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こんな別れ方を望んだわけじゃないけれど

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 あの日から、ようやく一ヶ月が過ぎただろうか。
「…やっぱり痕は残っちまうんだな、」
痕の残ったジャーダの頬を撫でて、スピネルは悲し気に言った。そういうお前の方が過労でやつれたじゃねえか、と毒づきたい衝動に襲われながらジャーダは『気にしないで』とスピネルの手のひらに文字を書く。

 もう、どうにもスピネルが哀れに思えて仕方が無くて、ジャーダはこっそり叔父に手紙を出すことにした。以前は、ゆっくりだがお人よしの傭兵と一緒にネーヴェに向かっているから心配はいらないという内容で手紙を出した。叔父にはネーヴェが近付いたらまた連絡をするから迎えに来て欲しいとも認めていたが、改めて、正直に事の次第を書き連ねスピネルを開放してやりたいからどうにか迎えに来てもらえないか、という手紙を出した。それが二週間前のことだ。一週間前、叔父から返事が届いていた。叔父自ら護衛を引き連れ迎えに行くとのことだった。
 スピネルに内緒で話を進めていることに、ジャーダはほんの少し罪悪感を覚えていた。まるで彼を信用していないようで、彼を裏切っているようで。だけど、やつれていくスピネルを見るだけの毎日が、ジャーダには辛かった。

 ジャーダの治療費と宿代、そして路銀を稼ぎまくったスピネルはここ二、三日は宿に居る。からと言って、休んでいるわけではない。いそいそとジャーダの身の回りの世話をやくのだ。
『ゆっくり休んで』
と言うジャーダの言葉にも、
「休んでるぜえ?」
と笑って答える。けれど、ジャーダにはどうにも悲壮感が漂っているようにしか見えない笑みだった。
…ああ、やっぱりおれから解放してやるしかない。ジャーダは叔父が到着するのを今か今かと待ち望んだ。

 それから二日後、ジャーダの叔父がジャーダたちの居るテンペスタの町に到着した。町に到着するなり叔父はギルドに立ち寄り事情を確認し、すぐにジャーダの宿泊する宿に向かった。
 事情は甥の手紙で把握はしている。が、書かされているという疑惑は拭い去れない。故にまずはギルドに状況を確認し、宿に向かうと宿の主にも確認を取る。
 少なくともテンペスタの町でのことは甥の手紙の内容と相違ない事を、彼は知る。スピネルという少年傭兵が、今のところは甥に害をなす存在ではなさそうだ、と判断した。あくまでも今のところは、だ。
 だが、もし。甥がフィルマメント領の領主の令息・サプフィールであると知ったらどうなるだろうか。そして叔父である自分がピオッジャ領の領主であると知ったら。そこまで考え、彼は身分を隠したまま甥を引き取ることにした。甥への厚意の数々へはそれなりの礼をしよう。ただし、正体がバレぬ様ギルドを通してだ。

 そう決めてからの行動は素早かった。伊達に領主ではない。サプフィールと二人で会い、今後の展開について打ち合わせをする。とは言え、ほぼ彼の計画をそのまま実行に移すのに、サプフィールに話を合わせるように指示するだけだったが。
 サプフィールも、スピネルを早く自分から解放してやりたいと考えているから、特に叔父の計画に反対はしなかった。ただ、ちゃんと礼を伝えてから別れたい、という事だけは要求したが。

 叔父は、領主ではなくピオッジャの豪商としてスピネルの前に現れた。
「甥を助けてくれてありがとう。」
反論させないよう大人気ないと認識しつつも、最大限の威圧感を醸し出しスピネルに礼を言う。
「あとは、私が連れて帰ろう。今までの礼はギルドに振り込ませてもらおうと思っている。君が甥にしてくれたことを確認したら、どうも手持ちでは足りなそうだ。ああ、すまんね。こんなご時世だからね、あまり金は持ち歩かないようにしているんだ。」
そうして、早口でまくし立てる。
「あ、まあ、そうですね。野盗も増えたし…」
さすがのスピネルも、彼の迫力に気圧され当たり障りのない言葉しか返せない。
「じゃあ、お礼をいいなさい。」
そう言って叔父はサプフィールに言う。さっさと縁を切ってしまえとばかりに。

サプフィールは頷き、スピネルの手を取った。
『今まで本当にありがとう。叔父さんに会えたのも、スピネルのおかげだ。叔父さんと帰るけど、スピネルも元気でね。怪我しないでね。さようなら。』
随分酷い事をしていると、サプフィールは思った。だけど、こうでもしないとスピネルは自分のせいで潰れてしまうだろう。もともと叔父の居るネーヴェまで連れていってもらう約束だった。それが少し手前になっただけの話だ。
 サプフィールはそう自分に言い聞かせる。「さあおいで。」叔父の言葉に従って、叔父の用意した馬車に乗り込む。ふ、と振り返る。

 サプフィールは、その時に見たスピネルの顔を一生忘れられないだろう、そう思った。

『ジャーダ』は声が出ないことになっている。最後の別れもかけられないまま、馬車は走り出した。
ジャーダの心も、置き去りにしたまま。
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