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問答
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奥津の声は、夜の波間に呑み込まれていった。
波の音だけが、響く。
「やっぱり人魚はいないんでしょうか。」
奥津は肩を落とした。
けれど、ここにはやはり何か有るはずだ、とも思う。座敷牢から連れてきた、ソレが異様なまでに怯えている。あの朽ちかけた土蔵の座敷牢の中、浦野が食事を持っていく以外で灯りも点かぬような場所でさえ、ここまで怯えなかったのに。
「先生、あそこ…」
じいっと海を見詰めていた咲が、奥津を呼んだ。奥津と浦野は咲の視線を追った。
ぎくり。
瞬間、臓腑を握り潰されたと思えるほど、縮み上がった。
何かが、こちらを窺っている。じぃっ… と。
「あなた、人魚ですか? 僕は、あなたにお伺いしたいことがあって来たのですが。」
意を決して、奥津は沖に向かって言葉を投げた。
「…わたしが、人魚だったとして、おまえさまは何ぞわたしにご用があるのか、皆目検討もつきませぬな。」
冷ややかな声が返ってきた。
まさかの溺れている人間ではない、あんな状態で話せるなら、本当に本物の人魚なのだろう。尤も、浦野家に呪いをかけた人魚とは限らぬが。そう判断して、奥津は更に問い掛ける。
「人魚の呪いについて、教えていただきたくここに来たのです。」
「…人魚の呪い、そのような、物騒なことを、こんな夜更けに。誰か呪いたい相手でもいらっしゃるのかえ?」
そう言って、笑う。闇夜に嘲るような笑い声が不気味に響いた。
「そうではなくて、呪いを解きたいのです。」
奥津が訴える。笑い声が、ぴたりと止まった。
「人魚の呪いにかかっているのなら、それ相応の理由があるのですよ、おまえさま。」
「そうだとして、何代も後の子孫までと言うのは、やりすぎではありませんか?」
途端に、高笑いが響いた。
夜の暗がりに、波間に不気味に満ちる笑い声。
「なにが、やりすぎかえ? わたしは裏切られ、傷付けられ、騙され蔑まれた。わたしの恨みは、まだ消えぬ。」
そう言う人魚の顔は凄みがあった。夜の海が更に、不気味さと恐ろしさを付加する。
「それなら、本人だけ呪えば良かろう。死んだならともかく、ここにきてこうしてまだ生きとるんだ!」
浦野が叫んだ。
正直、人魚の恨みなど理解は出来ぬ。だからなおさら、娘が呪いに苦しむのだけは解せぬ。人魚を騙して喰った本人に、報復すれば良いのだ。
「アハハハハ。醜い姿になったものだ。おまえたち人間など信用できぬ。そのまま呪われ朽ち果てていくがいい。」
「なんでもする! だから、娘は…!」
人魚の悪意ある言葉に、浦野が悲痛な叫びで答えた。
「本当になんでもするのかえ? 人間は嘘を吐くから、信用できぬ。」
なぶるように人魚が言う。
そうして、岩場の四人の顔をじいっと観察した。それから、続けて言った。
「それほどまで言うなら、わたしたちの王に裁かれてみるかえ? 王が赦せば、わたしも赦そう。」
その人魚の言葉を聞き、奥津は浦野父娘の様子を見た。今すぐにでも、その条件に飛び付きそうである。
「それは、どのようなものなのですか? 僕たち全員があなた方の王に裁かれるのですか?」
浦野が二つ返事で答える前に、と、奥津が人魚に尋ねる。
「それは、王が決める。おまえさまたちは、これから竜宮に行きますえ。」
人魚が言うが早いか、先程まで静かだった海原にひときわ大きな波が起こった。
波の音だけが、響く。
「やっぱり人魚はいないんでしょうか。」
奥津は肩を落とした。
けれど、ここにはやはり何か有るはずだ、とも思う。座敷牢から連れてきた、ソレが異様なまでに怯えている。あの朽ちかけた土蔵の座敷牢の中、浦野が食事を持っていく以外で灯りも点かぬような場所でさえ、ここまで怯えなかったのに。
「先生、あそこ…」
じいっと海を見詰めていた咲が、奥津を呼んだ。奥津と浦野は咲の視線を追った。
ぎくり。
瞬間、臓腑を握り潰されたと思えるほど、縮み上がった。
何かが、こちらを窺っている。じぃっ… と。
「あなた、人魚ですか? 僕は、あなたにお伺いしたいことがあって来たのですが。」
意を決して、奥津は沖に向かって言葉を投げた。
「…わたしが、人魚だったとして、おまえさまは何ぞわたしにご用があるのか、皆目検討もつきませぬな。」
冷ややかな声が返ってきた。
まさかの溺れている人間ではない、あんな状態で話せるなら、本当に本物の人魚なのだろう。尤も、浦野家に呪いをかけた人魚とは限らぬが。そう判断して、奥津は更に問い掛ける。
「人魚の呪いについて、教えていただきたくここに来たのです。」
「…人魚の呪い、そのような、物騒なことを、こんな夜更けに。誰か呪いたい相手でもいらっしゃるのかえ?」
そう言って、笑う。闇夜に嘲るような笑い声が不気味に響いた。
「そうではなくて、呪いを解きたいのです。」
奥津が訴える。笑い声が、ぴたりと止まった。
「人魚の呪いにかかっているのなら、それ相応の理由があるのですよ、おまえさま。」
「そうだとして、何代も後の子孫までと言うのは、やりすぎではありませんか?」
途端に、高笑いが響いた。
夜の暗がりに、波間に不気味に満ちる笑い声。
「なにが、やりすぎかえ? わたしは裏切られ、傷付けられ、騙され蔑まれた。わたしの恨みは、まだ消えぬ。」
そう言う人魚の顔は凄みがあった。夜の海が更に、不気味さと恐ろしさを付加する。
「それなら、本人だけ呪えば良かろう。死んだならともかく、ここにきてこうしてまだ生きとるんだ!」
浦野が叫んだ。
正直、人魚の恨みなど理解は出来ぬ。だからなおさら、娘が呪いに苦しむのだけは解せぬ。人魚を騙して喰った本人に、報復すれば良いのだ。
「アハハハハ。醜い姿になったものだ。おまえたち人間など信用できぬ。そのまま呪われ朽ち果てていくがいい。」
「なんでもする! だから、娘は…!」
人魚の悪意ある言葉に、浦野が悲痛な叫びで答えた。
「本当になんでもするのかえ? 人間は嘘を吐くから、信用できぬ。」
なぶるように人魚が言う。
そうして、岩場の四人の顔をじいっと観察した。それから、続けて言った。
「それほどまで言うなら、わたしたちの王に裁かれてみるかえ? 王が赦せば、わたしも赦そう。」
その人魚の言葉を聞き、奥津は浦野父娘の様子を見た。今すぐにでも、その条件に飛び付きそうである。
「それは、どのようなものなのですか? 僕たち全員があなた方の王に裁かれるのですか?」
浦野が二つ返事で答える前に、と、奥津が人魚に尋ねる。
「それは、王が決める。おまえさまたちは、これから竜宮に行きますえ。」
人魚が言うが早いか、先程まで静かだった海原にひときわ大きな波が起こった。
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