新説・蜘蛛の糸 ~転生ヒロインと逆ハーエンドの向こう側~

渡邉 幻月

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後編

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一番最初の人生を送ったサヨは、不遇と言えば不遇だった。と、神は認識していた。親にも学友にも恵まれず、就職先もブラック企業という有様には、個人に肩入れをしないことにしている神も同情を覚えた。
ただ、同情はしたがそれだけだった。別に不幸なのは、不遇なのはサヨだけではない。不遇だからという理由で手助けしていれば、いずれ世のコトワリひずみが生じてゆくゆくは世界が崩壊してしまう。誰か一人を特別扱いする訳にもいかないが故、神は何時でも傍観者であった。

『カミサマ、ドウカさよヲタスケテ』
神に祈るか細い声が、神の元に届いたのはサヨが過労の末倒れた時であった。神に祈ったのは、一匹の蜘蛛だった。
「ふむ、種族の違う相手を助けようというのか。」
 その蜘蛛は、かつてサヨが見逃した蜘蛛だった。『朝の蜘蛛は殺してはいけないよ』という祖母の言葉に、一度は始末しようとした手を止めて窓の外にサヨが逃がしたのだ。殺気を感じ殺されるのだと察知した次に逃がされたことで、蜘蛛はとても恩義を感じておりそっとサヨを見守っていた。そうしてサヨが倒れたのを発見し、神に祈りを捧げたのだ。

「なるほど、そうか。それならば…」
蜘蛛の切なる願いに、種族を超えた慈悲ならば例外を作っても良いかと神は考えた。哀れな境遇だったことも鑑みて、神は異世界に転生させることにした。転生先の世界に、何か新しい風を齎してくれるなら、それも良いことかもしれないと思ってのことだった。

 だが、蓋を開けてみればどうだろうか。
サヨは己の欲望を満たすためだけに、知識を利用し、他人を蹴落とし、そうして努力などする気配もない。悪役令嬢とやらを断罪して高笑いする始末に、神は加護を全て取り払った。後に残ったのは我欲に塗れた少女一人。結局彼女も断罪されて哀れな末路を辿った。
 加護を与えすぎたのかもしれない。否、サヨの記憶のせいだろうか。そう考えた神はやり直しの人生を与えた。

 それが第三王女の人生だった。だが、どういうことか彼女は恋に溺れ我儘を通し、自ら破滅への道を辿った。
「次は、平民の子に生まれたい。」と言う願いを遺して。
蜘蛛が神に希う。神は仕方がない、と平民の子として生まれ変わらせた。
 平民の子の人生も、恋をしてからは転げ落ちるように自滅の道を辿っていく様に、前世の王女だった頃の記憶を戻してみた。サヨの記憶とヒロインの記憶は、自爆するのではと考え、あえて前世のものだけ与えたが、反省や努力する気配は見られず、結局は寂しい死を迎えることになる。「また生まれ変われるなら、私と釣り合う人と出会えますように。どんな身分でもいいから、どうか神様、」と願いながら。

 蜘蛛が、最後の力を振り絞り、神に願う。
「それほどまで救いたいか。だが、既に三度生まれ変わりを経験している。…そうか。だが、もう一度生まれ変わらせるならば、お前の存在が消えてしまうかもしれないのだぞ?」
『ソレデモ、ドウカ』
「ならば次が最後だ。」
存在そのものを賭けた蜘蛛の願いに、神はもう一度だけチャンスを与えることにした。
 それが、貧しい農村の娘としての一生だった。身分差など微塵もない相手と家庭を築く一生であったが、蓋を開ければこれも同じ結果だった。
「この有様を見ずに済んだだけ、蜘蛛にとっては幸せだったか。」
神は呆れたと溜息を吐いて、サヨの記憶までも戻した上で自身の領域にサヨの魂を呼んだ。

 サヨと直接会話してみたかった。一匹の蜘蛛の命を使い切りながら、成長の兆しの見えない魂と。結果は、ただただ落胆するだけの、身のない会話であった。

「君にとっての地獄、そこへ戻してあげよう。」
神は強制的に会話を打ち切った。

 サヨが次に気が付くと、そこは病院のベッドの上だと言う。近くにいた看護師が、甲斐甲斐しく世話をしながら状況を説明してくれた。
「半年も目を覚まされなかったので心配していたんですよ。」
過労で倒れ、救急車で搬送され、入院して今に至るそうだ。ヒロインだったことも王女だったことも、何もかも夢うつつの出来事だったのかと虚ろな視線をさ迷わせる。

「夢… なんて楽しくて美しくて、残酷な夢…」
夢だったのなら仕方がないか、とサヨは呟く。退院したら、またロクでもない生活が待っているのだろうか、と溜息を吐く。

ベッドの下の、蜘蛛の死骸に気付くのはまだ先のことだろうか。
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