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第三章 天空のカルラ
新しい日課
しおりを挟む『ミーナ、できた?』
ワクワクを隠しきれないラルが近寄って来る。
エメラルドみたいな目をキラキラさせて、私の手元をのぞき込む。
「どう?」
私は手に持ったフラスコを持ち上げて見せる。
できたばかりの新しい魔法薬だ。輝くように澄んだ薬液。色はアメジストのようにミステリアスな紫。
『うん、この薬はきっとおいしい!』
「基準は味!?」
ラルったら変なほめ方をして。
「魔獣のラルがそう言うなら、きっと魔素がうまく溶け込んでるんだろうよ。見せてごらん。ああ、今度はいいね」
薬師のおばあちゃんが魔法薬の出来栄えをチェックしてくれる。
中級の体力回復薬を作れるようになったので、今日からは魔力回復薬に挑戦!
5回目でようやくOKがもらえた。
「ホント!? ビンに詰めてもいい?」
「ああ。あたしの鑑定付きで封をしてやるよ」
おばあちゃんは鑑定士の資格も持っているので、そうしてもらえれば水銀堂に高く売れる。水銀堂で鑑定してもらうと、その分の料金が買い取り金額から引かれるから……あれ?
もしかして、おばあちゃんをタダ働きさせてる?
弟子だからサービスなのかな?
……今度、お礼に何か用意しよう。何がいいかな?
小さなガラスビンに紫色の薬液を移す。フタをして渡すと、おばあちゃんは鑑定士の判を押した紙帯で封をする。
【鑑定済】魔力回復(低級) 鑑定:あん・うえすりー(印)
これで魔力回復薬の出来上がり。
初めて完成した魔力回復薬だ。
飾っておきたいくらいに綺麗だけど、これは体力回復薬より高く売れる。
売るしかないよね!
「体力回復薬は水色だけど、魔力回復薬は紫になる。この色をよく覚えておおき」
「青い薬草で作るのに。不思議だね」
「調合する副材料で他の色にもできるけど、最初のうちは定番の色に仕上げた方がいいよ」
「飲み間違えたら困るもんね」
この調子で量産……までは行かないだろうけど、一本でも多く作ろう。
家族みんなで借金を返すのだ。
なんたってまだ後40万シエルもあるからね。日本円にすれば、だいたい4000万円。大金だ。時間が経てば利子もついていく。
でもこれは、お姉ちゃんの命の値段。あの時に、この値段でも「黄金の実」を買えたから、お姉ちゃんは助かった。それに色んな薬を作れるようになればダンジョンに挑戦しているお姉ちゃん達の助けにもなる。
一石二鳥ってヤツだ。
お姉ちゃんはゴッツさんとケイさんと三人でパーティを組んでアガサダンジョンに潜ってる。
ダンジョン開きから5日。
ちらほらと戻って来ているパーティの話も聞くけど、お姉ちゃん達は順調に探索を進めているらしく、まだ帰ってこない。
「なあ、あたしも薬を作…」
「ダメ!」
「ほんのちょっとさ。お前が作った薬に混ぜて売れば…」
「そんなの、質が違いすぎてバレちゃうよ。それにナグモ先生と約束したでしょ? 一週間は大人しくしてるって」
黄金の実の効果で体は元気になったけど、体力がついたわけじゃない。体が馴染むまでは体力や魔力を使い過ぎない方がいいんだって。
ゲームで言えば、ヒットポイントの最大値をはるかに超える回復をした感じ?
今、無理をすると体を壊しやすくなるらしい。
「元気があふれてきてジッとしてられないんだよ………おや?」
おばあちゃんが何かに気づいたように上の方をうかがう。
『あ、来た!』
ラルも気がついたらしい。外に飛び出して行く。
「今日は早いね」
私も薬を置き、裏庭へ。
そこには見上げるように大きな鷲が居た。
シヴァールから来た高僧アティーシャ様の弟子、魔獣のカルラだ。アガサ山の上の方に隠れ住んでいた、あの鳥さん。
おばあちゃんによると、冠皇帝鷲という種類の魔獣らしい。
あれから毎朝、カルラはうちにやってくる。
ダンジョン開きの翌日、おばあちゃんは退院した。
検査ではどこにも悪い所がなかったので、「もう病院はイヤ」と言うおばあちゃんを止めようがなかったらしい。
仕事の合間に様子を見に来たナグモ先生は、苦笑いしながら転移魔法で山の家まで送ってくれた。
で。
久しぶりの我が家にホッとした直後、一陣の風と共に裏庭にカルラが舞い降りた。
私達が帰って来るのを待っていたみたい。
それがクガネの苗を持ち去った大鷲だと気づいたおばあちゃんは色めき立ち、魔法で攻撃しそうになって、もう大変。
あれは誤解だったのだと説明して何とか分かってもらえた。
おばあちゃんにしても命は助かったし新しいクガネの種は手に入ったしで、敵意がないなら不問にすることにしたらしい。
それでも警戒するおばあちゃんに代わり、私がカルラに話しかける。
「何の御用でしょうか?」
『うむ。托鉢じゃ。ナムナム…』
胸を張って答えるカルラ。
托鉢とは、お坊さんが食べ物などの寄付を求める修行のこと。
人間への恨みは無くなったので、アティーシャ様とやっていた修行を再開する事にしたのだそうだ。
要するに食べ物が欲しい、と。
残りご飯で作ったおにぎりを差し出すと、大喜びでかじり付く。
『人間の食事は久しぶりよのう』
今まで、山の上で岩やコケを食べていたそうだ。魔獣は何でも食べられると言うのは本当らしい。
それ以来、彼は毎日、このわらぶき屋根の一軒家を訪ねて来るようになったのだ。
「おいでなすったね。ほら、昨日の煮物の残りだよ」
おばあちゃんがどんぶりを持って出てくる。
ぶっきらぼうに差し出すけど、最近は余るよう多めに作ってるんだよね。
『うむ。ありがたい。御仏の加護がありますように』
カルラは人間のようにペコリと頭を下げるとどんぶりに嘴を突っ込んで食べ始める。
ラルは近くに寄って、どんぶりをのぞき込みながら、
『これは、石じゃなくて、コンニャクな。プルプルやわらかい。コンブはトロトロ。ニンジンも、味がしみてて、うまい。木の根っこ、みたいなのは、ゴボウ。これもうまいから、よくかんで』
カルラに煮物の説明をしてあげてる。
そう言えば昨日、あんな風にラルに説明したっけ。
「最初はビックリしたけど、ラルの友達だったのかい」
仲の良い2匹を見ておばあちゃんが笑う。
友達……なのかなぁ?
ラルは勝負に勝ったので兄貴分のつもりみたい。
カルラもそれを受け入れてるように見える。
だったら友達でいいのかな?
『違う。俺の方が、えらい。強いから』
『うむ。ラル殿には頭が上がらぬ』
野生の掟って感じ?
それとも勘違いを正してもらったから?
デッカい鳥が小さな猫に従ってるのって可愛すぎる。
カルラはお坊さんに育てられたせいか、元々は温厚な性格のようだ。
ラルが偉そうにしても「ラル殿は物知りだの」とかおだててやり過ごしてる。小学生の相手をしてるおじいちゃんみたい。
『馳走になった』
食事とおしゃべりを終えると、カルラはまた山の上の方へ戻っていく。
最初は訪ねて来る時間がバラバラだったけど、できれば午前中に来てとお願いした。午後には作った薬を水銀堂に売りに行くからだ。
それ以来、彼は毎朝だいたい九時頃に裏庭に来る。
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