ルナーリア大陸の五英雄 Ⅰ 十年越しの初恋〜荒み切った英雄が最愛に再び巡り合うまで〜 ※旧タイトル:Primo amore

渡邉 幻月

文字の大きさ
上 下
7 / 31

こんな別れ方を望んだわけじゃないけれど

しおりを挟む
 あの日から、ようやく一ヶ月が過ぎただろうか。
「…やっぱり痕は残っちまうんだな、」
痕の残ったジャーダの頬を撫でて、スピネルは悲し気に言った。そういうお前の方が過労でやつれたじゃねえか、と毒づきたい衝動に襲われながらジャーダは『気にしないで』とスピネルの手のひらに文字を書く。

 もう、どうにもスピネルが哀れに思えて仕方が無くて、ジャーダはこっそり叔父に手紙を出すことにした。以前は、ゆっくりだがお人よしの傭兵と一緒にネーヴェに向かっているから心配はいらないという内容で手紙を出した。叔父にはネーヴェが近付いたらまた連絡をするから迎えに来て欲しいとも認めていたが、改めて、正直に事の次第を書き連ねスピネルを開放してやりたいからどうにか迎えに来てもらえないか、という手紙を出した。それが二週間前のことだ。一週間前、叔父から返事が届いていた。叔父自ら護衛を引き連れ迎えに行くとのことだった。
 スピネルに内緒で話を進めていることに、ジャーダはほんの少し罪悪感を覚えていた。まるで彼を信用していないようで、彼を裏切っているようで。だけど、やつれていくスピネルを見るだけの毎日が、ジャーダには辛かった。

 ジャーダの治療費と宿代、そして路銀を稼ぎまくったスピネルはここ二、三日は宿に居る。からと言って、休んでいるわけではない。いそいそとジャーダの身の回りの世話をやくのだ。
『ゆっくり休んで』
と言うジャーダの言葉にも、
「休んでるぜえ?」
と笑って答える。けれど、ジャーダにはどうにも悲壮感が漂っているようにしか見えない笑みだった。
…ああ、やっぱりおれから解放してやるしかない。ジャーダは叔父が到着するのを今か今かと待ち望んだ。

 それから二日後、ジャーダの叔父がジャーダたちの居るテンペスタの町に到着した。町に到着するなり叔父はギルドに立ち寄り事情を確認し、すぐにジャーダの宿泊する宿に向かった。
 事情は甥の手紙で把握はしている。が、書かされているという疑惑は拭い去れない。故にまずはギルドに状況を確認し、宿に向かうと宿の主にも確認を取る。
 少なくともテンペスタの町でのことは甥の手紙の内容と相違ない事を、彼は知る。スピネルという少年傭兵が、今のところは甥に害をなす存在ではなさそうだ、と判断した。あくまでも今のところは、だ。
 だが、もし。甥がフィルマメント領の領主の令息・サプフィールであると知ったらどうなるだろうか。そして叔父である自分がピオッジャ領の領主であると知ったら。そこまで考え、彼は身分を隠したまま甥を引き取ることにした。甥への厚意の数々へはそれなりの礼をしよう。ただし、正体がバレぬ様ギルドを通してだ。

 そう決めてからの行動は素早かった。伊達に領主ではない。サプフィールと二人で会い、今後の展開について打ち合わせをする。とは言え、ほぼ彼の計画をそのまま実行に移すのに、サプフィールに話を合わせるように指示するだけだったが。
 サプフィールも、スピネルを早く自分から解放してやりたいと考えているから、特に叔父の計画に反対はしなかった。ただ、ちゃんと礼を伝えてから別れたい、という事だけは要求したが。

 叔父は、領主ではなくピオッジャの豪商としてスピネルの前に現れた。
「甥を助けてくれてありがとう。」
反論させないよう大人気ないと認識しつつも、最大限の威圧感を醸し出しスピネルに礼を言う。
「あとは、私が連れて帰ろう。今までの礼はギルドに振り込ませてもらおうと思っている。君が甥にしてくれたことを確認したら、どうも手持ちでは足りなそうだ。ああ、すまんね。こんなご時世だからね、あまり金は持ち歩かないようにしているんだ。」
そうして、早口でまくし立てる。
「あ、まあ、そうですね。野盗も増えたし…」
さすがのスピネルも、彼の迫力に気圧され当たり障りのない言葉しか返せない。
「じゃあ、お礼をいいなさい。」
そう言って叔父はサプフィールに言う。さっさと縁を切ってしまえとばかりに。

サプフィールは頷き、スピネルの手を取った。
『今まで本当にありがとう。叔父さんに会えたのも、スピネルのおかげだ。叔父さんと帰るけど、スピネルも元気でね。怪我しないでね。さようなら。』
随分酷い事をしていると、サプフィールは思った。だけど、こうでもしないとスピネルは自分のせいで潰れてしまうだろう。もともと叔父の居るネーヴェまで連れていってもらう約束だった。それが少し手前になっただけの話だ。
 サプフィールはそう自分に言い聞かせる。「さあおいで。」叔父の言葉に従って、叔父の用意した馬車に乗り込む。ふ、と振り返る。

 サプフィールは、その時に見たスピネルの顔を一生忘れられないだろう、そう思った。

『ジャーダ』は声が出ないことになっている。最後の別れもかけられないまま、馬車は走り出した。
ジャーダの心も、置き去りにしたまま。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

処理中です...