手に力を込めた。

「駄目です、咲さん、目を覚ましてください!」
やはり遠くから奥津の声がする。咲は戸惑った。

「咲さん、あなたが首を絞めている相手は──」

咲は、必死に咲を止めようとする声が聞こえる方を向いた。
そこには、人型の何かが居た。咲の眼には黒い影にしか映らない。それ、は奥津の声でさらに続ける。

「あなたが誰のつもりで首を絞めてるのか、僕には分かりません。分かりませんが、でも、その人の首を絞めたいわけじゃないでしょう?」
咲は少し冷静さを取り戻す。視線を黒い影から手元に移動する。そこには首を絞められているにもかかわらず、憎たらしい笑みを浮かべた弟姫がいる。
この女を措いて他に、息の根を止めたい相手がいるだろうか。咲は考える。首を絞められているというのに、こんなにも余裕を見せつける、この女…

「咲さん!」
「駄目ですえ、お前さま。それは反則ですえ。」
奥津の声を遮るように、女の声がする。
おとひめ! 咲の頭に一瞬で血が上る、が、ふと手元の女を見る。おとひめだ。
だが、あの声はどこから聞こえた?

ぐらり、眩暈が咲を襲った。心臓が破裂しそうなほど、脈打っている。力が抜け、弟姫の首を絞める手が緩む。
どさりと弟姫が倒れ込む。

咽る音が、聞こえる。眩暈と朦朧とする意識の中、それを耳にした咲はさらに混乱した。

父さま!

女の咽る音ではない。
どちらかと言えば、いや、何度か聞いたことがある。ああそうだ、父さまの咽る時の音だ。
でも、目の前で咽るのは、おとひめなのに?

意味が分からない。
ああ、また頭が痛くなってきた。眩暈がする。気持ちが悪い。
ああ頭の中が、ごちゃごちゃしてきた…

そこで咲は意識を手放した。
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