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失ったものは ~スピネルサイド③~

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 何の感動もなく、スピネルはただひたすら剣を振るった。ジャーダと別れてから二年ほど経っただろうか。怒りはまだ収まらず、憎悪がその暗い炎でスピネルを焼き尽くすように燃え上がる。何度考えても、ジャーダの叔父への負の感情は消えることなく、考えるほどより一層、スピネルを追い立てた。
それが、彼の原動力となった。常人なら目を覆うような凄惨な戦場でも、スピネルの心は揺らぐことなく、ひたすら前進する。やがて、正規軍の中でもより中枢に近い将校の耳にも彼の活躍が入るようになる。

 禍が転じて福と為すなら、その逆もまた然り。正規軍の中で、序列が上がろうかという頃に、スピネルは。

「…くそが。」
ベッドの上でスピネルは悪態を吐いた。誰に対してでもない、あえて言うなら自分自身に。前線からほど遠い補給部隊の陣で、深手を負ったスピネルは簡易ベッドに押し込められ、大人しくしていろと説教されたところだった。
 剣士が、戦場で剣を振るわずに、ベッドの上に寝転んで居るとは。そう思えば思うほど、むかむかとしては、無意味に悪態を吐くしかなかった。

 絶望っていうのは、きっと今のオレみたいな姿なんだろう。と、天井を睨んだままスピネルは考える。ジャーダとの別れはいきなり過ぎてショックだったし、悲しくもあったが絶望を感じるほどではなかった。その後、あのバカげた残高を見て、ジャーダの叔父への怒りと憎悪を抱いたがそれは絶望とは程遠かった。
「オレの矜持が、…」
悔しさ以上に、突き刺さる。もろくも崩れ去った己の剣士としての矜持を、どうにかして取り戻したいと考える。ただもう一度だけでいい、一目ジャーダの姿を見るまでは。
…我ながら女々しいこった、とスピネルは呟いた。どうしてこんなにも、ジャーダに執着するのだろうか、と、することもできることも今は無いスピネルはジャーダの姿に思いを馳せる。分からない、ただ、あの翡翠の目が。やせ我慢して大人に見せようとする、いっそ健気な姿が。
「もう一度会えたら、あとはもうなにも望まない。」
一目惚れ、それ以上説明もつかないとスピネルは静かに目を閉じた。

戦場特有のざわめきを蹴散らすような乱暴な足音が近付いてくる。そっと目を開けると、まさにベッドの近くへ歩み寄ってくる数人の人影がスピネルの視界に入った。
「スピネル、聖騎士のアレッシオ殿と魔工技師のミアハ殿だ。」
救護班の班長がそう言って、二人をスピネルに紹介した。

 今後についての話を、アレッシオとミアハとすることになった。彼らの、特に魔工技師ミアハの説明を聞くに従い、スピネルの表情は険しく、顔色はより一層悪くなっていった。
「…他に方法は?」
掠れた声でスピネルが問うと、ミアハは静かに首を横に振る。
「…そうか、分かった。」
自分でもぞっとするほど低い声だと、スピネルは思った。
絶望の底、暗闇の世界、ここにはもう何もないのかもしれないとスピネルは深く息を吐いた。それでも、ジャーダは生きているのだろう。君がいる世界なら、君が幸せになってくれるなら、その礎になれるなら。オレは。

君に会う資格は、これで無くなるだろう。それでも君が健やかに過ごせる世界が訪れるように、君のために最後まで戦おう、ジャーダ。
「さよならだ。」
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