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幻覚魚:5 【咲の場合-1】
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さらにもう一方、時間は咲が試練の場に着いた頃に巻き戻すと。
「さて、ここがお前の試練の場だ。」
そう言って翁が示すのは、奥津や浦野が向かった洞窟と同じような見た目だった。
暗闇がぽっかりと口を開けている。
咲は、一瞬怯んだ。こんなにも純粋な暗闇の中を進むようなことは今まで一度も経験がなかったからだ。
それでも、翁から灯りを受けとると恐る恐る洞窟に近付く。奥津も父親も同じように1人で向かっていったのだ。
…それに、これはこの身に降りかかった呪いを解くためなに必要なのだ、そう考えると躊躇ってはいられない。
「それじゃあ、行ってきます。」
誰に言うでもなく、自分に決心させるために咲は呟いた。
そろり。
暗闇の中に一歩踏み出す。灯りをかざして中を伺う。
一寸先は闇、と言う言葉が咲の脳裏に浮かんだ。
そろり。
もう一歩踏み出す。灯りが照らすのは、ほんの目の前でしかない。
そろり、そろり。
暗闇への恐怖と戦いながら、咲は洞窟の奥へと向かった。
その歩みは亀のようにゆっくりしていたが、翁は何も言わなかった。若い女のことだ。恐怖を感じてもおかしくはない、と考えていたからだ。
拒否するわけでもなく、恐怖に立ち竦む訳でもなかった咲に、むしろ感心さえしていた。
「さて、と。あの者たちは果たして、幻覚魚の前にどう出ることやら。」
翁は呟いた。
弟姫様の納得のいく答えを見付けなければ、どのみち呪いは解けぬまま。下手をすれば…
「そろそろ、一人目の結果が出る頃合いか。」
奥津を置いてきた方を見やって、翁は独り言ちた。
ほんの数歩先しか照らさない、頼りない灯りに不安を掻き立てられながら、咲は洞窟の中を進んで行った。
頭が痛いのは、どうしてだろう。
咲は、恐怖を断ち切ろうと色々な事を考えて気を紛らせようと思っていた。
思ってはいたが、不意に襲ってきた頭痛に思惑は外れ、頭の痛みに悩まされていた。
暗闇の中でたった一人で、誰にも助けを求められない状況で、割れるような痛みに苛まれ、知らず知らずのうちに恨み言が思考を支配する。
どうして、こんな。
言っても詮無い事、とはもう思えない。今さら、とも思えない。現に、こんなにも苦しい。頭が痛くて仕方がない。
それになんだか、息苦しいし、体が痛い。
おかしい。
咲は、朦朧とし始めた頭で考えた。あんまりにも調子が悪い。
それに、目がおかしい。多分。真っ暗な洞窟の中で、数歩先までしか照らさない灯り一つしか無いせいなのかは分からない。分からないが、くらくらしているような気がする。
おかしくなる。
と、咲は思った。
自分の呼吸の音と足音以外、何の音も聞こえない場所にただ一人。心臓の音が、やたらうるさく聞こえる。
だんだん、自分が何のためにここに居るのかが分からなくなってくる。咲は、そう思い至って、ぞっとした。
体の痛みと、眩暈と、朦朧とする意識。
…いよいよ私は人ではなくなってしまうのではないか。この、地上から切り離された海の底で。人知れず。父親とも、奥津とも離れ離れになって。
この暗闇の中で。ただ一人、醜く姿を変えて。
ぞわり。
背筋を駆け抜けていったのは、恐怖か不安か。…絶望か。
涙が一筋流れた。
咲には、それが何故流れ落ちたのかもう理解できなかった。
「さて、ここがお前の試練の場だ。」
そう言って翁が示すのは、奥津や浦野が向かった洞窟と同じような見た目だった。
暗闇がぽっかりと口を開けている。
咲は、一瞬怯んだ。こんなにも純粋な暗闇の中を進むようなことは今まで一度も経験がなかったからだ。
それでも、翁から灯りを受けとると恐る恐る洞窟に近付く。奥津も父親も同じように1人で向かっていったのだ。
…それに、これはこの身に降りかかった呪いを解くためなに必要なのだ、そう考えると躊躇ってはいられない。
「それじゃあ、行ってきます。」
誰に言うでもなく、自分に決心させるために咲は呟いた。
そろり。
暗闇の中に一歩踏み出す。灯りをかざして中を伺う。
一寸先は闇、と言う言葉が咲の脳裏に浮かんだ。
そろり。
もう一歩踏み出す。灯りが照らすのは、ほんの目の前でしかない。
そろり、そろり。
暗闇への恐怖と戦いながら、咲は洞窟の奥へと向かった。
その歩みは亀のようにゆっくりしていたが、翁は何も言わなかった。若い女のことだ。恐怖を感じてもおかしくはない、と考えていたからだ。
拒否するわけでもなく、恐怖に立ち竦む訳でもなかった咲に、むしろ感心さえしていた。
「さて、と。あの者たちは果たして、幻覚魚の前にどう出ることやら。」
翁は呟いた。
弟姫様の納得のいく答えを見付けなければ、どのみち呪いは解けぬまま。下手をすれば…
「そろそろ、一人目の結果が出る頃合いか。」
奥津を置いてきた方を見やって、翁は独り言ちた。
ほんの数歩先しか照らさない、頼りない灯りに不安を掻き立てられながら、咲は洞窟の中を進んで行った。
頭が痛いのは、どうしてだろう。
咲は、恐怖を断ち切ろうと色々な事を考えて気を紛らせようと思っていた。
思ってはいたが、不意に襲ってきた頭痛に思惑は外れ、頭の痛みに悩まされていた。
暗闇の中でたった一人で、誰にも助けを求められない状況で、割れるような痛みに苛まれ、知らず知らずのうちに恨み言が思考を支配する。
どうして、こんな。
言っても詮無い事、とはもう思えない。今さら、とも思えない。現に、こんなにも苦しい。頭が痛くて仕方がない。
それになんだか、息苦しいし、体が痛い。
おかしい。
咲は、朦朧とし始めた頭で考えた。あんまりにも調子が悪い。
それに、目がおかしい。多分。真っ暗な洞窟の中で、数歩先までしか照らさない灯り一つしか無いせいなのかは分からない。分からないが、くらくらしているような気がする。
おかしくなる。
と、咲は思った。
自分の呼吸の音と足音以外、何の音も聞こえない場所にただ一人。心臓の音が、やたらうるさく聞こえる。
だんだん、自分が何のためにここに居るのかが分からなくなってくる。咲は、そう思い至って、ぞっとした。
体の痛みと、眩暈と、朦朧とする意識。
…いよいよ私は人ではなくなってしまうのではないか。この、地上から切り離された海の底で。人知れず。父親とも、奥津とも離れ離れになって。
この暗闇の中で。ただ一人、醜く姿を変えて。
ぞわり。
背筋を駆け抜けていったのは、恐怖か不安か。…絶望か。
涙が一筋流れた。
咲には、それが何故流れ落ちたのかもう理解できなかった。
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