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第十四話 本丸の来訪。予想外の収穫

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『アラグトール様、アルグス様、今宵のご来館、心よりお待ちしておりました』

『変わらず美しいな、カミラ。いや、ますます女を増しているのではないか? 我の姿を見ただけでこんなに香る程濡らしおって』

『い、いけませんっ、アラグトール様っ。アルグス様が見て……』

『おお、そうだ。アルグス、我が息子よ。女とは金と力と権力で屈服させ、犯し踏み躙り孕ませる家畜にすぎん。次期領主たる者として、我の扱いを見て学ぶのだ』

『はい、父上』


 娼館内に取り付けた盗聴器から伝わる傍若無人に、俺は胸糞悪くなって舌打ちする。

 女は家畜ではなく資源だ。

 俺の様に増やせるならともかく、カミラの様な替えの利かない上玉を無碍に扱うのは無能に過ぎる。抱かれた娼婦の全員が租チンと評するイチモツをさっさと去勢し、ケツにぶち込んで手榴弾で蓋をしてやりたい衝動に無性に駆られた。

 震える手を掴まれ、アルバに抑えろと諭される。

 監視用の拠点であるこの部屋は、娼婦長であるカミラしか入れない隠し部屋。ほぼ全ての部屋から音が入る作りになっていて、逆にこちらからの音も向こうに聞こえる。

 盗聴内容は無線イヤホンで聞いているとはいえ、俺達の出す音を聞かれるかもしれない。

 その時が来るまでは大人しく待つ必要がある。俺は胸を掻きむしりたくなる過剰なストレスを、深呼吸して奥の奥へと押し込んだ。


(助かった。ありがとう、バアル)

(全く……あのカミラって娼婦に惚れたか? お前の趣味からは外れるだろ?)

(ん~……そんなつもりはないんだが、何となくあの領主は嫌いだ。洗脳目的でなければ、出会い頭に頭を撃ち抜いてただろうな)

(抑えろよ? 俺達の隠れ蓑になる大事な身代わりなんだからな)

(あぁ、その言葉で救われた気分だ。そうそう、身代わりなんだよな、身代わり)


 落ち着いていく激情を心の脇に除け、俺は集中して耳を澄ませた。

 足音の数と声の種類で護衛の数と場所、鳴っている金属や物音で装備をおおよそ確認できる。

 絶対音感とは違う、訓練と経験で磨き上げた技術だ。それによると、明らかにど素人の重心管理が下手な足音が二つして、おそらく女の控えめな僅かが後ろに四つ付いていた。

 物と物が当たる音はせず、金属音もなく、衣擦れ音しか聞こえない。

 ただ、少しばかり衣擦れの摩擦が強く感じられた。まるで重い何かが常に擦れ合っているよう。おそらく背中に剣を背負っていて、無駄のない足の運びと体捌きから音を立てていないのだろう。

 加えて、魔術師なら杖を歩行補助に床を突く。

 総合すると、領主と息子の他は女剣士の護衛が四人。女を抱きに女の護衛を連れてくる神経はなかなか理解できず、しかし、手練れの剣士という事実には強い引っ掛かりを覚えた。


(娘の護衛を連れて来たのか……?)

(娘専用ってわけではないんじゃないか? 領主が言っていただろ? 女は家畜だって)

(実の娘でも家畜かよ。本当にさっさと死んだ方が良いんじゃないか、あのクズ領主)

(だから身代わりだ、身代わり。円卓の何人かと共倒れしてもらうまでは使ってやるんだよ)

(わかった。わかったって。大丈夫だ)


 アルバの睨みを受け流し、状況の変化を追いかける。

 ヤリ部屋の前の廊下で、嬢達の挨拶の声が聞こえた。

 相手を誰にするのか決めて、部屋に連れ込む段階だ。護衛もまだついてきていて、小さな小さな舌打ちと、指で背中辺りを叩く音が一つする。

 護衛の感性はまともらしい。

 少し安心した。


『父上。コイツとコイツに産ませたいです』

『ほほぅ…………こっちの娘は前回来た時にはいなかったな?』

『新入りが五人入っております。処女はドンドラル商会の方々に買われてしまいましたが、まだ二人程しか相手をしておりません。教育も行き届いておりますので、生娘同様の締まりと新米娼婦のたどたどしさをお楽しみ頂けます』

『ふむ……息子にはその二人と、ベテランの一人を付けよ。我にはカミラとそっちの三人だ』

『かしこまりました。ビネー。アルグス様にご奉仕差し上げて』

『はい、喜んで』


 二つのドアが開かれて、それぞれに幾つもの足音が入っていく。

 量が多すぎて、どっちに何人入ったのかわからなかった。護衛の場所を聞き失い、部屋の中と外のチャンネルを変えて把握を急――――?


『…………護衛の方々も、二人ずつ付いて行かれました。廊下及び館の内外に他はおりません』

(この声はレイファか。ナイスッ)

(良しっ。ゲッカ、始めるぞ)


 獲物が群れごと捕獲罠の奥まで入り、俺達は歓喜の内に手を進めた。

 これから、部屋の中で媚薬香が焚かれる。

 高級娼館では日常的に使われる甘ったるい奴だ。男も女も性的に興奮して猛り狂い、その気が無くても獣の様にまぐわい交わる。慣れていないと理性の枠が外れて、普段ならできる正常な思考を保っていられない。

 そう。

 こっちの部屋から睡眠香を焚いたとしても、気付かぬままに眠り落ちる。


(ガスマスク装備)

(装備完了。睡眠香点火)


 全部屋に十分行き渡るよう、量を計算した二十の香炉に火を入れる。

 香炉が一つでは時間がかかり過ぎる為、一気に二十個を焚き上げる。今朝、衛兵のマークを使って行ったリハーサルでは、八個あれば三十分で回り切る結果となった。これだけの数ならもっと早く効果が出る筈で、娼婦達の負担はかなり軽減される。

 少なくとも、壊される前に終わらせられるだろう。

 …………いや、オリジナルは取ってあるんだから、そこを気にする必要はないんじゃないのか?


(おい。行くぞ、ゲッカ)

(――っと、悪い。すぐ行く)


 俺達は静かに部屋を出て、念の為の昏倒グローブを装着した。

 盗聴器で寝たのを確認したら、突入して全員を確保する。それで領主と息子はこっち側に付き、俺達の身代わりと多方面への切り込み口を担わせられる。

 自分でも驚く程に順調だ。

 だが、だからこそ、気を引き締める必要がある。

 どこに躓く石ころがあるかわからない。よく見て除けて避けて退け、最低でも自分達の生存と安全を確保しなければならない。

 昔の転生仲間なら、慎重すぎると笑うかな?

 良いさ。

 俺には帰る場所がある。

 待っている女がいる。

 彼女に俺の子を産んでもらうまで、共に育んで成長を見届けるまで、死んでやるわけにはいかない。

 必ず帰る。

 帰って見せる。


(…………そういや、ドネアは元気にしてるかな? 一番、二番と喧嘩してなければ良いけど…………)
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