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再会は諦めろと、神は言うのだろうか
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今から八年ほど前になるだろうか。スピネルとジャーダ(サプフィール)が別れてから二年後、とも言えるその頃に、魔導具と呼ばれる物が発明され利用され始めた。厳密にはそれより以前から子供だましのような物は出来上がっていたらしい。らしい、と言うのは初めて開発されたのが敵側領地だったからだ。
それは『マナ』というものが認識・研究されたことから始まった。人工的には生成できない、自然界にあふれるエネルギー故に、現在、マナは神の恩恵というのが共通認識になっている。それは植物や鉱物だけでなく人間を始めとした生物にも宿るエネルギーであるが、ほぼ均等に宿るマナも時折一か所に集まることがあった。それが、自然界におけるマナ鉱山と呼ばれる物であり、人であればマナ耐性が高いということになる。
マナ鉱山ではマナが大量に蓄積された物質である魔石が採掘される。その魔石を動力として利用した道具が、所謂『魔導具』であった。この魔石を利用した魔道具がやがて人々の生活水準を上げていくことになるのだが、それはさらに後のことである。
最初は火を起こす程度のものだった。火打石と大差ない程度の代物であったが、戦争の終わらぬ時代、目敏いものはすぐに気付いた。事と次第によっては兵器として化けることに。
そうして、魔道具は戦争兵器として政治的な思惑の中で開発されていく。予算も組まれ、急ピッチで開発されたそれは、魔法のような威力で戦況を変えていった。唯一の欠点は、使用者のマナ耐性に威力が影響されることか。だが、マナ耐性が高い者が使用すれば魔導具一つで文字通り一騎当千の戦果を挙げた。
スピネルの利き腕を切断したのもまた、魔導具であった。
まだ正しく周知されていなかったそれに、油断もあったろうが己の不明をスピネルは恥じた。それ故に、悩みぬいた果てにスピネルは、
「ミアハつったか。アンタの申し出を受ける。」
と、答えた。
腕を切断され、ベッドに転がされていたところに来たのは聖騎士アレッシオと魔工技師ミアハだった。良く分からない機械で何かを測定したかと思ったら、
「君はマナ耐性が高いから、魔導具の義手を使いこなせるだろう。切断された腕が見つからない今、義手を装着して戦場に戻るか、退役軍人として退くかのどちらかだな。」
そう、ミアハは宣告する。
腕があったところで、治癒師は希少な存在である以上回復は期待できないだろうことは、言われずともスピネルも理解していた。だからその二択になるのは仕方がないと思う。強いて言うなら、魔導具の義手があればまた戦場に戻れるという選択肢が遺されていたことだろうか。
「ただ… その魔導具にもランクがあってな…」
とミアハは続ける。研究途中、それも敵地の情報を解析しながらという状況も相俟って、本当の腕と遜色ないレベルのものを用意するとなると費用が嵩むというのが最大のネックだと言う。まして戦争真っ最中だ。
詳しい説明と、質問を何度か繰り返して、
「…他に方法は?」
掠れた声でスピネルが問うと、ミアハは静かに首を横に振る。
「…そうか、分かった。」
自分でもぞっとするほど低い声だと、スピネルは思った。
金ならどうにかできるだろう。あの、ジャーダの叔父がよこした全てを使えば。
君に会う資格は、これで無くなるだろう。それでも君が健やかに過ごせる世界が訪れるように、君のために最後まで戦おう、ジャーダ。
「さよならだ。」
スピネルは誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、そうして
「ミアハつったか。アンタの申し出を受ける。」
と、答えた。
「あれから、八年か。」
スピネルは破損してアタッチメントから先が無くなった自分の腕を見て呟いた。
よく持ったと思う。さすが最高級の義手、と言ったところか。と、どこか冷静に考えていた。マナを流せば本物の腕と遜色ない動きを見せ、腕力(と言っていいのか不明だが)は本物以上、もちろんベースが金属でできていることもあって強度も格段に上がっている。
どうでも良くなった、と言ってもいい。あの時、あの金に手を着けた瞬間から。否、腕が切断された瞬間らそうだったかもしれない。
「まあ、今さらどうでもいいくらいの誤差か。」
腕を切断される前より、さらに荒ぶって戦場を駆け巡った。丁寧なのか雑なのか良く分からない扱いで、だいぶ酷使した自覚はある。その割に終戦まで多少の不調くらいで済んだのは義手を作ったミアハの腕がずば抜けてよかったからだろう。
尤も、メンテナンスの度に小言を言われたが。
「どうしたの?」
隣に座っている女の声に、スピネルは我に返った。
「いや、昔のことを思い出してた。」
「昔?」
「腕が無くなった時だよ。ま、いいだろ。こんな話、酒が不味くなる。」
酒は楽しく吞まなきゃな、そう言ってスピネルは酒を呷った。
無事でいるかも、分からないなんて。一抹の不安がスピネルの心を占める。終戦後、せめて無事でいる姿だけでも確認したくてジャーダの足取りを追ったが、一目どころか所在すら掴めずに今に至る。日に日に、不安と焦燥にかられるが何も変わらない。
今は大衆酒場の喧騒だけが、スピネルの不安と焦燥を束の間消し去る。
それは『マナ』というものが認識・研究されたことから始まった。人工的には生成できない、自然界にあふれるエネルギー故に、現在、マナは神の恩恵というのが共通認識になっている。それは植物や鉱物だけでなく人間を始めとした生物にも宿るエネルギーであるが、ほぼ均等に宿るマナも時折一か所に集まることがあった。それが、自然界におけるマナ鉱山と呼ばれる物であり、人であればマナ耐性が高いということになる。
マナ鉱山ではマナが大量に蓄積された物質である魔石が採掘される。その魔石を動力として利用した道具が、所謂『魔導具』であった。この魔石を利用した魔道具がやがて人々の生活水準を上げていくことになるのだが、それはさらに後のことである。
最初は火を起こす程度のものだった。火打石と大差ない程度の代物であったが、戦争の終わらぬ時代、目敏いものはすぐに気付いた。事と次第によっては兵器として化けることに。
そうして、魔道具は戦争兵器として政治的な思惑の中で開発されていく。予算も組まれ、急ピッチで開発されたそれは、魔法のような威力で戦況を変えていった。唯一の欠点は、使用者のマナ耐性に威力が影響されることか。だが、マナ耐性が高い者が使用すれば魔導具一つで文字通り一騎当千の戦果を挙げた。
スピネルの利き腕を切断したのもまた、魔導具であった。
まだ正しく周知されていなかったそれに、油断もあったろうが己の不明をスピネルは恥じた。それ故に、悩みぬいた果てにスピネルは、
「ミアハつったか。アンタの申し出を受ける。」
と、答えた。
腕を切断され、ベッドに転がされていたところに来たのは聖騎士アレッシオと魔工技師ミアハだった。良く分からない機械で何かを測定したかと思ったら、
「君はマナ耐性が高いから、魔導具の義手を使いこなせるだろう。切断された腕が見つからない今、義手を装着して戦場に戻るか、退役軍人として退くかのどちらかだな。」
そう、ミアハは宣告する。
腕があったところで、治癒師は希少な存在である以上回復は期待できないだろうことは、言われずともスピネルも理解していた。だからその二択になるのは仕方がないと思う。強いて言うなら、魔導具の義手があればまた戦場に戻れるという選択肢が遺されていたことだろうか。
「ただ… その魔導具にもランクがあってな…」
とミアハは続ける。研究途中、それも敵地の情報を解析しながらという状況も相俟って、本当の腕と遜色ないレベルのものを用意するとなると費用が嵩むというのが最大のネックだと言う。まして戦争真っ最中だ。
詳しい説明と、質問を何度か繰り返して、
「…他に方法は?」
掠れた声でスピネルが問うと、ミアハは静かに首を横に振る。
「…そうか、分かった。」
自分でもぞっとするほど低い声だと、スピネルは思った。
金ならどうにかできるだろう。あの、ジャーダの叔父がよこした全てを使えば。
君に会う資格は、これで無くなるだろう。それでも君が健やかに過ごせる世界が訪れるように、君のために最後まで戦おう、ジャーダ。
「さよならだ。」
スピネルは誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、そうして
「ミアハつったか。アンタの申し出を受ける。」
と、答えた。
「あれから、八年か。」
スピネルは破損してアタッチメントから先が無くなった自分の腕を見て呟いた。
よく持ったと思う。さすが最高級の義手、と言ったところか。と、どこか冷静に考えていた。マナを流せば本物の腕と遜色ない動きを見せ、腕力(と言っていいのか不明だが)は本物以上、もちろんベースが金属でできていることもあって強度も格段に上がっている。
どうでも良くなった、と言ってもいい。あの時、あの金に手を着けた瞬間から。否、腕が切断された瞬間らそうだったかもしれない。
「まあ、今さらどうでもいいくらいの誤差か。」
腕を切断される前より、さらに荒ぶって戦場を駆け巡った。丁寧なのか雑なのか良く分からない扱いで、だいぶ酷使した自覚はある。その割に終戦まで多少の不調くらいで済んだのは義手を作ったミアハの腕がずば抜けてよかったからだろう。
尤も、メンテナンスの度に小言を言われたが。
「どうしたの?」
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「いや、昔のことを思い出してた。」
「昔?」
「腕が無くなった時だよ。ま、いいだろ。こんな話、酒が不味くなる。」
酒は楽しく吞まなきゃな、そう言ってスピネルは酒を呷った。
無事でいるかも、分からないなんて。一抹の不安がスピネルの心を占める。終戦後、せめて無事でいる姿だけでも確認したくてジャーダの足取りを追ったが、一目どころか所在すら掴めずに今に至る。日に日に、不安と焦燥にかられるが何も変わらない。
今は大衆酒場の喧騒だけが、スピネルの不安と焦燥を束の間消し去る。
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