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第三章 天空のカルラ

特別法要にて

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 深州・神井田かみいだ町。
 古くから交通の要所であり街道の拠点として栄えた神井田町は、温泉や醸造の町としても有名である。主要産業を冒険者に頼っていないせいか、あまり異世界っぽくない。冒険者風の身なりの人は少なく、歴史ある城下町という雰囲気だ。

 今日はみんなでケイさんの実家である瑞雲ずいうんに来ている。隣町と聞いてたのですぐ近くかと思ったら、山ひとつ超えた先だった。
 亡くなって十年経った今でもアティーシャ様の人気は高く、瑞雲寺では毎年初夏に特別法要が行われている。なんとケイさんもそれに僧侶として参加すると言う。だから休暇の三日目には予定があるって言ってたんだね。
 本堂には大勢の参拝者が詰めかけ、法要が始まるのを待っている。

 やがて、おきょうと共に正装のお坊さん達が入場して来る。列に連なるケイさんも今日ばかりはいつもの冒険者スタイルではなく立派な袈裟けさで、どこから見ても真面目なお坊さんの「慶空けいくう」だ。
 高く、低く、うなるようなお経。合間に鳴らされる鐘や木魚も一体となって不思議な瞑想空間を作り出している。
 その時。
 ふいに今までとは違う和音が混入する。
 お経との見事なハーモニー。

「…何の音だ?」
「楽器かしら。不思議な音色ね」
「外から聞こえてくるようだが…」

 ざわ…ざわざわ……

 次第に気にする人が増えて本堂内にざわめきが広がる。
 やがて読経はクライマックスを迎え、人の声と楽器の音が終演を彩る。
 そこへ「ギャア!」という鳥の鳴き声が重なった。

「カルラ様じゃ!」

 最前列にいた老女がはじかれたように立ち上がる。

「カルラって、…アティーシャ様の?」
カルラ?」
「天に帰ったんじゃなかったのか?」

 口々に言いながら顔を見合わせる参拝者たち。



 特別法要が終わり、本堂の障子を開け放つと、渡り廊下の向こうに大ワシが見えた。裏庭の木にとまり、自分の羽根をついばんで手入れしている。こちら側で騒いでいる人々には目もくれない。

 アティーシャ様の言いつけをよく守る賢いカルラ、瑞雲寺の裏庭の木に大人しく停まっていた大きなワシを、まだ覚えている地元民は多い。

 十年前まで、「アティーシャ様のカルラ」はみんなの人気者だった。
 寺の裏庭は関係者以外立ち入り禁止のため、一部の悪ガキどもを除いて近くで見た者は少ないが、巨大なワシは遠くからでも目立つ。日課の散歩で空を飛ぶ姿を含めれば、カルラを見た事がない町民はいないと言ってもいい。身近に居て悪さをしないとなれば、魔獣とはいえ、せいぜい動物園の猛獣と同じような感覚だったのだろう。

「よう似ている…」

 瑞雲寺の住職である玄信は渡り廊下の中程から大ワシを観察し、隣の慶空に問いかける。

「しかしカルラは、アティーシャ僧正が亡くなった直後に姿を消した。あれから十年。何故、今また現れたのか。あれは本物のカルラであろうか? 別の、悪しき魔獣ではなかろうか?」
「いいえ。あのように経に合わせて歌うのは、アティーシャ様に仕えたカルラにしかできませぬ。もしかすると敬愛するアティーシャ僧正の死をいたみ、この十年の間、喪に服していたのではないでしょうか?」
「なんと、忠義の者よ…!」

(二人とも演技が下手だなぁ……)

 舞台の上でセリフを読んでる感が強い。思わず顔に出そうになったミーナだったが、周りの人々は感激して聞いてくれてるようだったので一緒に感動しておく。

「カルラ殿。おひさしゅうございます」

 玄信がよく通る低い声で木の上のカルラに話しかける。

「本日はアティーシャ僧正のための特別法要に、ようお越しなされた。共にアティーシャ殿の冥福を祈りましょうぞ」
『うむ。そなた達を誤解していてすまんかった。共に祈ろうぞ』

 カルラの返事は、他の人にはただの鳴き声にしか聞こえない。けれども振り向き方や鳴き声のタイミングがバッチリ!
 そして玄信が経を唱え出すと、それに合わせてハミングを始めた。さっき聞こえたのは、この音だ。

 お経に合わせて歌うのは、知る人ぞ知るカルラの特技らしい。こればかりは野生の冠皇帝鷲カンムリコウテイワシにはできない技だよね。
 本物のカルラだと証明する決め手になる、とケイさんが言った通り、昔のカルラを知る人々が周りに熱く説明し始めた。最初に気がついたお婆さんなんか、数珠を手にカルラを拝んでる。当時のカルラを知らない人達も、只事ただごとではないと気づいたようでみんな興奮している。

 お経が終わると、鐘の代わりにギャア!と鳴くカルラ。
 感動の声と共に小さな笑いがもれる。
 手帳にメモを取っていた若い女性が一歩前に出て玄信に問いかける。

「それでは、アレは本当に伝説のカルラなのでしょうか!?」
「君は?」
「深州日報のタチバナです。これはいい記事になりますよ!」

 季節の風物詩として取材に来ていた新聞記者が食いついた。「特ダネだ!」と叫びながら帰って行く。
 渡り廊下にいるケイさんは私と目が合うとニコリと微笑んだ。
 ケイさんのアイデアは、どうやらうまくいきそう。
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