黒猫印の魔法薬 〜拾った子猫と異世界で〜

浅間遊歩

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第一章 迷子と子猫とアガサ村

ニンゲンの家

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『ほら、あそこ』

 雑木林を抜け川を越え、1時間くらい歩くとようやく家が見えて来た。
 年季の入った土壁に藁葺わらぶき屋根の、いかにも和風の古民家。
 昔話に出てきそう。

「じゃ、道を聞いてくるね」
『俺も、俺も!』

 ラルが背伸びして足にしがみつく。
 私はラルを腕に抱き、民家に近づく。インターホンを探したが見当たらないので玄関前で声を張り上げる。

「すいませーん!」

 返事はない。
 もう一度、声をかけようと口を開けた時、

「……誰だい?」

 いぶかしむ声。
 縁側えんがわのガラス戸を開け、お婆さんが顔を出した。
 気難しそうに眉間にシワを寄せている。

「あ、あの……」

 思わず息を飲む。
 出てきたお婆さんは想像とかなり違った。
 白髪が多いベージュの髪に濃いオリーブ色の瞳。彫りが深い顔立ちの、

 ……外人さん???

 え、英語……ハウアーユーだっけ? あれ?、ハウドゥユドゥー?
 いや、でも今、日本語しゃべったよね? 理解できたし…

 私がパニックを起こしていると、お婆さんは怪訝けげんな顔をして、

「お茶でも飲むかい? こっちへおいで」

 と縁側に座布団を出してくれた。……行った方がいい?

「ほら。早くしな」
「は、はいっ!」

 あわてて縁側に向かう。
 昔ながらの広い縁側だ。風が通って気持ち良さそう。大きなガラス戸を閉めればサンルームみたいになるだろう。ラルを膝に抱えて座布団に腰掛ける。
 縁側から見える室内は、純和風ではなく和洋折衷せっちゅうで暮らしやすそう。リフォームしたのかもしれない。
 もしかして日本文化好きの外人さんが古民家を買って改修、とかそういう感じ?
 お婆さんは台所でヤカンから湯呑ゆのみ茶碗にお茶を注いでいる。

「お待たせ」

 お盆に湯呑みを2つ乗せ、お婆さんが戻ってくる。
 私の分をこちら側に置いて勧める。

「いただきます」

 とりあえず、道を聞く前にお茶をいただく。
 薄茶色のお茶は紅茶でも日本茶でもなく、十六種類の素材をブレンドした系の味だった。薬草茶っていうのかな?
 渋味や風味が強すぎず、さっぱりとしてて丁度いい。前もって作ってあったものらしく、熱くないからゴクゴク飲める。
 あ~、疲れが取れる~。
 一気に飲み干してホッと一息。
 気がつくと、お婆さんが自分の湯呑みを持ったまま、何か言いたそうにジーッとこっちを見てる。
 うわ、恥ずかしい。少しづつ飲んだ方が良かったかな?

「ちょうどノドが乾いてたの。ありがとう、おばあちゃん」

 ピクッと反応するお婆さん。
 何だろう?
 おばあちゃんって呼んだらまずかった?
 どう見てもシワだらけだけど、おばさんの方が良かったかな?
 奥さん、じゃおかしいよね?
 えーと…
 お婆さんは、ためらいがちに声を出した。

「母親が……亡くなったって本当かい?」

 えっ? 何で知ってるの?

「はい。あの、……病気で……」

 膵臓すいぞうガンで、あっという間だった。
 いつも疲れた疲れたって言ってたっけ。
 食事の支度や掃除洗濯、できることは手伝ってたけど、仕事で遅くなる事が多かったお母さん。

「父親は?」
「私がまだ小さい時に、事故で……」
「……そうだったのかい」

 お婆さんも湯呑みを両手で持ったまま、深いため息をつく。

「親より先にっちまうなんて、馬鹿な娘だよ」

 ………え?

「こんなことなら親子の縁を切らずに、いつでも戻っておいでって言ってやるんだった」
「おばあちゃん……?」
「こんな田舎で苦労させるのも可哀想だと、ケンカ別れしたままにしてたけど、こんなことなら……」

 お婆さんが涙声でつぶやく。

 ———お母さんのお母さん? 本当に?


   ※ ※ ※


『お前の母親は勝手に家を出て行ったんだ』

 葬儀場で、大伯父さんが言った。
 初めて会った人だった。お母さんのお父さんのお兄さんらしい。
 お母さんが入院する時、連絡先の1つとして書いていたんだって。
 それで病院から連絡が来たって……怒ってた。

『死んでからも迷惑をかけやがって』

 色々な手続きがあったらしい。

『仕方ないから、うちの墓に入れてやる』

 え……それって……。お母さんの骨、もらえないの?

『どうせ育てられねぇんなら、子供なんか産まなきゃ良かったのに』

 何でそんな言い方するの?
 私達がどこに住んでたかも知らなかったくせに。
 お母さんとお父さんは私のこと、とっても大事にしてくれたよ?
 お父さんが死んだ後も、お母さんは一所懸命働いて私を育ててくれたよ?

『荷物をほとんど捨てりゃ引っ越しも安く済むだろ。離れを貸してやるから、来週にでも……おい!』

 私もお母さんと同じにしよう。
 こんな人達とは一緒に居たくない。
 私はそのまま葬儀場を飛び出した。
 JRの駅から何十分もバスに乗って来た山の中の葬儀場だったのを思い出したのは、走り出してだいぶ経ってからだった。


   ※ ※ ※


 ミャー

 膝の上ではラルが心配そうに私を見上げてる。
 いつの間にか泣いていたらしい。
 ポロポロとこぼれた涙がラルの毛皮の上で光ってる。

「行く所はあるのかい?」

 お婆さんの質問にちからなく首を振る。
 今まで住んでたアパートの家賃はお母さんの口座から引き落としになってたけど、大伯父さんが解約したと言ってた気がする。
 小学生が一人で生きていくのは無理だろう。
 役所や民生委員に相談しても、大伯父さんの所に行くように勧められるに違いない。

「……良かったら、一緒に住むかい?」
「え? いいの?」

 ハッとして顔を上げる。
 お婆さんは気難しそうで素っ気ないけど、あの大伯父さんみたいに嫌味で恩着せがましくはない。
 少しお母さんに性格が似ている。すぐ決めて、すぐ行動に移すとことか。

「ここに住めるなら、すごくうれしい!」
「そうかいそうかい。だけど不便だよ? 田舎だからね」
「この子も一緒にいいですか?」

 ラルを抱っこして持ち上げて見せると、お婆さんは、

「ネズミをとってくれるならいいよ」

 と、笑った。
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