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01 決めました!私、悪役令嬢になります!

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「ようやく・・・・・・ようやくこの時がやってきましたわ!」
秋。うだるような暑さが漸く鳴りを潜め、晴天の佳き日に俺の主人、レディグレイ=アルグレイ伯爵閣下は両手を握り締め、歓喜の雄叫びのように全身を力ませて小声で叫ぶ。・・・・・・いつも思うが、非常に器用な方だ。
 ここはアブラム王国が王都、メイングラムの北東に位置する国立学園、サンディア学園の正門前の馬車乗降場。アルグレイ伯爵領が保持する馬車を降りたお嬢様が最初に取った行動がこれだった。
「お嬢様、そこで立っていると邪魔ですのでこちらにおいで下さい」
見かねて俺が声をかけると、お嬢ははたと周りを見渡して赤面し、少しばかり駆け足で俺の方へ逃げてきた。
 なにも知らない大人たちは、その姿を微笑ましそうに眺めている。
 それもその筈。お嬢が降りた馬車はアルグレイ伯爵が保持する馬車の中でも一番品の劣る、何処かの男爵が使うようなお忍び用の馬車だ。
 それに重ねて、隠せない金髪碧眼、陶器のように白い肌はそのままだが、身に纏う生地は三流品。誰がどう見ても貧乏男爵の次女以下の格好だ。服のデザインは学園指定なので、大貴族はこぞって生地に金を使うものだが、お嬢はその大枚を民の為にと使い、ほんの少し残したお金でコレを用意していた。
「父も母もこういう使い方をするはずですわ」
とはお嬢本人の言だ。
「少しでも見窄らしい格好をしていれば、鬱陶しいハエも少しは減るでしょうしね」
と続いていたので、こちらが本音なのだろう。
「それにしても、よろしいのでしょうか?私も一緒に学園に入学して」
辺りを見渡しながら、俺は臆病風に吹かれながらお嬢に聞く。
「あら?お嫌でしたか?学園の方針として、護衛の数人同じ授業を受けられるのですから、あなたが授業を受けられても何の問題も有りませんよ。それに、言っていたではありませんか。マックスが授業を受けて更に私の領に貢献がしたいと」
「それはそうなんですが、こうしていざその場に立つと気後れしてしまいまして・・・・・・」
理路整然と並べ立てられる言葉に返す言葉がなく、しどろもどろに胸中を明かすと、レディグレイ嬢は片手で口元を覆い、クスクスと笑う。
「あなたの、その素直な物言いを私は買っていますわ。知識と知恵を身に付けても、そこだけは変わらずあるよう、お願いしますね」
「・・・・・・精進します」
「期待していますよ。・・・・・・さあ、立ち話はここまでにして、行きましょうか」
そう言って、お嬢は優雅に歩を進め始める。まるで、どこかの貴婦人のようだ。
 その二、三歩後ろに付いて行きながら、そっと周りに視線を走らせる。
 最初の奇行では大分注目を集めてしまったが、お嬢が真っ先に向かったのは年端もいかない俺の元。両親では無いことで一族の中でも低位と見て興味を失ったのだろう。
 年端も行かないとは言うが、俺はれっきとした十五歳で成人している。童顔で、尚且つ飯の少ない環境で育ったため小柄なだけだ。お嬢とは三つ年の差がある。

「一週間後に入学式、次の日からはクラス交流を兼ねて一週間レクリエーションが行われます。その後は通常授業が続き、学期の中頃に二週間の休暇と一週間のレクリエーション。学期末に能力検定そして直後からもう一度レクリエーション。冬の長期休暇を経て後期始めに能力検定。後期中頃にこれまた二週間の休暇と一週間のレクリエーションがあり、学期末に能力検定とレクリエーションです。・・・・・・レクリエーション、多いですね」
お嬢の部屋の支度をしていたジーンと合流し、人払いの魔法をかけてから寮の男女共用スペースで今後の打ち合わせをする俺達。俺達の他にもちらほら同じようなことをしている集団があるが、俺達のように人払いの魔法までかけるところは皆無だ。
 ジーンは銀髪に青い瞳。メイド服に身を包んでいるが気品がありどこぞのお嬢様のような品のある立ち居振る舞いをしている。上司から教えてもらったのだが、どうやら何とかって言う子爵家の令嬢らしい。今は共にお嬢に仕える同僚なので砕けた会話をさせてもらっているが、実際には俺なんかは名前も呼ぶのもおこがましい雲の上の存在だ。
 どうしてそんな令嬢がお嬢に仕えているかというと、本人曰く「彼女の才能に一目惚れ致しました」と、頬を赤くしながら鼻息荒くしていた。ちなみに俺と同い年。主席で卒業したその年に今一度入学するとは、何と言っていいのかわからない複雑な気持ちになる。
 それはそれとして。
 人払いしたのはジーン曰く、俺の為でもあるらしい。
 何でも、一応『子供は平等』と言う謳い文句のこの学園は貴族が多く、平民は商家、それも枕詞に大がつく家の者しか居ない。
 俺が籍を置くお嬢の領の方が、平等と言う言葉は似合うかもしれない。
 お嬢の領は首都カナンの他に副首都が十都を抱え、その中で首都をお嬢が、副首都を子爵家が治め、そのほかに副首都の周辺にある町を男爵が治めている。そこでは生まれた子供が六歳になったら貴族平民関係なく領立学園に入れられ、最低限の学と家毎に必要な知識と技を学ぶ。希望者は領内限定で研究職に就く事もできる。
アルグレイ領ウチと比べてはダメですよ。何をやればいいかわかってないのですから」
「そんなもんですか」
実感の籠もった刺々しいジーンの言葉に、嘆息するように俺は応じる。
「一部は私達が一年で学ぶモノを三年かけて教えてますからね。まぁ、収穫があるとすれば魔法学と騎士学くらいでしょうか。今年、暇つぶしで農業学を取ったら生徒は私一人で、教師の方に連作の事をお教えしましたよ」
「うへぇ・・・・・・」
更に言葉を重ねるジーンに、俺は閉口するしかなかった。連作と言えばお嬢の領地では十年も前に実用化された知恵で、五年前には一般教養として周知され、領内では知らない人は居ない古い知識だ。それだけに、この学園のレベルの低さが伺える。
「あら?ここの人たちは農業学は受けないのですね。農業学を学べば、より早く自分の領地を発展させられますのに」
お嬢が食いついたのは、俺とジーンが問題としている部分ではなかった。
 お嬢が常々言っている、「民の為」「民の為」と言う言葉は真に心からそう思っているとわかる。
「なんでも、土いじりは平民のやることらしいですわ」
「そうなの・・・・・・。研究院の成果は一度領主に集められ、領主の権限で知識を拡散させる事になっているのに・・・・・・」
ジーンの言葉に、見たこともない民を想ってしょんぼりとうなだれるお嬢。
 こんなお姿を見せられると、どうにかして明るい顔をさせたくなる。
「およ?ここら辺、人が少ないじゃない。やっと落ち着けるわー」
そんな折り、なんとも能天気な声が人払いの魔法の中で唐突に響いてきた。
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