29 / 33
幻覚魚:8 【咲の場合-4】
しおりを挟む
弟姫と奥津が、物音に驚いたように振り返った。
その様子もまた、咲を苛つかせた。
どうして二人して、こんな所に居るの?
様々な可能性を全て拒絶して、咲を支配する一つの解。
嫉妬が呼び起こす歪んだ解釈が、咲の燃え上がる感情に油を注いでいく。
「何してるの?」
咲の声は、彼女自信信じられないほどドスの効いたものになっていた。地獄の底から響くような。
その声に怯えた様子を見せる二人がさらに咲の感情を逆撫でする。
どうしてこんなにも気に障るのか、そんな事さえ頭が回らず、咲は感情の赴くままに二人に詰め寄った。
「咲さん、どうしたんですか? 何をそんなに怒っているのでしょう?」
無理に微笑もうとして引きつった顔で、奥津が言った。
「何してるの? 二人で。」
さらに一歩、咲は踏み出す。奥津の言葉は、問いかけへの答えにはならない。咲の逆なでされた感情は、爆発寸前にまで高まっていた。
「まあ、怖い。」
弟姫がわざとらしく怯えた様子で、奥津にしな垂れかかった。
「弟姫様、大丈夫です私がついておりますから。」
奥津が弟姫を庇う。その姿が、咲の理性を奪った。
「何してるの! 私を馬鹿にしているんでしょう、先生! それに、お前! そんなだから、喰われる羽目になったんだ!」
咲は悲鳴に近い怒声をあげた。
二人の会話はほとんど聞こえていなかった。が、所々聞こえてきた単語が、咲の、この呪われた姿を嘲るようなものだった。そう、咲には受け取れた。
実際の所はともかくとして。
嫉妬と怒りに燃えた咲の顔は、呪いでの変化も相まって、まさに般若のようであった。
「まあ、酷い。それになんて… あの女にそっくりなんでしょう。」
弟姫のその言葉に、ついに咲は彼女に飛び掛かった。
殺シテヤル
喰ッテヤル
咲の意思なのか、かつての女の情念に同調したのか。
目の色まで変えて、咲は弟姫の首を締めあげていた。
「止めてください、咲さん!」
遠くから、奥津の声が聞こえた。すぐ近くに居るのにもかかわらず。一瞬、奥津の声に反応して、弟姫の首を絞める力が弱まるが、制止する声が隣の奥津のものでは無いことを感覚的に理解すると、再び両手に力を込めた。
「駄目です、咲さん、目を覚ましてください!」
やはり遠くから奥津の声がする。咲は戸惑った。
「咲さん、あなたが首を絞めている相手は──」
咲は、必死に咲を止めようとする声が聞こえる方を向いた。
そこには、人型の何かが居た。咲の眼には黒い影にしか映らない。それ、は奥津の声でさらに続ける。
「あなたが誰のつもりで首を絞めてるのか、僕には分かりません。分かりませんが、でも、その人の首を絞めたいわけじゃないでしょう?」
咲は少し冷静さを取り戻す。視線を黒い影から手元に移動する。そこには首を絞められているにもかかわらず、憎たらしい笑みを浮かべた弟姫がいる。
この女を措いて他に、息の根を止めたい相手がいるだろうか。咲は考える。首を絞められているというのに、こんなにも余裕を見せつける、この女…
「咲さん!」
「駄目ですえ、お前さま。それは反則ですえ。」
奥津の声を遮るように、女の声がする。
おとひめ! 咲の頭に一瞬で血が上る、が、ふと手元の女を見る。おとひめだ。
だが、あの声はどこから聞こえた?
ぐらり、眩暈が咲を襲った。心臓が破裂しそうなほど、脈打っている。力が抜け、弟姫の首を絞める手が緩む。
どさりと弟姫が倒れ込む。
咽る音が、聞こえる。眩暈と朦朧とする意識の中、それを耳にした咲はさらに混乱した。
父さま!
女の咽る音ではない。
どちらかと言えば、いや、何度か聞いたことがある。ああそうだ、父さまの咽る時の音だ。
でも、目の前で咽るのは、おとひめなのに?
意味が分からない。
ああ、また頭が痛くなってきた。眩暈がする。気持ちが悪い。
ああ頭の中が、ごちゃごちゃしてきた…
そこで咲は意識を手放した。
その様子もまた、咲を苛つかせた。
どうして二人して、こんな所に居るの?
様々な可能性を全て拒絶して、咲を支配する一つの解。
嫉妬が呼び起こす歪んだ解釈が、咲の燃え上がる感情に油を注いでいく。
「何してるの?」
咲の声は、彼女自信信じられないほどドスの効いたものになっていた。地獄の底から響くような。
その声に怯えた様子を見せる二人がさらに咲の感情を逆撫でする。
どうしてこんなにも気に障るのか、そんな事さえ頭が回らず、咲は感情の赴くままに二人に詰め寄った。
「咲さん、どうしたんですか? 何をそんなに怒っているのでしょう?」
無理に微笑もうとして引きつった顔で、奥津が言った。
「何してるの? 二人で。」
さらに一歩、咲は踏み出す。奥津の言葉は、問いかけへの答えにはならない。咲の逆なでされた感情は、爆発寸前にまで高まっていた。
「まあ、怖い。」
弟姫がわざとらしく怯えた様子で、奥津にしな垂れかかった。
「弟姫様、大丈夫です私がついておりますから。」
奥津が弟姫を庇う。その姿が、咲の理性を奪った。
「何してるの! 私を馬鹿にしているんでしょう、先生! それに、お前! そんなだから、喰われる羽目になったんだ!」
咲は悲鳴に近い怒声をあげた。
二人の会話はほとんど聞こえていなかった。が、所々聞こえてきた単語が、咲の、この呪われた姿を嘲るようなものだった。そう、咲には受け取れた。
実際の所はともかくとして。
嫉妬と怒りに燃えた咲の顔は、呪いでの変化も相まって、まさに般若のようであった。
「まあ、酷い。それになんて… あの女にそっくりなんでしょう。」
弟姫のその言葉に、ついに咲は彼女に飛び掛かった。
殺シテヤル
喰ッテヤル
咲の意思なのか、かつての女の情念に同調したのか。
目の色まで変えて、咲は弟姫の首を締めあげていた。
「止めてください、咲さん!」
遠くから、奥津の声が聞こえた。すぐ近くに居るのにもかかわらず。一瞬、奥津の声に反応して、弟姫の首を絞める力が弱まるが、制止する声が隣の奥津のものでは無いことを感覚的に理解すると、再び両手に力を込めた。
「駄目です、咲さん、目を覚ましてください!」
やはり遠くから奥津の声がする。咲は戸惑った。
「咲さん、あなたが首を絞めている相手は──」
咲は、必死に咲を止めようとする声が聞こえる方を向いた。
そこには、人型の何かが居た。咲の眼には黒い影にしか映らない。それ、は奥津の声でさらに続ける。
「あなたが誰のつもりで首を絞めてるのか、僕には分かりません。分かりませんが、でも、その人の首を絞めたいわけじゃないでしょう?」
咲は少し冷静さを取り戻す。視線を黒い影から手元に移動する。そこには首を絞められているにもかかわらず、憎たらしい笑みを浮かべた弟姫がいる。
この女を措いて他に、息の根を止めたい相手がいるだろうか。咲は考える。首を絞められているというのに、こんなにも余裕を見せつける、この女…
「咲さん!」
「駄目ですえ、お前さま。それは反則ですえ。」
奥津の声を遮るように、女の声がする。
おとひめ! 咲の頭に一瞬で血が上る、が、ふと手元の女を見る。おとひめだ。
だが、あの声はどこから聞こえた?
ぐらり、眩暈が咲を襲った。心臓が破裂しそうなほど、脈打っている。力が抜け、弟姫の首を絞める手が緩む。
どさりと弟姫が倒れ込む。
咽る音が、聞こえる。眩暈と朦朧とする意識の中、それを耳にした咲はさらに混乱した。
父さま!
女の咽る音ではない。
どちらかと言えば、いや、何度か聞いたことがある。ああそうだ、父さまの咽る時の音だ。
でも、目の前で咽るのは、おとひめなのに?
意味が分からない。
ああ、また頭が痛くなってきた。眩暈がする。気持ちが悪い。
ああ頭の中が、ごちゃごちゃしてきた…
そこで咲は意識を手放した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある?
たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。
ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話?
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
※もちろん、フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる