ルナーリア大陸の五英雄 Ⅰ 十年越しの初恋〜荒み切った英雄が最愛に再び巡り合うまで〜 ※旧タイトル:Primo amore

渡邉 幻月

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手合わせとか、また面倒な

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 スピネルが視線を向けるとそこにはブルネットの兵士がいた。あの時のやけに好戦的だった方か、と妙に納得したところで、
「ルーク、まだサプフィール様から明確な指示は出ていませんよ。」
とアイザックが制止する。二人の顔を見比べながら、酒場での出来事を思い出す。亜麻色の髪アイザックがブルネットのストッパーの役割でもしているんだろうか、とスピネルは考える。
「…今日付でここの所属になる。あとのことはレオの指示に従うと良い。」
サプフィールはそう言って踵を返した。
「お戻りですか?」
「ああ。見送りはいいぞ。」
「サプフィール様、お忙しいですか? もしお時間がありましたら、一戦ご覧になっていかれませんか?」
にこにこと悪気の無い笑顔でレオが提案する。

「…おいおい、その一戦てのはオレとそのブルネットの兄ちゃんとか?」
めんどくさそうな声でスピネルが横から割り込んだ。
「ああ、そうだ。みんな銀狼の実力が知りたくてうずうずしてるんだ、その筆頭がコイツなんだがな?」
と、ぽんとブルネットの頭に手を置いてレオが答える。
「義手が無いみたいだが、模擬戦程度なら余裕だろう?」
「…義手がねぇの気付いてて提案すんのか、てめぇは。」
実際問題、酒も抜けた状態で一対一の模擬戦なら片腕でもこなせる自信はスピネルにはあった。ただ、勝っても負けてもめんどくさそうな相手だと溜息を吐いた。

「…面白そうだな。すぐに対戦できるのか。」
一連のやり取りを黙って見ていたサプフィールが口を開いた。
「ルークは… 大丈夫そうだな。スピネルも平気だろ? 武器は好きなのを選んでくれ。サプフィール様、あまりお待たせする事無く開始できます。」
そうだった、こいつあんまり人の話を聞かないヤツだった、とスピネルはまた溜息を吐いて模擬刀から一振り選ぶ。対戦相手は望み通り一戦交えられるせいか細かい事は気にしていないらしい。
自分から言い出したこととは言え、面倒な毎日が始まりそうだと三度目の溜息を吐いた。

 野外の訓練場の中央でスピネルはブルネットの兵士――ルークと向き合って立っていた。あの後、あれよあれよという間に模擬戦の準備は整えられこうしてこの場に居た。サプフィールも観戦するようで、いつの間にか設えられていた席にちゃっかりと納まってる。

「どうすっかな…」
左手で持った模擬刀に視線を落としスピネルは呟いた。
 勝っても負けてもめんどくさいなら、勝っておいた方が執事を納得させやすいかもしれない。さっきまでのレオの話で、オレが銀狼だとは認識できたのだろうがまだ肚落ちはしていないような気配だった。ここで実力を見せておけば、少なくともここにいる理由にはなるだろう。そこまで考えてようやくスピネルは腹を決めた。
 ルークの方は既に準備万端のようで、やる気に満ちている。審判役のレオがスピネルとルークに視線を送り二人の状態を確認したところで、
「始め!!」
模擬戦開始の合図を出した。

レオの掛け声と同時にルークが速攻で仕掛ける。好戦的な性格通りっつうか戦術も駆け引きもクソもねぇなあ、と半ば呆れ気味にスピネルは攻撃をいなす。
左手は利き手ではないが、師の許に居た時には右手を負傷した前提の修行が、傭兵時代に至っては実際右腕を損傷していた時期がありそれなりに武器が扱える。それなりと言っても、元が元なだけあって下手な兵士など目ではない。
何より、踏んだ場数が違う。ルークも手練れの一人なのだろうが、あの戦争での実戦経験があるスピネルに敵うべくもない。

「筋は悪くないのに… まあ、相手が悪かったよ、なっ、」
何度かの鍔迫り合いの後、スピネルはルークの武器を弾き飛ばしてそのまま流れるように切っ先をルークの喉元すれすれで止める。
「そこまで!」
レオが終了の合図を送る。

「納得できねぇってツラだな?」
スピネルはルークに声をかけた。
「だって手加減してたでしょ? 手加減されてそのうえ負けるとか…」
ルークは悔しそうに顔を歪めている。
「アンタ、動きが直線的過ぎだと思うぜぇ。ま、スピードはあるから、適当な相手には余裕で勝てるだろうけどな?」
白兵戦など経験もないのだろう。…いいことだ、とスピネルは思う。そのために自分たちは必死に戦ってきたのだから。

「暫く名前を聞かなかったからどうしていたかと思ったが、なかなかどうして衰えていないな! みんな集まれ! 今日付けで仲間になるスピネルだ。銀狼なら聞いたことあるヤツも多いだろう。こいつはホンモノだ。実力は見ての通りだ!」
レオが訓練場全体に響くような大声でそう叫んだ。

ホンモノ…
スピネルは呟いた。偽物が居たってことか。まあ、名前の影響力を考えれば偽物がいてもおかしくはないか。ミアハたちと違って、ずっと表舞台から離れていたのだ。そこまで考えて納得する。この模擬戦は必要だったのだ。ホンモノの“銀狼”であることを示すために。

「サプフィール様、お時間をいただきありがとうございました。彼は紛う方なき銀狼です。彼の身元も実力も私が補償いたしましょう。」
恭しく一礼してレオはサプフィールに言った。サプフィールは鷹揚に頷いて、
「後のことは任せる。」
そう言い残して執務室へ戻っていった。
多少のわだかまりはあったが、それを口にする訳にもいかなかった。彼が執務室に戻るなり人払いして不満をぶちまけるのはまた別の話しである。

「今後についてなんだが… ま、しばらくは他の兵士たちと同じ扱いになっちまうな。」
がっしりと肩を組んでレオがスピネルに言う。
「まあ、しょうがねえよ。ちょっとは聞いてんだろ? オレのこと。」
「酒場で酔っ払ってサプフィール様に絡んだんだろ?」
「要約するとそうだな。だから、お前もオレに気を遣って特別扱いとか、昇進させようとか考えなくていいぜ。」
そうか、とレオは呟いて組んでいた肩を外した。
「細かい説明はアイザックに任せる。訓練や業務の割り振りは明日からでいいぞ。」
そうスピネルに言うと、その案内役になるアイザックに指示を出す。
 この日は、宿舎や食堂などの施設の案内・訓練と兵士の業務のスケジュールの説明などをアイザックから説明されて終わった。
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