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第二章 シヴァール国の黄金の実
光の万華鏡
しおりを挟む黄色ではなく金色の。
シヴァール国の幻の黄金の実。
さくらんぼ位の小さな果実だ。
『そのまま絞って、汁を病人に飲ませるといい』
「ありがとう!」
「ニャッ!」
ラルと私はお礼もそこそこに山を駆け降りる。
転んで黄金の実を握り潰さないよう、ハンカチに包んでカバンに入れる。
「すぐにおばあちゃんに飲ませてあげよう!」
『うん。ばーちゃん、きっと元気に、なる!』
下りの山道を転げ落ちないように注意しながら急ぐ。
おばあちゃんが入院している病院に直行だ。
深州総合病院。
深州というのはアガサ村や隣町を含むこの辺り一帯の地域名なんだって。
元は小さな病院だったけど、アガサ村近くにダンジョンができ、周辺にもダンジョンが多いことから国の補助を受けて総合病院になった。
地域の医療は元より、ダンジョン内での戦闘で負傷した冒険者のための特殊医療も受け持っている。
「受付に届ければいいのかな? おばあちゃんの担当のヨシザキ先生? 魔法医のナグモ先生かな?」
『ミーナ! あの、門のトコ。この間の、医者のニンゲンが、いる!』
「ナグモ先生だ。それに……ホーマーさん!?」
「ミーナちゃん!」
ホーマーさんが血相を変えて駆け寄ってくる。
「昼ごはんに来ないから心配したよ」
「ごめんなさい。山に薬草を取りに行ってて…」
「いや、それより! アン婆さんの容体が!」
おばあちゃんは急に容体が悪化して危篤状態だと言う。
ナグモ先生が悔しそうな顔で近づいて来る。
「心筋梗塞は乗り切ったが、体が衰弱していて持たなかった。手は尽くしたのだが…、すまない」
「先生! コレ!」
説明は後だ。クガネの実、いや、黄金の実を取り出して差し出す。
「コレは……!」
「本物か!?」
「シヴァール国のお坊さんの弟子から譲ってもらったんです!」
「すごい魔素量だ。その上、繊細で安定した構造……コレなら!!」
ナグモ先生は魔術師だけあって私には分からない魔素の構造とやらが分かるらしい。
すぐに本物だと信じてもらえた。
急いで集中治療室へ向かう。
「おばあちゃん!」
酸素吸入器をつけたおばあちゃんは、ひどく顔色が悪い。命のないマネキンみたい。
ナグモ先生がおばあちゃんから酸素マスクを外す。
側に居た看護婦がビックリして大声を上げる。
「ナグモ先生! 何をっ!?」
「さあ、ミーナちゃん、早く!」
「はい!!」
おばあちゃんの口元で黄金の実を絞る。
金色の皮がプツリと弾け、中の赤い果肉が見える。
ゆっくりと力を入れると金色のしずくがツウと流れる。
一滴、二滴……
汁がのどを直撃してむせないように、ナグモ先生がおばあちゃんの頭を支えてくれる。
「おばあちゃん。黄金の実の生命のしずくだよ。飲んで」
さらに一滴、二滴……丁寧に絞り出す。
小さな果実なのに果肉が柔らかく、あふれるように果汁が流れ落ちる。
ポタポタとくちびるに落ちた果汁が口の中に流れ込む。
その直後、薄いレース編みのベールがふわりと広がるように、美しい光の文様に包まれた。
かすかな旋律と共に淡い光の文様が姿を変える。幾何学的な変化は万華鏡のよう。
「うーむ……」
「おばあちゃん!」
おばあちゃんが目を開けた。
「バイタル!」
「脈拍・心拍数・血圧、回復しています!」
ナグモ先生の声に看護婦さんがあわてて応じる。
おばあちゃんはもぞもぞ動くと両手を上げて思い切り伸びをした。
「ああ~、よく寝た。…どうしたんだい? みんな、そんな顔して」
体を起こして部屋をグルリと見回す。
何だか前より元気になってない?
「おばあちゃん。死にかけたのよ?」
「へえ?」
「地獄の閻魔様は、口の悪い婆さんはお断りだそうですよ」
「なんだいそりゃ」
「見て!」
指でつまんだままの黄金色のクガネの実を見せる。
おばあちゃんは「あっ!」と言って目を見開いた。
「ミーナさんが探してきた黄金の実です。もう少し遅かったら危ない所でした」
「そうだったのかい。ミーナ」
「なあに? おばあちゃん」
おばあちゃんは子供のような笑顔になって、言った。
「その種は捨てないで取っておいておくれよ? 畑に埋めるから」
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