水底の歌

渡邉 幻月

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幻覚魚:3 【浦野の場合-1】

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一方。咲と浦野は。

時間は少し戻る。
奥津と別れその場に数人の近侍を残し、翁に先導され岩場を進み、もう一つの洞窟までやって来た。
「それではお前の試練の場はこの洞窟だ。」
翁は、浦野に提灯のような灯りを渡し、洞窟の奥を指して言った。

「どうした。」
灯りを受け取ったものの、先へ進むのを躊躇している浦野に翁は声をかける。
「咲は、娘は… 娘もこんなような所に一人で?」
一寸先も見えぬ深い闇がぽっかりと口を開けている。平坦なのか、坂になっているのかもわからぬような場所、自分はともかく娘の咲をそんな危険な場所へ一人で放り込むなど、浦野は今更ながらに後悔していた。だが、翁はそんな浦野には構うことなく言い切る。
「試練だからな。」
「しかし、若い娘が…」
「一人ずつ試練を受けると承知したのではなかったか? 呪いが解けなくても良いと言うのなら構わぬがな。」
「父様、私はだから。先生にも一人で試練を受けてもらってるのに…」
煮え切らぬ様子の父親にさすがに咲が声をかける。今ここで試練を拒否したら、先に臨んだ先生はどうなるのかと。
「うむ… それは、そうなんだが…」
「己の恐怖を隠すために娘を気遣ってるふりをしているのではあるまいな?」
浦野にかけた翁の言葉は冷淡であった。蔑みの視線を投げかけている。
「違う! 娘の無事を約束してくれるなら、すぐにでも!」
「それなら心配するでない。あくまでもこれは試練だ。命を取るためのものではない。」

「…分かった。それでは、行かせてもらう。くれぐれも、娘に危険なことはさせんでくれ。」
浦野はそう言い残し、洞窟の奥へと消えていった。

「では娘、お前の試練の場へ向かおうぞ。」
浦野の姿が洞窟の闇の中に消えていったのを確認した翁が、咲に次の場へ向かうよう促した。翁はここにも数人の近侍を配置していた。
咲は洞窟内に入っていった父親を心配しながらも、翁に従い自分の試練の場へ向かう。

さて、試練に臨んだ浦野だが。

頭が割れるようだ。
浦野は、洞窟の壁面に寄りかかりながらもようやく歩いていた。
ガンガンと、頭の中を叩かれているような酷い痛み。
壁にもたれ掛かりながらだからこそ、なんとか立っていられた。

灯りが照らすのは、ほんの数歩先。あとは闇がただ広がるだけ。
「暗くて良かったのか、悪かったのか…」
浦野は呟いていた。
頭痛も大概辛かったが、意識も朦朧としている、気がしていた。良くも悪くも視界が狭い。体の不調は暗闇に紛れ、痛みしか感じない。

 ぞわり。
壁面が蠢いた。ぞっとして、浦野は灯りを壁面に向ける。壁いっぱいに、見たこともない生き物がへばりついていた。
鰻、蛇、百足、どれにも似ていてどれにも似ていないその生き物に、さすがに浦野も悲鳴をあげた。
あまりの出来事に、頭の痛みなど吹っ飛んでいたが浦野はもう、頭痛も意識が朦朧としていたことも忘れていた。
そこから逃げだそうと、走り出す。

ふ、と上を見上げると。
一つ目の、壁に蠢く生き物より何倍も大きなモノが張り付いていた。
「っ、ひぃ!」
ひきつった悲鳴をあげて、腰を抜かす。
カシャン、と軽い音がして灯りが壊れた。

漆黒の闇に、沈む。
ぞわぞわと生き物が這う音がしているようだった。
浦野は恐怖に襲われる。ただの暗闇だったら、ここまで怯えなかっただろう。だが、今のように中途半端に気味の悪い生き物を目にした後では。それも害があるのかどうかも分からないのだ。
大の男でも、不安が恐怖を煽るだろう。

ふと、淡い灯りが見えた。浦野は見上げる。
 そこには、先ほど見かけた大きな生き物の一つ目だけがやたらと不気味に光っていた。
声にならない悲鳴をあげて、浦野は抜けた腰に鞭打つように這い出した。なんとか立ち上がり、縺れる足を叱咤しながら進む。
先に進んでいるのか、戻っているのかはこの暗闇では分からない。それでも、この場に止まることは浦野には無理だと思われた。

ぞわり、ぞわり。何かが蠢く音がしている。
頭が痛いような気もする。吐き気もする、ような気がする。だが、今はそれどころじゃない。この場を離れなくては。なのに。
前に進んでいるのか、分からない。
ここにいる目的は、浦野の意識から消えていた。
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