ルナーリア大陸の五英雄 Ⅰ 十年越しの初恋〜荒み切った英雄が最愛に再び巡り合うまで〜 ※旧タイトル:Primo amore

渡邉 幻月

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過去との邂逅

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「…なんとおっしゃられましたか? その者を雇うと聞こえましたが…」
仮面を着け直し、サプフィールは執事を呼び出した。そうしてスピネルとの密約には触れぬよう、彼を雇い入れることにしたとだけ執事に伝えたのだった。そのサプフィールの指示を聞いた執事が狼狽した様子で主に問いかけたところだ。

「その通りだ。常備軍に雇い入れる。…彼は銀狼だ。聞いたことがあるだろう? 先の戦争の功労者だ。あんな生活をさせておいていいものではない。」
「銀狼… しかし…」
銀狼という言葉に執事の顔色が変わったのを、サプフィールは見逃さなかった。スピネルが自ら言うだけのことはあるのかもしれない。自分が知っている以上に、その二つ名の影響力はあるのだろう。それでも、執事が渋っている。…本当に何をしてくれたんだろうかスピネルは。

「性根のことを心配しているのなら、兵士長に言って叩き直してもらえばいいのではないか? このまま放置するより、その方がゆくゆくは良い結果になると思うが。」
溜息を吐きたい気持ちを抑え、サプフィールは執事を説得する。
 言ってくれるなあ、とスピネルは呑気にサプフィールと執事の様子を眺めていた。執事に勘付かれても面倒なので、彼を小ばかにするような笑みを忘れずに。
「いえ、それもありますが、五英雄はそれぞれ領地を与えられたりギルドマスターの地位に就くなどの褒章があったはずです。そんな方が、あんな場所にいるなど…」
とても銀狼本人とは思えません、と執事はスピネルの方へ視線を向けて言った。
「…そう言えばそうだな。スピネル、お前褒章はどうしたんだ?」
執事の言葉になるほどと頷いて、サプフィールはスピネルの方を向く。
「ん? 領主にしろギルドマスターにしろ、傭兵上がりのオレにゃ面倒で仕方がねえなって思ったから、適当に金だけもらったなぁ。」
相変わらずへらへらとした調子でスピネルが答えると、
「確かに、銀狼は傭兵から成りあがったという話ですが、それは誰でも知っている話ではありませんか。」
と、執事はむっとした様子を隠そうともせず反論した。
「まァ、嘘だと思うならアレッシオやミアハ辺りに確認すればいいんじゃねえの?」
「英雄を呼び捨てなど…!」
「オレが様付けであいつらを呼んだら、卒倒するだろうぜ。呼びつけてやってもいいぜ、誰が良い? 全員か? あいつらそれなりに忙しいだろうから、全員集合は難しいだろうが一人ずつならいけると思うぜ?」
どこまで執事を煽れば気が済むのだろう、とサプフィールはスピネルの様子を窺う。楽しそうに見えるんだよなあ、そう思うとどこまで本気でいるのか分からず眉間にしわが寄る。

「…そう言えば、兵士長はあの戦争の正規軍に所属していたことがあったな?」
ふと、サプフィールは思い出す。わざわざ英雄を呼ばずとも、あの時軍に所属していたのなら英雄の顔も見たことくらいあるだろう。
「そう言えばそうでした。兵士長に確認させましょう。そうすれば小細工など出来るはずもないでしょうから。」
執事もサプフィールに賛同する。
一方のスピネルは、そんな奴がいるんだなあ、などと他人事のように考えていた。

「…。本当に銀狼だというのなら、先の戦争の功労者をあのような有様にしておくのは良い事ではないと私めも思います。それでは兵士長を呼びましょうか。」
渋々と言った調子で、執事は伺いを立てる。スピネルの代わりに彼が辞めると言い出さなかったことに、サプフィールはほっと胸を撫で下ろすのだった。もちろん、こっそりと。

「いや、今の時間は訓練中だったはずだ。こちらから出向こう。」
「畏まりました。」
執事はそう答えて一足先に兵士長に事の次第を伝えに向かった。
「…スピネル、行くぞ。」
サプフィールは立ち上がると、そう声をかける。
「はいはい。」
今さら演技の必要もないだろうに、徹底している所がまた憎らしい。確かに、メイドたちが見ているかもしれないと言われればそうなのだが。

 二人は本館を出て、訓練場へ向かった。渡り廊下の先には兵舎と食堂が併設されている。その規模からスピネルはざっとした兵士数を弾き出したところで一人苦笑した。
…まだ、こんなことを息をするようにしてしまうのか。と、心の中で呟く。
傭兵だった頃の癖、というよりは銀狼と呼ばれ始めた頃に身に染み付いてしまった癖だ。概数で敵の戦力を割り出しては最も効率よく攻められる弱点を見出みいだす。そうしてそこに一番槍よろしく単騎で攻め入っては敵を屠ってきた。
…ここは、サプフィールの治める領内だ。こんなこと、する必要もないのに。
 随分と血生臭くなったものだ、と自嘲する。サプフィールに出会った頃には既に傭兵だったのだから、それなりに血生臭くはあっただろうが、それでもここまででは無かったはずだ。
 ジャーダに会いたかった。一目、その姿を目に出来たらいいとは思っていた。だけど、名乗り出るつもりも無かった。それは何より自分が獣に身を落としたと感じていたからだ。
「銀狼、か…」
声にならない声でスピネルは呟いた。今さらだ。何度、師匠に言われたことか。なのに今さらになって、師匠の言葉が胸に突き刺さる。

『力に溺れてはいけないよ。敵を屠ることを目的にしてはいけないよ。そうなってしまっては、もうただの獣と同じだ。』

 サプフィールの隣に相応しいのだろうか。とスピネルは考える。
…それを決めるのはオレじゃねえか。
いつか、いつの日かサプフィールに見限られたとして、その時は大人しく立ち去ろう。今は、傍に居てもいいと言ってくれる間だけは。

 兵士たちの掛け声や、金属がぶつかり合う音がだんだんと大きくなってくる。訓練場がもう目の前だった。
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